第二話「買い食いとあーん」

「これが市場いちばですのね」


 アイオリスの中央市場には様々な商店や屋台が並んでおり、数多くの人でにぎわっていた。


「これは……すごいですわ……」


 浮かれていたフロレンシアだったが、フォーカス領民の明るい表情や活気に思わずといったように声を上げていた。


「フローラ、どうしました?」


「大飢饉の後とは思えないほどの活気ですわ……」


「フラッド様が行った飢饉対策の結果ですね」


「流石ですわフラッド……。改めて感服いたしましたわ」


「いえいえ、全ては優秀な家臣たちのおかげです」


 手放しの称賛にむずがゆくなるフラッド。


「まぁ、実際そうですしね」


「なにか言ったかエトナ?」


「いえ、別に?」


 フラッドとエトナのやり取りに微笑むフロレンシア。



「さて、それでは殿……フローラ、ここまで来てしまったのなら仕方ありません。楽しむとしましょう」


 護衛はディーと近衛と領兵がいるから大丈夫だろう。もう気を使うより楽しむことにしよう! と、フラッドは気持ちを切り替えた。


「! はいっ!」


 そんなフラッドの心の機微きびを感じ取ったフロレンシアも笑顔で応える。



「まずは屋台でなにかつまみましょう。あの串焼き屋の豚串は絶品なんですよ」


「詳しいのですね、フラッド」


「フラッド様は子供のころから習い事をサボっては、街に繰り出してばかりいましたから」


「あらあら、私のことは言えませんわね」


「はは、耳が痛いです」



 一同が串焼き屋に着くと、フラッドが知らないメニューが追加されていた。



「うん? 店主、このジャガ団子とはなんだ?」


「蒸かしたジャガイモを潰して団子にして焼いたもんだよ」


「上手そうだな! それを一つと豚串を二本もらおう!」


「あいよ!」


 店主が慣れた手つきで豚串とジャガ団子を焼き始める。



「楽しみですわ」


「私もここへ来るのは久しぶりなので楽しみです」


「色々ゴタゴタしてましたからね」


【ヘッヘッヘッヘッ……!】


 ディーは健気に犬になりきってパンティングしている。



「はいよ! 焼きたてお待ち!」


 お代を払い店主から串を受け取ってエトナとフロレンシアに渡すフラッド。


「どこかに席がありますの?」


「違いますよ。これは立ったまま食べる。歩きながら食べる。それがマナーなんです」


「知りませんでしたわっ」


「まぁ間違ってはいませんけど……」


【後で怒られても知らんぞ……】


「さぁ、とにかく食べましょう。せっかくの焼き立てですし」


 フラッドは大口を開けてじゃがいも串にかぶりつく。モチモチとした触感に、甘辛いタレがよく絡んでいる。


「うん、美味い!」


「で、では私も……」


 恐る恐るというふうにフロレンシアが豚串を口に運ぶ。


「あ……美味しいですわ……」


 香辛料も使われていない塩だけの味付けであるが、臭みはなく、コクのある油に、歯切れのいいサクサクとした赤身の食感、よく焼けた香ばしい香りは、フロレンシアにとって経験したことのない野趣やしゅあふれる味わいであった。


「本当に美味しいですわ……。噛むほど広がる旨味に油のコク……鼻から抜ける香ばしさ……。塩だけの味付けでも、こんなに美味しくなるんですのね……」


 キラキラと目を輝かせるフロレンシア。



「それはよかった。私も大好きですからね」


「あの店主曰いわく、素材がいいなら味付けは塩だけで充分。らしいですよ」


 微笑むフラッドに豚串を食べながら補足するエトナ。


「目からウロコですわ……」


 感動しているフロレンシア。


「ま、それっぽいこと言って香辛料代ケチってるだけだろうけ……ツォフッ?!」


 余計なことは言うな。と、無言のままエトナがフラッドを串の先端で突いた。



「あ、あの……」


 豚串を食べていたフロレンシアは、何か思いついたようで、頬を赤らめてもじもじとしだす。


「? どうしました」


「ふ、フラッドのジャガ団子も食べてみたいですわ……」


「分かりました。買ってきます」


「ちっ、違いますわ」

「?」


 買いに行こうとするフラッドを引き留めるフロレンシア。



「そ、その、フラッドが持っている串でいいのです。あ、あーんしてほしいんですわっ」


 フロレンシアは胸の前で手を合わせてギュッと目を閉じ、告白するように言い切った。



「!? さっ、流石にそれは……人の目もございますし……」


「今は豪商の嫡男とその婚約者フローラですから問題ありませんわっ」


 早口でまくし立てるフロレンシア。


「近衛や護衛の兵が見ておりますし……」


「私の近衛は口が堅いので大丈夫ですわっ」


【まぁ……領兵も大丈夫だろう……】


 フラッドは、傍目はために見ても勇気を振り絞っているフロレンシアのお願いを無碍むげにすることはできなかった。



「で、では……あーん――」


「あ、あーん……」


 差し出されたジャガ団子を口にするフロレンシア。


「ど、どうですか……?」


「とっても美味しいですわ……」


 本当は味なんて分からなかったが、諸々の感情で胸がいっぱいだったフロレンシアは、恥ずかしそうな笑みを浮かべてそう答えた。



「……フラッド様、私にも一口ください」


「エトナも?」


「別にいいじゃないですか、私もそれ食べたことないんで」


「あ、ああ。もちろんだ」


 頬を少しだけ赤く染めたエトナがムスッとした表情でジャガ団子を口にした。


「どうだ?」


「まぁ、悪くないですね……」


【お前も罪な男だな……】





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