第三十七話「内通しよう!」
フロレンシアが滞在することになってから数日後――
「ヤバいっ! 大変なことを思い出した! ブドウ食べてる場合じゃないっ!!」
自室でエトナにブドウの皮をむかせて「あーん」してもらっていたフラッドはそう言って突然立ち上がった。
「なにを思い出したんですか? どうせ大したことじゃないんでしょう?」
【そうだぞ主よ。
マスコット形態でブドウを
「大したことあるもん!」
「なら言ってみてください。しょうもないことならぶん殴りますから」
「唐突なバイオレンス?!」
フラッドは布巾で口を拭ってから続けた。
「いいか、このままじゃ帝国が来ちゃうんだよ!!」
「はぁ、そうですか?」
【断定ということは前世の情報、ということか?】
「そうだ! エトナ! お前も忘れていたろう!?」
「フラッド様じゃあるまいし、忘れていません。一緒にしないでください眉毛全剃りしますよ?」
「ま、待て待て待て! 眉毛はダメだ、人相が悪くなる!」
「そうですか? それはそれでありだと思いますけど?」
「そうか……?」
「はい」
和やかになりかけていた空気にフラッドが活を入れる。
「って、それよりも今は帝国のことだ! というかエトナ! 覚えているのならなぜ黙っていた?!」
「それは今と前世と状況が違い過ぎるからですよ。そもそもフラッド様は、何故帝国が侵攻してきたか、理解されていますか?」
帝国の脅威についてはエトナも感じており、独自に調べていたのだ。
「えっ……? 元々攻めるつもりだったんじゃないの?」
「確かにそれもあるでしょうけれど、前世で帝国が戦争に踏み切った原因は二つあります。飢饉と内応者です」
【なるほどな】
エトナの言わんとすることを理解したディーが頷く。
「どゆこと……?」
「とりあえず座ってください」
「はい……んぐんぐ」
言うとおり椅子に座りなおしたフラッドは、エトナから皮をむいた最後の一粒を口に入れられた。
「いいですかフラッド様、前世での帝国侵攻は、様々な要素が複合された結果です」
エトナは果汁がついた手をフィンガーボールで洗い、布巾で拭きながら続ける。
「様々な要素……?」
「はい。大陸統一を
エトナも帝国の思惑を断言できるほど、前世でも今世でも情報を入手できていなかったが、フラッドへの説明なので、とりあえず断言することにした。
「つまり……飢饉とカイン、この二つが揃わないと、帝国が戦争を決断する可能性は低い……ということか?」
「そのとおりです。今帝国は、前世よりも飢饉の被害を受けていない王国と、戦争するかどうかも定かではなく、もし決意したとしても、飢饉に対して王国中で唯一被害がなく、なおかつ、事実はどうあれ、領主であるフラッド様は聖人と呼ばれ、領民に慕われ、ゲラルト兵長やカインを初めとした有能な家臣を持つ、ここ、フォーカス領が第一目標とされる可能性はとても低い。ということです」
「なるほどな……。だが、飢饉もそうだったが、対策しても前世と同じ展開がくる。という可能性も否定できなくはないか? エトナの言うとおりだったとしても、不安の芽は摘むべきだ」
「飢饉に対しては、そもそも麦病に対してはなにも対策をしていなかったので、同じ展開が繰り返されるかは断言できません。それを言うなら、サラさんは今回は生きていますので、むしろ対策すれば未来は変えられる。と、思っています」
「確かにな……。ディーはどう思う?」
【繰り返されるかどうかは分からぬが、魔獣の情報網では、ここフォーカス領と隣接する帝国領に、皇女率いる大規模な帝国軍の駐屯所が出来た。という話もある】
「マジっ?!」
「それは初耳です……。ディー、どうして黙っていたのですか?」
帝国の駐屯地が隣接領にあるのではないか? という話は前から出ており、そのことはエトナもカインもゲラルトも知って探っていたが、噂の域は出ていなかった。
【黙っていたわけではない。お前と同じ、必要と思わなかったから言わなかっただけだ】
「…………帝国が王国に侵攻するにしろしないにしろ、保険は必要だ――」
フラッドは両手の指を交差させ、その上にアゴを乗せ思案を初め、しばらくしてカッと目を見開いた。
「そうだ! 内応しよう!!」
「マジで言ってます……?」
「無論だ!」
「カインや殿下たちはどうなさるんです? 見捨てるんですか?」
「見捨てるワケないだろ! そんな後味の悪いことできるか!! 裏切る際の交換条件で助命とかなんとかしてもらう!!」
フラッドに忠義心など微塵もなかったが、情に関してはひときわ厚い男だった。
「そのクズさ、流石です」
「そもそも前世のカインと反乱軍だって
「ぜんぜん違うと思いますよ」
【バカの考え休むに似たりだな】
「とにかく!! 思い立ったが吉日だ!! 行くぞエトナ、ディー!!」
【おっ、今回は私も供していいのか?】
「ああ! それでは帝国駐屯地へレッツゴーだ!!」
【ビザンツ人……どのような人間なのか楽しみだ】
「なるようになれ、ですね」
エトナはディーの力やフラッドの生存本能もあるため、いざというときも、なんとかなるだろう。という公算を立てていた。
そうして二人と一匹は誰にも行き先を告げず、帝国領へと馬を走らせた――
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