第三十九話「皇女カリギュラ」

 皇女の幕舎――


「姉上、よろしいでしょうか?」


「お前がここへ来るとは、珍しいこともあるものだな。何用だ?」


 専用の席に座り、頬杖ほおづえをついていたカリギュラが応える。


 幕内には参謀や副官といった幕僚たちが控えており、カリギュラの隣では、使い魔である魔獣クロヒョウのロデムが、額の魔石を光らせ控えている。



 カリギュラ・マルハレータ・ビザンツ――


 ビザンツ帝国第一皇女であり、王国侵攻部隊の総指揮官。


 指揮官としても武人としても優秀で、幼いころから数多くの戦に従事し、勝利に導いてきた女傑。


 燃えるような深紅の長髪と、釣り目がかった鋭い眼力のある瞳を持つ美女であり、フラッドほどもある長身は背筋がしっかり伸び、しなやかに鍛えられた肉体と大きな胸を持つ。


 『業火の魔女』とも呼ばれ、文武に優れているだけでなく、固有魔法である『業火』は個人で一万の軍勢に匹敵するとも言われる威力を有している。


 フラッドよりも三歳年上の二十一歳。



「実は……」


 ヴォルマルクが事情を説明する。


「ふむ……お前の一撃をかわしたというのか。面白い。通せ」


「……よろしいのですか?」


 本心ではフラッドを殺したかったヴォルマルクが難色を示す。


「おかしなことを言う。お前が連れてきたのだろう?」


「はっ! では……」


 ヴォルマルクが下がっていく。



「フォーカス侯爵か……。飢饉を予測し多くの民を救った聖人。さらに国王の過ちを己が身を犠牲にして引き受けようとした忠臣。そのような者が売国するため、単身ここへ乗り込んできた? そのようなワケがあるものか――」


「裏がありますな」


「ありえぬことでしょう」


「魔獣を倒した話といい、ヴォルマルク殿下の一撃を躱したことといい、噂に違わず文武に優れている人物のようですな」


 幕僚たちが意見を出していると、ヴォルマルクに連れられたフラッドたちは、カリギュラの前まで進み、跪いた。



「フラッド・ユーノ・フォーカスでございます」


「立て。形式だけの礼は不要だ」


「失礼します」



 立ち上がったフラッドは前世の記憶を教訓に、カリギュラには絶対媚びてはならないと自身に言い聞かせていた。


 前世では内通したカインたち反乱軍と結託して、カリギュラ率いる帝国軍はフォーカス領へ侵攻し、瞬く間に占領。


 その後、目の前に引き連れられ、みっともなく命乞いするフラッドを「情けないクズ」と心底見下し、自らの手でフラッドに鞭打ちを行ったのが、他ならぬカリギュラであった。



(あの時の鞭の痛み忘れんぞ……! この女に媚び諂いは逆効果……っ! ウソでもいいから堂々としていればなんとかなるっ……!)



 フラッドは背筋を正して大きく息を吸った。



「まず最初に聞こう、何故私がここにいると知っていた? 帝国でも最重要機密事項だぞ?」


「蛇の道は蛇と申しますれば」


 その不敵な態度に、カリギュラは微笑を浮かべる。


「ふ、素直に答えるワケはないということか。お前は文官、それも内政型で、軍略には疎いと思っていたが、そうでもないのか?」


「そのような区分に意味はあるのでしょうか? 知は知、考えを巡らせることに、まつりごとも戦も関係ありません」


「なるほど……。確かにお前の言うとおりだな。で? なにが目的でここに参った?」


「単刀直入に申させていただきます。我が領地への侵攻をやめていただきたく(せめて他の領地にして)」



 駐屯地にカリギュラが居たことを知っているだけでなく、王国への侵攻の第一目標をフォーカス領に定めていたことまで知られていた。と、カリギュラや幕僚たちは、どこまで情報がれているのか? そして、そこまで知っていて、なんのためにフラッドはやってきたのか? と、幕内が騒然となる。



「命が惜しくないのか……?」


「まさか……自身が殺されることも計算の内……?」


「厄介な……死兵であったか――」


「目的はなんだ……?」


 ざわつく幕僚たち。



「……お前の覚悟のほどは分かった。が、だったとして、その裁量権は私にはない。帝国軍の進退は全て陛下がお決めになられるからだ」


「帝国が誇る女傑カリギュラ殿がなにをおっしゃいます。皇帝陛下の決定を静々受け入れるお方ですか(お前はそんなタマじゃないだろ)?」


 フラッドの無礼な物言いに幕僚たちが声を上げる。


「なんという無礼者だ!」

「言葉が過ぎる!」

「処刑すべきだ!」

「衛兵!!」


「待て、こやつの狙いはこれではなのかっ!?」



(やべっ! やりすぎたかっ!?)


 前世の意趣返しも込めて強気に振る舞っていたフラッドだったが、幕僚たちの反応に内心冷や汗をかく。


「静まれ」


 カリギュラの言葉に幕僚たちが静まる。


 フラッドは涼しげな表情を浮かべているが、実際は冷や汗と動悸が止まらず膝も震えていた。



「フラッドよ、お前は王国の使者ではなく、単身で参ったと聞いているが?」


「はい殿下。私の信頼のおける侍女と、使い魔のみで参りました」


「……なるほど。だが、お前の願いは到底聞き入れられない。ならばどうする? 私と刺し違えるか?」


 控えていた近衛兵が抜刀し、フラッドたちに刃先を向け、カリギュラの使い魔ロデムが立ち上がって威嚇いかくする。


(えぇ……?? オレ終わった……??)

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