第五十話「終結」

 ベルクラント郊外――



「ふむ……。やはり口ほどにもなかったな……」



 フードの男との死闘を終えたカリギュラは目の前にある人型の炭を見下す。



 周囲一帯が焼け焦げ炭化し、抉れた大地に、砕けた岩石が戦闘の激しさを物語っている。が、カリギュラの体には傷一つついていなかった。



「だから口先だけの男は嫌いなのだ。さて、戻るとするか。行くぞ、ロデム――」


【ガウッ――!】


 カリギュラは服に着いた埃を払うとその場を後にした。



 アルビオン宮殿――



「はっ……! どうなって……?」

「フラッド様……」


 生存本能が解除されたフラッドは、目の前の惨状を見て驚きの声を上げ、エトナがことの顛末てんまつを教えた。



「なるほど……」


「は……ははは……」


 仰向けに倒れたチェザリーニが力なく笑う。その命は終わりを迎えようとしていた。



「やはり私は……神に愛されていなかった……」



「どうしてそこまで神の愛を求める……? どうして人の愛では満足できなかった?」



「人の愛……?」



 フラッドは答えず、アリスを見た。



「じーじ……」

 アリスが倒れるチェザリーニの手を握る。


「――――」

 チェザリーニは言葉を失う。


「じーじ……」


「その温かさが、愛じゃないと思うか?」


 フラッドの言葉を受け、チェザリーニはアリスを見る。



「…………アリス」

「じーじ……死なないでっ」



 その一言は、なによりも深くチェザリーニの心を打った。



「アリス……私は……アリスを……殺そうと……」



「ゆるすよっ。だって、じーじのおかげで、いまのありすがあるからっ。じーじ、ありがとう……っ」



「…………アリス、ああ……アリス……っ」



 チェザリーニの瞳からとめどなく涙があふれる。



「ああ……そうだね……アリスと過ごす時間は……楽しかった――」



 嘘ではない。アリスと接していた気持ちは本心だった。実の孫のように思っていた。愛していた。


 けれど天秤にかけ、教皇位を、神を選んだ。


 それが天秤にかけるまでもない、釣り合いなど到底とれるわけがない間違いだったと、最後の最後になれければ気付けなかった自分がつくづく愚かしい。



「…………」



 ネロやセレスや子等を巻き込んで、罪無き人々を殺させてしまった。自分は大罪人だ。サク=シャよ……どうか、私をお裁きください。罪は私だけにあります。どうか我が子らはお赦しください。私はどのような罰でもお受けします。チェザリーニは心中で祈る。



「じーじ、だいすき……っ」



 罪悪感に心を打ちのめされるチェザリーニ。


 どうして自分は目の前の少女を愛し、成長を喜んであげる道を選ばなかったのか?


 幸福な道は最初から目の前にあったというのに。



「ああ……私も……愛しているよアリス……」



「じーじ……っ」



 アリスの結婚式の神官を務めたかった。


 アリスの子を、ひ孫のような存在を抱いて祝福したかった。


 次から次へと、ありえたが、もうありえない未来が脳内を駆け巡る。



「これが……罰か……」



 最後まできょうさせてくれれば悔いもなく死ねたというのに……。だが、これでよかった――



「可愛いアリス……笑顔を……どうか……」


「うんっ」


 涙でぐしゃぐしゃになりながらも笑顔を浮かべるアリス。



「ああ……アリス……幸せに……なるんだよ。サク=シャよ……純白の女神よ……どうか……アリスをお守りください……。無垢なこの子に祝福を……永遠の……相の……下に……」



 最後にアリスの手を握り返し、チェザリーニは静かに息を引き取った。



「じーじ……」


 アリスの背中をフラッドとエトナがそっと抱く。


「チェザリーニ殿は、アリスのおかげで最後の最後で敬虔な神官に戻れた。救われたんだ」


「アリス様が救ったんですよ」


「うん……なら……」


 よかった。と、アリスは続けられず、あふれる涙を止められなかった。

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