第二十四話「聖議」

 教皇の間――


 翌日、フラッドたちは教皇の私室を訪れていた。


「りんどー!」

「なんでしょう猊下?」

「ありすっ」

「猊下っ」

「ありす!」

「猊下!」

「ありす!!」

「猊下!!」

「むーっ! がんこっ!」

「一徹! はっはっはっ!」


「うん、心配いらなかったな。流石はリンドウだ」


 急に教皇に合わせて萎縮するかと思いきや、まったく気にせず我が道を行くリンドウに感心するフラッド。


「しかし猊下にお会いできることになろうとは、やはり殿との出会いは運命でしたな!」


「そうかもな」


「えとな、かみゆってぃ!」


「どのような髪型にします?」


「あみあみ!」


「……それは面倒なので、ツーサイドアップにしましょうか」


 アリスの髪の両端を慣れた手つきで結うエトナ。


「どうですか?」


「ぴょこぴょこ! かわいい!」


 嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねるアリス。


「ふらっど! ぴょこぴょこ!」


「いいじゃないか! めっちゃ可愛いな!」


「かわいい? ありすかわいい?」


「おう! 激烈可愛いぞ!」


「きゃー!」


 両頬に手を当てて喜ぶアリス。


「アリス様、この後聖議もございますので、髪型は直させていただきます。申し訳ございませんエトナ様」


「いえいえ、お気になさらず」


「えー??」


 エトナに頭を下げつつセレスがアリスの髪を整える。


「アリスと過ごす時間はなによりの癒しだ。楽しいな」


「そうですね。フラッド様の精神年齢とアリス様の実年齢は同じくらいでしょうから、よく波長が合うんでしょう」


「はは! だな! …………ん?」




 アリスが着替え終えると、一同はチェザリーニを始めとする高位枢機卿が集まる謁見の間へと移動し、聖議が始められた。



「内戦を終えガリアを統一したブレンヌスから、猊下より戴冠賜たいかんたまわりたい。と、嘆願書が届いております」


「うむ。よくはかり、へんじをするとつたえよ」


「はっ!」


 教皇モードのアリスは、厳粛げんしゅくで私情を挟まない。


「猊下、隣国のヴァンダル部族国から聖貢せいこうの使者が参りました」


「さく=しゃきょうとをがいさず、しゅうきょうのじゆうをまもるなら、よきゆうこうこくとなる。と、つたえよ」


「はっ!」


 アリスはチェザリーニや枢機卿たちから助言を受けつつ、諸問題に対して的確に答えていった。


「野盗が頻発し、大きな問題となっております。特に昨日、ツィべネア殿の商隊が襲われ、積荷は奪われ、ツィべネア殿や使用人護衛兵は殺害され、逃げ延びた者はわずかとのことです」


 場がざわつく。


 ここにいる高位枢機卿たちは聖務のため国外へ赴くことが多々あり、他人事ではないからだ。


「やはり対策しませんと、我々も安心して他国へ行けませぬぞ? すぐにでも山狩りをすべきでは?」


「それはもう議論し尽くしたでしょう。捜索範囲が広すぎて我々の兵力では足りぬ。と」



 ベルクラントは国軍を持たない国家であり、ベルクラント衛兵はあくまで宮殿や要人の護衛と市内での警察的な役割を担うのみであり、その数も必要最低量ギリギリであるため、野盗退治に割けるほどの戦力は持っていなかった。



「大司教、私兵はどれほど集まりましたかな?」


 そのため、チェザリーニが対野盗用の私兵を集めていた。


「二百といったところでしょうか……」


「それではいけませぬか?」


「返り討ちが関の山でしょう……。もし運よく野盗のアジトが判明できたとて、ただでさえ相手のテリトリーで戦うのです。相手はいつどこでもこちらを奇襲でき、罠を仕掛けることもできます。不利になれば逃げることも……」


 チェザリーニの言葉に皆が黙り、まだ控えていた報告官が続きを口にする。


「生存者の証言によりますと、野盗を率いていたのはロデリク枢機卿であった。とのこです……」


「なんと……」

「これはまずいですぞ……!」

「早く奴を破門にしなければっ」


 神官たちが絶句する。


「だれかかいけつさくはあるか?」


 誰も応えない中、フラッドが小さく片手を挙げた。


「ふぉーかすきょう、なにか?」


「一つよろしいでしょうか? あくまで私は客人ですので、アドバイザーのようなものだと思っていただければ……。ベルクラントの国政に介入・干渉する意思はない。と……」


 枢機卿たちの様々な思惑を持つ視線がフラッドに集まる。


「フォーカス卿は、この中で唯一指揮官として実戦を経験されておられる。ご助言くださるなら是非ともお聞きしたい」


 チェザリーニの言葉にアリスが頷く。


「ゆるす、もうしてみよ」


「まずお聞きしたいのは、野盗の規模と練度はどれくらいのものでしょう?」


「おそらく百人前後の規模と思われます。統制はとれており、野盗化した傭兵集団ではないか? というのが我々の見解でしたが……ロデリクが関わっているとなると違いますね……」


「そのロデリクというのは?」


「一年前に出奔しゅっぽんした枢機卿です。仔細は話せませんが、彼はきっと、ベルクラントのことを憎んでいるでしょう」


 ロデリクという名が出た瞬間、枢機卿たちは禁忌にでも触れたように目を伏せた。

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