拍手 091 百八十八 「マレジアの依頼」の辺り

 のどかな日々が続いている。昨日の続きの今日、今日の続きの明日。このまま、この村でのんびりと日々を過ごしていくような錯覚に陥る時もあった。

「まあ、まだそんなに経っちゃいないはずなんだがねえ……」

 レモは空を見上げながら、周囲の気配を探る。投げナイフの射程圏内に一匹、少しはずれたところに二匹。

 まずは油断を誘って、最初の一匹を。次いで逃げだそうとした圏内ギリギリの二匹も倒す。

「よし、これで終わりっと」

 レモがナイフで仕留めたのは、ウサギ型の魔物だ。人を襲う事はないけれど、畑の野菜を狙って村に侵入してくる困った魔物である。

 三匹をまとめて片手に持ち、世話になっている家に寄った。

「獲物、取った。捌く、頼む」

 片言だけれど、何とか意思疎通が出来るくらいにはなっている。まだ年若い女性はにこやかに彼から魔物を受け取り、頷いた。

「任せておいて。今夜はウサギの焼き肉ね」

「楽しみ」

 そんな穏やかな時間が流れるこの村に、異変が迫っていた。


 翌日、朝起きると何やら村の中が騒がしい。何かあったのかと外に出てみると、村人が広場に集まっていた。

「どうしよう……どうしたらいいんだ?」

「まさか、こんな小さな村にまで来るなんて……」

 怯える村人の様子から、何かよくないものが村に近づいているのがわかった。

「何か、あったか?」

「ああ、レモさん。実は……」

「おい、余所の人間に話すなんて」

「レモさんは余所者じゃないよ! もう立派に村の一員じゃないか!」

 そう叫んだのは、レモをこの村に連れてきた若者だ。夫婦して村の外に用事で出た帰りに、レモを拾ったのだ。そのついでに、彼等を襲った魔物を倒したので、礼代わりにと村に滞在させてもらっている。

 確かに余所者だから、村の事に口出しする事は出来ない。だが、危険が迫っているというのなら話は別だ。

 自分は生きて帰らなければならない。少なくとも、ティザーベルが迎えに来るまでは生きていなくては。

 ――でないと、嬢ちゃんが落ち込むからなあ。

 この言葉が通じない場所に飛ばされたのは彼女の責任ではないけれど、自分に何かあればきっと彼女は彼女自身を責めるだろう。それだけは避けたい。

 それに、姉の忘れ形見とも離ればなれだ。甥っ子の無事も確かめないうちに、死んでたまるか。

 村人の話の切れ端から、迫っている何かからは逃げてやり過ごそうという事に決まったらしい。家や畑を置いて逃げるのは、村人も辛そうだ。

 とはいえ、死んでは元も子もない。村人はそれぞれ家に戻って逃げ出す仕度をするという。レモもそれに紛れ、世話になっている家に戻った。

 彼の持ち物などそう多くない。その分、若夫婦の荷物持ちでもしようと思ったのだ。若夫婦の家に行くと、二人であたふたと荷造りしている。

 それを無言で手伝い、大半の荷物を背負って家を出た。

 次にこの村に戻る時はいつか。村人の不安そうな表情を見ていると、あまり楽観視は出来ないらしい。

 とはいえ、今は目の前の危険から逃げるのみだ。レモは若夫婦と共に村を後にした。

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