拍手 097 百九十四 「治療完了」の辺り
色々と聞かされたせいで、ヤードの頭はパンパンだ。
「……理解出来てるか?」
「……半分くらいは」
元々そこまで頭がいい訳じゃない。だからこそ、腕っ節で生きていける冒険者を選んだくらいなのに。
ただ、レモに言わせると頭が悪い訳ではなく、使うのを面倒くさがっているだけだそうだが。
それでも、教えられたあれこれを理解するには時間がかかりそうだった。
治療は終わったという事で、ここから出られるという。ここは病気や怪我をした者を治療する病院という場所だそうだ。治療院や薬屋とは違うらしい。どう違うのかは、説明を受けたけれどやはり理解出来ない。
用意された服に袖を通す。どうやら、獣人の里で着ていたものを洗濯しておいてくれたようだ。見慣れない服だけれど、なんとなく着慣れた感がある。
ふと、腰に手を伸ばしかけて止める。ここに常にあった愛用の剣が、行方不明なのだそうだ。業物という訳ではないから、なくして惜しむ程のものではないけれど、それなりに愛着があったので落ち着かない。
「やっぱり、剣がねえとしっくりこねえか?」
「まあな」
思えば、物心がついた時には、もうおもちゃの剣を振っていたという。それ以来、一度も剣を手放した事などなかった。
冒険者としても剣士を選び、それ一本でやってきた。正直、魔法に頼らずともやっていけると思っていた程だ。
だが、あれを見てしまったら、とてもそんな事は言えない。
ティザーベル。彼女の魔法は、凄いなんて言葉では言い表せない程だ。すさまじい。
大型の魔物ですら、たった一人で屠る実力。それだけでなく、自分達の事まで守る余裕まで見せる。
あの大森林でのあれこれは、多分一生忘れられないだろう。
あそこにあった地下都市と同じものが、他にも十一あって全部で十二都市だそうだ。そのうち三つを再起動させたおかげで、どこへ行くにも楽に移動出来るという。
驚き過ぎて言葉もない。これまでも大概とんでもない女だったが、それに輪をかけてとんでもなくなっているとは。
「嬢ちゃん、お前さんの事を心配してたぞ」
「怪我は治ったんだろう?」
「怪我じゃなくてな。お前の記憶だよ」
「ああ……結局、助けられた獣人の里、とかいうところでの事を綺麗さっぱり忘れているだけだろう? なら、問題はないじゃないか」
「そうなんだけどよお。忘れられるのが自分かも知れねえって思ったら、俺でも怖えぜ? それを考えると……な」
レモがしみじみと語る。実の叔父である彼を忘れる訳がない。そう言っても、レモは薄く笑うばかりだ。
あまり実感はないけれど、本当にティザーベルやレモの事を忘れる危険性があったという事か。
「実際には忘れなかった。でも、そうなったかもしれないんだって事は、頭の片隅にでも置いておきな」
「ああ」
俺だけ怪我をしたせいで、二人には心配をかけたのだから、反発せずにおとなしく聞いておく事にする。
「……ちょいと気になったんだが」
「何だ?」
「逆に嬢ちゃんが俺達の事を忘れていたら、お前さん、どうしてた?」
「そんなの――」
言いかけて、止まる。何を言うつもりだったのだろう。嫌だ、と言おうとしたのか、それとも関係ないと言おうとしたのか。
しばし考えて、ヤードは口を開いた。
「少なくとも、俺らの事を忘れていても仲間である事は変わらない」
「……そうだな」
レモと二人、何だかしんみりしつつ、ティザーベル達が待つ宿泊施設とやらに向かう。天井には、綺麗な青空。本物ではないと説明されても、そうは思えない空だ。
それを見上げて、しばし立ち止まる。先程自分が言った言葉を、今更ながらに噛みしめた。
仲間である事は、変わらない。
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