拍手 116 二百十三「爪痕」の辺り

 朝が来た。日の光と、ごはんを作る音と匂い。

「おはよう、かあちゃん!」

「おはよう。父ちゃんと、顔を洗っておいで。もうじき朝ごはんだよ」

「はあい」

 子供が駆けていく。平和な日常のひととき。

 ほんの数日前に、彼等の国は滅んだ。聖なる国と言われた隣国、ヴァリカーンの侵略によって。

 王都で生き残った人達は運がいい。燃え尽きた街で生き残った者達は奇跡だ。その他の街も、聖堂騎士団に街を囲まれ明日をも知れぬ思いで過ごしていた。

 そんな中、綺麗な女の人が空いっぱいに浮かんだのは、今でもしっかりと覚えている。特徴的な耳から、エルフだとわかった。

 その女の人は、これから皆を助け出すから、なるべく広場などに集まってくれ、足が悪かったり動けない人には周囲の人が手を貸してやってくれと言ってきた。

 最初はみんな驚いて口々にあれは何だと言っていたけど、何人もの子供がそれぞれの親を急かして広場へと向かわせた。

 人が集まると、我も我もと集まるものだ。そこかしこで誰それは足が悪い、誰それのところは子だくさんだから親だけじゃ手が足りない、どこそこの老人は寝たきりだ、という声が上がる。

 それにあわせるように、誰かが誰かに手を差し伸べた。いつもそうだ。狭い街では、みんなお互いに助け合って生きている。

 この野営地でもそうだ。最初は天幕暮らしだったけれど、あっという間に奇妙な形の屋敷が出来て、その一部屋に一家族ずつ入れるっていうんだから驚きだ。

 そんな屋敷がいくつも出来て、天幕で過ごしていた人達は少しずつ屋敷に移っていった。

 そしてこんな中でも、バカな事をする奴らはいるもんだ。人様のものを盗んだり、女の人に暴力を振るったり、ものを壊したり。

 そういう事をする連中は、すぐに捕まってどこかへ連れて行かれた。なんでも、延々と走らされた後、屋敷を作る仕事に回されたそうだ。

 この仕事ってのが体力勝負の仕事らしく、大分きついらしい。あのバカ共にはいい薬だって、皆で笑った。

 国は失ったけれど、国民には残ったものがある。隣で笑うご近所と、国を束ねる国王だ。

 前の王様は残念な事になったそうだが、若くて綺麗な王女様が女王におなりあそばした。王様が新しくなるという事には、国が新しく生まれ変わるという意味もあるんだとか。

 シーリザニアはなくなってしまったけれど、スンザーナ女王様の元で、新しく生まれ変わるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る