第十三話「歓迎パーティーと舌戦」
「カサドレス助祭枢機卿と申します。フォーカス卿、巡礼者を救ってくださり、野盗も捕らえてくださるとは、まことドラクマの英雄という二つ名に相応しきお方でございますな」
枢機卿の一人がハイボールが入ったグラスを片手にフラッドへ話かける。
ウイスキーを炭酸で割ったハイボールはサク=シャ教において「神の飲み物」「創造の秘薬」とされているため、
「お褒めいただきありがとうございます、カサドレス助祭枢機卿。ですが私など、部下に恵まれた運がいいだけの男です。英雄などという二つ名は、自分には過ぎたものでございます。野盗に関しましても、攫われた女性たちを救出することができたのは不幸中の幸いでした。が、私が王国を立つ時間をもう少し早めていれば、彼女たちが攫われることもなく、襲撃そのものに対応することができていたのではないか? と、後悔が募るばかりです」
フラッドは調子の乗ってはならない。媚びねばならない。謙虚に謙虚に……。と、自分に言い聞かせ、頭をフル回転し得意の小賢しさを発揮させていた。
「それは……。いえ、卿は彼女たちを助けたのです。どうかご自分を責めることはなさらないでください」
「ありがとうございます助祭枢機卿」
下がっていく助祭枢機卿に代わって、ビザンツ様式の礼服を来た男が話しかけてくる。
「しかし、聞けば、衛兵に任せておけばいいものを、わざわざご自身で
今回催されたフラッドの歓迎パーティーには、各国のベルクラン駐在大使も参加しており、現に今フラッドに挑発気味に話しかけてきたのは、ビザンツ帝国の大使であった。
「私はそうは思いません。教皇猊下との面会時間に間に合わなくなるから、困っている人々を見捨てて先を急ぐ……。こちらのほうが、よほど教皇猊下を
フラッドの言葉にビザンツ大使は嫌味な笑みを浮かべる。
「しかし、兵には兵の、将には将の仕事がございます。その領分を犯してまで彼らの功を奪うのはどうかと思われますなぁ」
「大使殿は勘違いをなされておられます。私はモルガーナ特使や衛兵の方々のお仕事に、微力ながら協力させていただいただけなのです。現に被害者を保護し、犯人を捕縛し連行したのは全て衛兵の方々です。確かにそのせいで謁見の時間には遅れてしまいましたが、私はその理由で責を問われるなら、いくらでも、喜んでこの身を差し出す所存です」
「……さっ、流石はチャラカの英雄殿。ビザンツ十万の精兵を降した英雄はおっしゃることが違いますな」
その言葉に顔を曇らせるフラッド。
「先の大戦は、本当に悲しいものでした……。戦故仕方ないことではありますが、同じサク=シャ教徒同士があれだけ血を流さねばならなったことは、悲しいばかりです……」
フラッドの完璧な返答に神官は感心し、各国の大使もフラッドを「噂に違わぬ有能な男」と。強く意識することとなった。
「っ……しっ、失礼いたす」
自身の不利を悟った大使が退散する。
「フォーカス卿、巡礼者の件、私からも心よりお礼申し上げます」
「チェザリーニ大司教……私は当たり前のことをしただけですので……」
教皇アリスは就任してからまだ一年と少ししか経っておらず、ベルクラントの実権は教皇に次ぐ地位である枢機卿筆頭、大司教枢機卿であるチェザリーニが握っていた。
六十を超える年齢に、白髪とシワの多いロマンスグレーな老人であり、穏やかな顔つきで、その言葉や声音も丸く、聞く人の心を落ち着かせる響きを持っていた。
「ご謙遜を……。禁止区域につきましては協議の後通達いたします。それと、どうか猊下のことをよろしくお願いします」
「猊下になにか起こると考えていらっしゃるのですか?」
予知夢でサク=シャ軍を率いていたのはこの目の前の男なだけに、フラッドも探りを入れるような言葉が出る。
「いえ、神託ではなく、無礼を承知で言いますと、親心というものです」
「親心……ですか?」
「はい。それはまたお話しいたしますが、卿は猊下の私的な時間に関わる権利を得られました。なら、猊下をお願いします。私から言えるのはそれだけです」
「?? 申し訳ございません、私の読解力が低いことが悪いのですが、肝心な部分が曖昧(あいまい)ではございませんか?」
「ふふっ、そうかもしれませんね。しかし、今の段階ではこうとしか言えません。フォーカス卿も私的な猊下とお会いすれば、私の言わんとすることをご理解されることと存じます」
「は、はあ……?」
そうしてパーティーは、フラッドがベルクラントの神官たちからも各国の大使たちからも高く評価される。という最高の結果に終わった。
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