幕間劇 お忍びデートと一騒動

第一話「お忍びデート」

 時間はフラッドが内通のため帝国領へおもむく少し前、フロレンシアがフォーカス領へ来てからしばらく経った頃――



 領都アイオリス――



「ですわ~ですわ~♪」

「ご機嫌ですねでん……フローラ?」



 フラッドとエトナとフロレンシアとディーたち三人と一匹は、変装して街に繰り出していた。


「いやですわ、フラッド、敬語なんてよそよそしいではありませんか?」


 フラッドの腕に抱きついているフロレンシアが笑顔を浮かべる。


「ははは……」


 恐々とするフラッドと、その後ろを付いているエトナとディー。


「ですわの鼻歌……?」

【この王女、相当浮かれているな】



 ことの発端は、朝一番でフラッドの執務室に入ってきたフロレンシアが「市井しせいの人々のことをもっと学ぶため、実際体験してみるべきですわ!」と、言い出したことから始まった。


 ――

 ――――

 ――――――


「……それは、領都をご視察なされる。ということでしょうか?」


 眠さで頭が動いておらず、カインの話を聞き流していたフラッドであったが、突然のフロレンシア登場とその提案に驚き、目を覚ましていた。



「殿下初耳なのですが……」


「聞いておりません……」


「そういうお話は前もってご相談してくださいとあれほど……」



 フラッドだけでなく、後ろに控えていたカインやフロレンシアの近衛や侍女たちも困惑している。



「仕方ありませんわ。先ほど思いついてしまったのですから」


「ははは(行動力ぅ――!!)……」


 苦笑いを浮かべるフラッド。


 フォーカス領に来てから、フロレンシアは権謀けんぼう渦巻うずまく王宮から一時的に解放され、気の許せる侍女と近衛と共に(勘違いであるが)有能で頼れる存在であるフラッドに庇護ひごされていることで、普段の自分を厳しく律する聖女状態ではなく、オフモードみたいになっていた。



「話を戻しますと、そのように大仰おおぎょうにするつもりはございませんわ。それですと、民も構えてしまいますでしょう?」


「そうですね。その場合、こちらも諸々もろもろを手配する必要がございます。そうだな、カイン?」


「はい。殿下のご視察となりますと、相応の準備とお時間をいただきたく……」



「それでは元も子もありませんわ。私は民のの声をこの耳で実際に聞きたいのです。これは私のわがままでもありますが、きっと市井のことを学ぶように。と、私をここへ遣わされた、陛下のご意思に適うことにもなりましょう。そこで私、閃きましたの」



「……どのような?」


 嫌な予感がするフラッド。



「私たちが庶民にふんしてお忍び視察をすればいいんですわ!」



「「「「…………」」」」


 この場にいたフロレンシア以外の人間は、絶句し頭を抱える思いであった。


「護衛はいかがするおつもりで……?」


「フラッドとディーがいれば問題ないでしょう?」


「いえいえ、万が一がございます!」


 自分はなんの戦力にもならないと、フラッドがブンブンと首を横に張る。


「でしたら、私の近衛を隠密護衛として配置いたしましょう。これで問題ありませんわね?」


 にこりと笑みを浮かべるフロレンシア。



⦅エトナ、これは俺がおかしいんだろうか?⦆


 フラッドがエトナに小声で耳打ちする。


⦅安心してください。びっくりですが、今回はフラッド様のほうが正論です⦆



 そうしてあれよあれよという間にお忍び視察をすることが決定してしまった――


 ――

 ――――

 ――――――


 そして今に至る。


 フラッドは豪商ごうしょうの嫡男、フロレンシアはその婚約者、エトナはフローラお付きの女中、柴犬に変身しているディーはペットという設定だ。


 三人は一応ウィッグを着けて帽子をかぶり変装していた。


「…………」


 今もフラッドたちの周囲には、近衛やカインが配備した領兵が隠密として気付かれないように皆を護衛しており、それに加えディーもいるので、大丈夫だろう。と、思うフラッドであったが、それでもなにかある可能性はゼロではなく、その場合全責任を負うのは自分なので胃が痛いことこのうえなかった。



「よく晴れた空ですわねフラッド、雲一つありませんわ」


「そっ、そうだね、フローラ」


 フロレンシアだけは身バレすると非常にまずいことになるため、愛称のフローラ呼びをすることになっていた。


「えっ? 今なんとおっしゃいまして?」


「そうだね、フローラっ」


「聞こえませんわ? 主に最後のほうが」


「フローラ!」


「ふふふっ。はい。フローラですわっ」


 満面の笑みを浮かべるフロレンシア。


「これでもかってくらい愛称を呼ばせてますね」


【こうも真っ直ぐだとむしろ微笑ましい。わらべのようだ】


「……そうですね」


【なんだ、調子でも悪いのか? 表情がいつもより硬いぞ?】


「…………フラッド様とは一蓮托生いちれんたくしょうですからね。なにかあったらと思うと、胃が痛いだけですよ」


【そうか】


 エトナは無言のまま、前を歩くフラッドの服の裾をチョンと摘まんだ。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作の書籍版の発売まであと3日となりました!


書籍版では、へりがる様がイラストを担当してくださっております!


へりがる様の素晴らしいイラストに、大小様々な加筆や、追加エピソード等ございますので、皆様にもお楽しみいただけるかと思います!

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