拍手 003 八十七話 「決着」辺り

 部屋に残ったハドザイドは、リサントに向き直る。

「さて、あなたにもやってもらわなくてはならない事があります」

「何です?」

 嫌そうにしながらも、リサントがそう言うには訳がある。ハドザイドは帝国軍監察官のヤサグラン侯爵の配下だからだ。ちなみに、ギルドは帝国軍の末端組織に当たるので、統括長官が軍の高官である。

 つまり、組織としてヤサグラン候の命に背く訳にはいかないという事だ。ハドザイドは全権委任をされているので、彼の言葉が実質侯爵の言葉ともなる。

 そのハドザイドは、咳払いを一つしてから話し始めた。

「まずは支部内の掃除を。それと、受付程度は地元採用で問題ありませんが、それ以上の役職にはなるべく中央の人材をあててください」

「それはまた、どうして?」

「ギルド支部に、領主の責務の一部を負担してもらいます」

「はあ?」

 リサントは間の抜けた声を出す。当然だ、領主の仕事と責務は領主のものであり、支部とは言えギルドが肩代わりするような代物ではない。

 そんな事、中央の貴族の側にいるハドザイドの方が、余程詳しいだろうに。

 そんなリサントの心中が顔に出ていたのか、ハドザイドが補足説明をした。

「現在、ラザトークスには領主がいない事は知っていますか?」

「ええ。何でも、就ける方がいらっしゃらないとか……」

「そうです。この東の辺境は、代々皇帝陛下のお血筋……正確には大公の身分にある方が領主となる土地ですが、現在大公位は空位のままです」

 大公ともなると、皇太子と同様の立場になる為、就く皇族も吟味される。その程度の話は、庶民であるリサントも知っていた。

「領主が不在の現在は代理の官吏が領主職を全うしていますが、どうにも市井の事まで目が届かないようです。本来、そんな事はあってはならないのですが」

「それで、その目の届かない分を、支部が賄う、と?」

「そうです。具体的には、人材の確保ですね」

 ハドザイドのその言葉で、彼が本当に言いたかった事がリサントにも伝わったようだ。

「彼女のように魔法士の才能を持っているにも関わらず、冒険者にならざるを得ない境遇の者を、一人でも多く拾い上げたい。これは、帝国の為でもある」

 帝国は魔法の力を広く利用する事で、国力を上げてきた経緯がある。同じ大陸にある他国との決定的な差でもあった。

 そんな帝国内にいて、魔法士の才能を冒険者に使うなど、あってはならない、というのがハドザイドの意見である。

 それを聞いたリサントは、なんとも言えない表情をした。

「それについては、本人の意向を最大限考慮する、って形で構いませんか?」

「何故かね? 誰だって、冒険者よりも魔法士として働く方を選ぶはずだろう?」

「いや、そうとも言えませんのでね……」

 冒険者は確かに社会でも底辺の職だが、それ故縛られるものが少なく、また一攫千金を狙える職でもある。他で生かせる才能を持った人間でも、そうした部分に惹かれて冒険者を目指す者も少なくないのだ。

 その辺りを説明し、才能を持った本人が望むなら冒険者以外の道筋もつけらるよう、支部で支援する制度を作るのでどうか、とリサントは提案する。

「どのみち、ティザーベルのような場合は珍しいですからね。とはいえ、この先も孤児院の、いわゆる『余り者』と呼ばれる連中の中から、突出した才能を持った人間が出ないとも限らない。その為の制度を作るのは、悪くないと俺も思いますよ」

 リサントの言葉に、ハドザイドは正直不満だ。魔法士を、本人が望むからといって冒険者にさせていいものか。その才能は、国の為に役立ててこそだろうに。

 彼の不満を感じ取ったのか、リサントは続ける。

「それに、冒険者もそこまで悪い職じゃあありませんよ。何せ、この街は大森林から取れる魔物素材と木材でもってる街ですからね。他にも、そういう街はあるでしょう」

 特に、辺境と呼ばれる街には多い。魔物が生息するのは、自然が多く土地の魔力が強い場所だからだ。人が多く住む中央付近は、そうした土地が少ない。

「特に大型の魔物になると、魔法士がいるといないとじゃ、狩れる確率が段違いです。そうした素材を多く欲しがるのは、中央じゃあないですかね?」

 リサントの最後の言葉に、ハドザイドは苦い顔をした。確かに、大森林から取れる魔物素材が一番運ばれる場所は、帝都である。その帝都から来たハドザイドが、辺境のやり方にあれこれ口を出すなと言う事らしい。

 これ以上は言っても無駄だと感じたハドザイドは、リサントの申し出を受け入れた。

「では、制度は作るとして、本人の意思を最優先に、としておこう。その為にも、辺境特有の考え方に染まっていない人間を、支部の上に据えるぞ」

「了解しました。どのみち今回の不正摘発のあおりを受けて、上層部がかなり入れ替えになりますから、その時ついでにやっちまいましょう」

 そう言ってにやりと笑うリサントは、なるほど辺境の癖のある連中をまとめ上げるだけの事はある。自分にはない強さを感じたハドザイドは、話は終わったとばかりに支部長室を後にした。

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