拍手 094 百九十一 「獣人の里」の辺り
外が騒がしい。いつもは静かな里が、珍しい事だ。だが、自分には関係ない。男はそう判断すると、いつものように自分に割り振られた仕事をこなしていた。
ここは、自分のような人間とは違う種族の里だ。本来なら怪我をしていたとはいえ、自分のような存在は里に入る事も許されない身だという。
それが許されたのは、ひとえに里長の孫娘、エジルのおかげだ。
男を森で見つけたのは、エジルだったと聞いている。いつものように果実を取りに森に入ったら、奥で光る何かを見つけたそうだ。
その光を追って奥までいくと、男が木の根元に倒れていたらしい。近くの枝が原因か、足には切り傷があったそうだ。
一人では抱えて運べないので、一度里に戻って仲間を呼び、彼等が男を里まで運んだ。その時点で、相当な悶着があったとか何とか。
エジルはよくしてくれている。何もかも忘れた男に「ツイクス」という名をつけ、何くれとなく世話を焼いてくれる。
そんなエジルの瞳には、どこかで見たような熱を見た。どこで見たのだったか……
思い出せない記憶に苛立つ夜、ツイクスの元を訪れる者があった。里長だ。彼はツイクスを嫌っている。おそらく、ツイクスが彼等とは違う種族だから。
その里長は、ツイクスが寝床にしている物置の入り口で、こちらを見ていた。彼の目には、嫌なものを見る色がある。これも、どこかで見た憶えのあるものだ。本当に、一体どこで……
「エジルは、お前に惚れている」
里長が唐突に話始めた。
「だが、ウェソンの女は同じウェソンの男との間にしか子をなせない。わしはあの子に一生子を持たない生涯など、送ってほしくはないのだ」
里長は大きな溜息を吐く。
「エジルももう年頃だ。ここだけでなく、離れた里からも妻問いの話が来ている。ウェソンもこの頃は生まれる子の数が減っているからな。だからこそ、わしはあの子にウェソンの若者と一緒になってほしいのだ」
「……」
実は、言葉がよくわからないので、里長の言いたい事の半分もツイクスは理解出来ていない。それでも、自分がこの里の異分子で、歓迎されない存在なのはわかっている。
怪我をしたといっても、たいしたものではない。その傷もすっかり癒えている。周囲に甘えて、長居しすぎたようだ。
「明日、出て行く」
それだけ告げると、里長は頷いて小屋を後にした。
その翌日、ツイクスが出て行く前に里で騒動が起きるなど、二人は知るよしもない。
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