第四十話「なぜか評価されるフラッド」

 内心ドン引きするフラッドに、カリギュラが片手を小さく上げて近衛やロデムを制する。


「やめろ。こ奴がそこまで短慮なものか。そうだろうフラッド、いや、フォーカス侯爵?」



「はい殿下。私ができることはただ誠心誠意、言葉を尽くすことだけでございます(マジでマジでだから殺さないでお願い土下座でもしますし喜んで靴も舐めますから)。殿下、今一度お聞きします、我が領土への侵攻を、おやめいただくことはできませんでしょうか?」



「ふざけているのか? 侵攻されたくないのなら領土を差し出せばいいだろう? お前は本当にそのために来たのではないのか?」


「はい。そのとおりです(本心)」


 フッと笑うカリギュラ。


戯言ざれごとを、本心を言えフォーカス」



「殿下、私は全て本心で話しています。我が領地を差し出すことは難しいでしょう(カインは納得してくれるかもしれないけど、ゲラルトとか絶対裏切るだろうし……)。ですので、私の身を差し出させていただきます(ですから内通を受け入れてください。最悪亡命でもいいですから)」


 肝心なところで言葉足らずなフラッド。



「ならば差し出してもらおうか――」


 シュッ――!


「…………」


 カリギュラは神速の速さで剣を抜き、フラッドの首に刃を当てた。


 あまりにも早すぎて、フラッドは何が起こったか理解していない。しかも殺意がなかったため、生存本能も発動しなかった。



「ふっ……顔色一つ変えぬとはな(本当に己が身が可愛い者なら、ここで命乞いの笑みか顔を青褪あおざめさせるものだが)――」



 微笑を浮かべつつカリギュラは剣を納める。


(えっ!? 俺今殺されかけなかった!?)


 フラッドは今自身が殺されかけたことを一拍遅れて理解するも、逆に驚きすぎて表情が死に、真顔のままだったので、誰の目にも一切動揺しているようには映らなかった。



「(やっべ! なにか言わないと……!)そもそも、武人としての誉れ高い貴女が、そして帝国が、飢饉で弱った国を攻め、勝ったとして、それがほまれに、いさおになるというのでしょうか?」


「ふん、それには私も同意するところだが、戦に綺麗も汚いもない。誉や勲などというものはな、あれば得。程度の付属品に過ぎん」



 そう言って再び椅子に腰かけるカリギュラであったが、内心ではフラッドに一泡吹かされた思いだった。



(やられたな……。ここでフォーカスを殺せば、王国に侵攻すると宣言するようなもの。引き止めても捕えても同じ。今回のドラクマ王国侵攻作戦の要は、奇襲からの一点突破にあった。が、この男はそれも想定内だろう。防備を固められてはそれも叶わない。バカ領主だとあなどり、フォーカス領を攻撃目標としたが、魔獣撃退や家令成敗、飢饉対応のことをもっと加味するべきであった……。だがこの男、ここまで腹芸はらげいできるとはな……。それにしても驚くべきはその胆力だ。自分の命すら駒にするとは並みではない――)



 カリギュラは(勘違いではあるが)フラッドほど覚悟の決まった忠臣に出会ったのは初めてで、感動する思いだった。


「王国には(お前ほどの者が)そこまでする価値があるのか?」


「はい。全ては己が身可愛さのためです(自分の命が一番大事)」


 勘違いしたままのカリギュラはまだ本音を明かさない(勘違い)フラッドに、畏敬の念すら抱きかけていた。

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