第一部エピローグ

 その後、フラッドは投降した帝国軍を受け入れ、捕虜として丁重に扱った。


 ヴォルマルクもすぐに治療されたため、一命は取り留めた。



 帝国軍を打ち破り、一騎討ちでも勝利したフラッドは、ドラクマ王国の大英雄として、フラッドと共に戦ったベルティエ侯爵や領主たち、さらにはゲラルトとカインも王宮に招かれ褒章を受けることとなった――



 王宮――


「フォーカス侯爵をフォーカス辺境伯へと陞爵しょうしゃくさせ、領地を加増させる!」



「謹んで拝受いたします」


 貴族たちの大拍手と喝采が響き渡る。



 ドラクマ王国において辺境伯とは、王族しかなることができない公爵を除けば、貴族・平民がなれる最高位である。


 さらに辺境伯は独自の軍事裁量権が認められており、国王の許可なくとも増兵や軍を動かすことができる。


 そのため、いくら実績や実力があっても、国王や国家から信頼されなければ絶対に与えられない(叙爵には国王の認可と宰相、各大臣の満場一致が必要)最高栄誉の意味をも持つ爵位でもあった。



「フォーカスよ。其方、王配の地位に興味はないか?」


 フラッドだけにしか聞こえないよう国王が囁く。


「陛下、私は王国の一臣下。分不相応な望みはございません」


「ふふっ、そうであるか」


 国王は満足そうに微笑むのであった。



 帝都・コンステンティノープル――


「フラッド・ユーノ・フォーカス……か。ほう……。王国にも、気骨のある者がいたとはな――」


 部下からの報告を聞き、ビザンツ帝国皇帝ドラガセスは面白そうに唇の端を吊り上げた。



 フードの人物――


「ふむ……予定がずいぶんと狂ってしまった……。フラッド・ユーノ・フォーカス……。すべてはこの男が原因か――」


 ウロボロスのペンダントを光らせながら、フードの人物は次なる計画のために行動を移すのだった。



 王宮・停戦交渉――


「口約束とはいえ、攻めぬと言っておきながらこのような不始末、まことに恥じ入るばかりだ。本来なら殺されても文句は言えぬ愚弟も助命してもらい、感謝の言葉もない」



 交渉の場に現れたカリギュラは、微塵も悪いと思っていない、堂々たる態度で謝罪の言葉を口にする。



「助命はフォーカス辺境伯の嘆願あってのことだ。礼なら卿に言うがいい」


 国王の言葉にカリギュラが頷く。


「そうですな。会えたら言っておきましょう。奴とは話したいことも多いので」


「いえ、その必要はございません。私が代わりに伝えておきますわ」


 フロレンシアがカリギュラを牽制する。


「わざわざ聖女殿下にそのような真似はさせられんさ」


「皇女殿下にもさせられませんわ」


 二人はバチバチと火花を飛ばす。


「……帝国からは賠償金に食糧援助、そして一年間の正式な停戦協定を持ってきた」



 カリギュラから提案された賠償金の額と、食糧援助の量に国王も宰相も頷く。



「それにしても居丈高いたけだかですわね」



「愚弟は完膚なきまでに敗れたが、帝国が敗れたワケではないからな。とはいえ、戦に負けただけでなく、非戦闘員の女を人質にとって一騎打ちを迫るとは、腹違いとはいえ、我が弟ながら性根が腐ってると言わざるをえん。最悪廃嫡はいちゃくされるかもしれんが、それとは別に、私は私で最低でも鞭打ち五十回は与え、愚弟の性根を鍛え直そうと思う」



「それはとてもよろしいかと思いますわ」


 フロレンシアが同意する。


「ところで聖女よ、この王国ではフォーカスを持て余すのではないか? 帝国にこそ相応しいと思うが?」


「いえ、王国にこそ必要な御仁ですわ」


「フォーカスを帝国に寄越してくれるのなら、こちらも皇子を送ろう。帝国と姻戚関係を結べるぞ?」


「間に合っておりますわ。それに、帝国は必要とあれば、子を捨てることも、喰らうことも躊躇わぬ獅子。姻戚関係を結んだところで、なんの抑止力にもなりませんわ」


「ふふっ、よく分かっているじゃないか」


 二人のフラッドを巡る鞘当てに、国王も宰相も口が出せなかった。



 王都・郊外――


 そこには馬に乗ったフラッドとエトナとディーの姿があった。


「よろしいんですか、フラッド様?」



「当たり前だ! 辺境伯なんてやってられるか!! 誰が聖人で誰が大英雄だ!! 重すぎるんだよそんな称号!! 俺は逃げるぞ!!」



【私も供するぞ!】


 ディーが声を上げる。



「ああ! 三人ならどこにでも行けるぞ! いいか、オレはやり直さない! やり直さないんだぁーーーー!!」



 叫びつつ、フラッドは馬を駆けさせるのであった。

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