拍手 070 百六十七話 「水運の街」の辺り

 クイトが真面目に仕事に取り組んだのは、三日坊主となった。

「あのボンクラどこ行ったあああああ!!」

 今日も魔法士部隊の隊舎には、彼の副官の雄叫びがこだましていたという。


「いや、ちゃんと仕事はしなさい」

 苦い顔のネーダロス卿を前に、クイトはあっけらかんとしている。ちなみに、今二人がいるのはクイトの避難先である帝都の工房だ。

 持ち主はティザーベルになっているけれど、合鍵を預かっているので入り浸っている状態である。ここの存在は、まだ副官にバレていない。

「いやあ、興味持てる仕事ならやるけどさあ。やれどこそこの貴族の子息がやらかしたやんちゃの後始末ーだとか、どこそこの令嬢がいじめた同じ令嬢魔法士への詫び入れーとか、僕の仕事じゃなくない?」

 クイトの返答に、ネーダロス卿はがっくりと肩を落とす。

「今の魔法士部隊は、そこまで酷いのか……」

「いや、実はこれでもましになった方だったりして」

 この一言に、ネーダロス卿の額に青筋が走った。

「よしわかった。やはり一度魔法士部隊を解散させよう。そして実力のあるものだけが残るよう、入隊試験を厳しくしよう」

「待って待って待って。そんな事勝手にやったら、貴族達の反発が凄い事になるんでしょー? だから手を付けなかったって、じいちゃん言ってたじゃん」

「そうだな、あのくだらない連中とのいざこざを避けようとした結果、ろくでもない連中が巣くう結果になったんだ。ここはやはり――」

「だから! 暴走しない!! 部隊に関しては、もう一回編成しなおしの案がちゃんと出てるから! 今我が儘放題している連中の証拠も全部保全してあるから」

 今にも工房を飛び出しかねない老人を押しとどめて、クイトは何とか思いとどまらせようと、現在魔法士部隊の中で密かに推し進められている計画を話した。

 これには、前回魔法士部隊及び軍部の再編成を手がけた良識ある貴族達も手を貸してくれている。

「……本当か?」

「本当だってば。部隊長が危機感持っててさ、このままだと魔法士部隊が総崩れになるって慌ててるんだよ。だから、バカやってる連中の証拠を押さえて、正攻法で攻めようって話になってんの! じいちゃんはもうとっくに引退してるんだから、現場は現役に任せなさい」

 ここまで言って、ようやく思いとどまったらしい。それにしても、老人のくせになんという力か。おそらく無意識のうちに魔力で筋力強化をかけているのだろうけれど、今の魔法士部隊にここまで綺麗に強化をかけられる人間がいるだろうか。

 ――いや、いない。

 それだけ、ネーダロス卿達の世代との技術格差があるのだ。それも、戻ったら部隊長に進言しておいた方がいい。

 責任を取るのも、実際の強化プログラムを考えるのも、彼の仕事だ。自分がやる事ではない。自分はあくまで、名ばかり副隊長なのだから。

「あ、再編の時には、部隊から除名してもらうよう、頼んでおこうかな?」

 部隊の仕事があると、自由に動けない。これまではネーダロス卿に暗殺から保護してもらう必要があったから、交換条件として部隊に所属していただけなのだ。

 もう自分は臣籍降下するし、そうなれば皇族には復帰出来ない。いい加減、暗殺をもくろむ連中も諦めるだろう。

 この先のバラ色の未来に思いをはせていると、背後から地を這うような声が響いた。

「君、今なんと言ったのかね?」

「え? 魔法士部隊を除隊しようかなって」

「約束を忘れたのかな?」

「いや、ほら、もう保護してもらう必要、なくなるしさ」

「ほう。必要なくなったら、とっとと捨てるという気かね?」

「うん。臣籍降下すれば、食っていく分くらいは年金で出してくれるっていうし。僕、浪費家じゃないしさ。あ、何だったら、ティザーベル達と冒険者になるのも手だよねえ?」

「馬鹿な事を言っていないで、とっとと部隊に戻れええええ!!」

「ええ? 何でじいちゃんが怒るのさ?」

「やかましいいいい!!」

 頭の血管が切れるのではないかと心配する程、ネーダロス卿が怒っている。本当に、何故こんな急に怒りだしたのか。

 訳がわからないクイトは、オロオロしながら目の前の老人をなだめにかかった。



◆◆◆◆


どこぞのじいちゃんのぼやき。

「全く、あいつは遊ぶ事ばかり考えおって。少しは立場に見合った責任を持とうとは思わんのか!」


じいちゃんにとって、市井に関わるようなものは、皇族や上級貴族のやる事ではないと思っている様子。

前世から、セレブと呼ばれる立場の人だったので、立場や身分に見合った責任というものには割と敏感。

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