第二章 ベルクラント編
プロローグ
「どうしてこうなった……?」
城壁の上でフラッドは絶望に顔を歪めていた。
「
「
「
アイオリスを包囲している装備や格好もまばらな兵士たちが叫ぶ。
ある者は粗末なボロ着に棍棒、ある者はフルプレートアーマーにランスと、統一性のない兵たちではあるが、唯一共通しているのは、皆自身がサク=シャ教徒であることを示す桜の花びらを
「だから
「黙れ異端者!!」
「子供殺し!!」
「
フラッドの叫びも怒号にかき消される。
「ま、聞く耳持つ相手ならこんなことにはなっていませんよ」
涼しげな顔でエトナが応える。
「エトナ……」
【どうしようもないが、私たちは主が無罪だと知っている。それで十分だろう】
「ディー……そうだな。思えば、ベルクラントへ行ったのが間違いだったんだろうか……?」
神聖ベルクラント教国――
大陸中央にある全サク=シャ教徒を統治する宗教都市国家であり、唯一神サク=シャより
国名のベルクラントとは、聖典に登場する純白の唯一女神が生まれ育った聖地の名からとっている。
独自の軍隊を持たないが、異端や異教徒、サク=シャ教の敵に対してサク=シャ軍という討伐軍を招集することができる。
辺境伯に
陰謀に巻き込まれたフラッドはいつのまにか教皇暗殺犯にされてしまっていた。
「なんとか追っ手を
ベルクラントから王国まで命からがら逃げ帰ったものの、サク=シャ軍が招集され、今まさにその攻撃を受けていた。
「行かなかったら行かなかったで問題だったので、難しいところですね」
【そうだな。こういう物事はよく一つの結末に収束するものだ。行かなくても同じような展開になったんじゃないか?】
二人の言葉にフラッドは頷いた。
「そうだな。そう思うしかないだろう。というか、だんだん腹が立ってきた……! 冤罪もいいとこだし、そんなでっち上げに踊らされているサク=シャ軍のバカ共にも腹が立つ……! おいお前ら!!」
城壁から身を乗り出したフラッドがサク=シャ軍に向けて声を張り上げる。
「お前たち!! 本気で俺が教皇猊下を殺したと思っているのか!?」
「当たり前だ!!」
「お前以外誰がいる!!」
「開き直るな!!」
「よく考えてみてくれ!! おかしいと思わないか!? 俺が猊下を殺して得られるものはなにもないんだぞ!? 動機も理由も!!」
「じゃあなんで殺したんだ!!」
「事実は変えられないぞ!!」
「卑怯者!!」
「なんてことだ!! 三十万人もいながらバカしか集まらなかったのか!? よく聞け!! お前たちの中で一人でもいい、俺が教皇を殺す理由や動機を論理的に説明できる者はいるか!? いるなら出てこい!! その説明に納得したなら俺は戦うまでもなくお前たちに投降しよう!! 頼むから一度よく考えてみてくれ、おかしいだろう?!」
だが返ってきたのは罵声だけだった。
「ダメだ!! 俺よりもバカしかいない!!」
「世も末ですね」
「まったくだ!!」
理知的な相手ならまだしも、バカ(しかも自分より)の群れにやられるのかと思うとやり切れない気持ちになるフラッド。
「全然納得できん……! とはいえ……完全な孤立無縁……! もうおしまいなかか……? こんなの、こんなのにやられるのか……??」
ドラクマ国王もフラッドに同情的ではあったが、教皇殺害の嫌疑が晴れていない以上フラッドに肩入れすることはできず、下手をすれば王国が破門される危険性もあるためサク=シャ軍を黙認していた。
「あれだけ苦労して前世での死因+αを全て乗り越えたというのに……っ!」
「いえフラッド様、諦められるのはまだ早いです!」
今まで黙って控えていたカインが進み出た。
「カイン!」
「この拡張を終えたアイオリスの城壁があれば数ヶ月は持ち堪えられます! その間に新教皇が即位し、フラッド様の冤罪が晴れれば助かる見込みはあります! さらに、今王国宮廷ではフロレンシア殿下がフラッド様のために
「しかし、いくらバカとはいえ三十万相手に数千だぞ……? 持ちこたえられるのか……?」
「三十万と言っても
カインの言葉に納得するフラッド。
「なっ、なるほど! カインの言うとおりだ。絶望するにはまだ早かったな!」
「はい!」
「そう思ったら少しは心が楽になったぞ! ははっ、はははははは!」
ドガァッ――――!!
「うわぁ?! なにっ!?」
突如鳴り響いた
「なんだとぉっ!?」
動揺する一同。
「これは、魔法……? しかし、これだけの魔力を持つ魔法使いがサク=シャ軍にいるなんて情報はなかったはずだ……」
カインが呆然とする。
「フラッド様!! 敵兵が城内になだれ込んできます!! 止められませぬ!!」
飛び込んできたゲラルトの言葉に絶望するフラッド。
「ああ……!! 終わりだっ!! ディー!! エトナを連れて逃げろ!! カイン!! サラたちを連れて逃げろ!! ゲラルトは俺と時間稼ぎだ!!」
剣を抜き叫ぶフラッド。
「なに言ってるんですかフラッド様、私は最後までお供しますよ! ダメなら、一足先にあの世に行ってますっ」
【私もだ。乗りかかった船というヤツだな】
「僕も、母さんもですフラッド様! 生死を共にいたします!」
「この老骨もお供しますぞ!」
「ああ…………」
皆の言葉にフラッドは前世のときよりも一層後悔した。
自分のせいで、自分の大切な人が失われてしまう。
それはフラッドにとって自分が死ぬことよりも受け入れがたいことだった。
「ああ――――」
城内になだれ込んだサク=シャ軍は、最後まで自分に付き従ってくれた領兵たちを
逃げられない。
逃がせない。
「嫌だ……こんな結末は……絶対に嫌だ……!! 死なせたくない……死にたくない……!! 死にたくなーーーーーーい!!!!」
その叫び声と共に、フラッドの視界がブラックアウトした。
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