拍手 118 二百十五「裏切り者」の辺り

 何が起こったのか、わからない。気付いたら、やたらと振動が酷い箱の中にいた。

「テパレナ……気がついた?」

「ヤシジータ!? 何ここ? どうなってるの!? 私、家で寝ていたはずなのに!」

「落ち着いて、テパレナ。私達も、何がどうなっているのかわからないのよ。全員、家で休んでいたはずなのに……」

 よく見回したら、ヤシジータだけではない。ネリーシナ、ビナーサ、ヤニ、ナティアもいる。

 本当にどうなっているんだろう……


 それがわかったのは、移動が終わった時だった。箱の扉を開けた先にいたのは、人間。その時、自分達が人間に……ヤランクスに狩られたのだと悟った。

 でもどうして……。私たちは、里から一歩も出ていないのに!

 混乱する私達は、箱から引きずり出されてすぐに地下に放り込まれる。酷く乱暴にされたので、転んだヤニは膝をすりむいていた。

「ヤニ、大丈夫?」

「痛い……痛いよ、テパレナ……こんなところ、やだ……」

 ヤニはまだ年若い。泣き出した彼女を、抱きしめて慰める以外の方法はなかった。

 地下には、私達以外にも多くのエルフ達が入れられたいた。端の方には、獣人……ガソカト族の姿もある。

 ガソカトは人間に少しだけ近い姿をしているから、ヤランクスも好んで狩ると聞いた。確かにあの種族は獣の耳や尻尾を除けば、人間と変わらない姿の者が多い。

 ここに集められたのは、女性だけ。噂に聞いた事がある。攫われた女は人間相手の奴隷として売り飛ばされるのだと。

 男は別の場所に送られて、死ぬまで働かされるのだとか。どちらにしても、いい事なんて一つもない。

 どうして、私達がこんな目に遭わなくてはならないのか。何も悪い事なんてしていないのに!

 悔しい。憎い。怖い。色々な感情が渦巻いてて、その日は眠れなかった。


 そうして、どのくらい地下で過ごしていただろう。ある日いきなり、目の前に同胞が現れた。

「助けにきた!」

 名はフローネル。クオテセラ氏族の者だと言っていた。氏族を名乗るのは、同胞なら当然のことだから、彼女がエルフだというのも本当の事だろう。

 私がそう思っても仕方ない。最初に姿を見た時、彼女は耳を隠していたのだから。

 その後、本当に彼女は苦もなくその場にいた全員を地下から救い出した。一瞬で見た事もない場所に来たのは驚いたけれど。

 そこで、温かい食事を振る舞われ、人心地ついた。風呂もあって、好きな時間に好きなだけ入れるという。捕まってから入浴出来なかったから、これは本当にありがたかった。

 フローネルからは、ここでしばらく過ごした後、新しい里へ移る手筈が整っていると教えられる。

 新しい里って、何? エルフは一度でも無断で里から出たら、二度と戻れないのに。フローネルもエルフなのだから、その掟は知っているはず。

 不安な私達に、フローネルは一生懸命説明してくれた。新しい里には、私達のように里に帰れないエルフがたくさんいる。何も心配する事はない。

 食べ物や着るものもたくさんあるから、暮らすのに支障はないとも。

 私達は、顔を見合わせた。怖い。新しい里と行っても、また人間達が襲撃してきたら。寝ている間に、また知らないところへ連れ去られるかもしれない。

 その事を訴えると、ここなら絶対に心配はいらないという。信じられないけれど、ここは地面からとても深い場所にあって、許可を得た者以外出入り出来ないのだとか。

 その言葉を聞いた途端、私の中で何かが閃いた。だったら、ここにずっといれば、どこよりも安心なのではないか、と。

 だから、フローネルに里へは行かず、ここに残りたいと訴えたのだ。同じ里の子達も、私の言葉に同意した。


 翌日には、「びょういん」とかいう場所に連れて行かれ、今の私達の状態を調べると言われて驚く。調べるって、何? あの大きな箱は何!?

 怖い事も痛い事もないと言われて、一人ずつ並ばされてあちこち巡る事になった。みんな同じ薄青い服を着せられ、喋る不思議な人形に導かれて。

 正直、何が行われたかさっぱりわからない。あそこに乗って、こちらに寝て、それをつかんで、口を開いて。

 わからないなりに、全部終えると、あの動く人形が私達をフローネルがいる場所へと案内してくれた。

 そこにいたのは彼女だけじゃない。人間もいたのだ。皆が身構える中、フローネルが説明してくれた。

 でも、にわかには信じがたい。人間が、エルフを助けるなんて。でも、彼女の許可がなければ、ここに居続ける事は出来ない。

 それで、これまでにあった事を話したら、ベルと紹介された人間の顔色が変わった。何が原因かは、私にはわからない。

 そのまま、私達はベッドのある部屋へと連れて行かれ、飲み物を用意された。果汁のような爽やかな甘さのある飲み物。

 それを飲んだら、すごく眠くなったので、皆で寝てしまった。

 ああ、これから私達は、一体どうなるのだろう……

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