拍手 102 百九十九 「待ち人来たる」の辺り
里を去るティザーベルの背中を見送り、マレジアは溜息を吐いた。
これで、積年の恨みを晴らす事が出来る。惜しむらくは、自分の手でスミスに引導を渡せない事か。
己の手を見下ろし、マレジアは苦い笑みを浮かべた。彼女は研究者であって、兵士でもなんでもない。つまり、魔法を攻撃に転じさせる方法に長けていなかった。
護身や多少の生き残りの為の術式は知っている。それに、道具という形にすれば、それこそ聖国全てを焼き尽くす兵器を作り出す事も可能だ。
だが、それも都市の機能あればこそである。
十二番都市は再起動されたのだから、今なら都市へ行って兵器を作る事も可能だろう。でも、大雑把な攻撃方法ではスミスは躱してしまう。
奴の息の根を止めるには、やはり都市との連携を切ったのちに、集中砲火を浴びせなくてはならない。
それが出来るのは、単独で三つもの都市を再起動させたティザーベルを置いて他にいまい。
無茶な事を押しつけている自覚はある。自分の恨みなど、彼女には関係ない事も。
それでも、ティザーベルは彼女なりに考えて依頼を受けてくれた。その事に、マレジアは感謝したい。
ティザーベルが、守るものを持つ人であって良かった。エルフを、獣人を、そしてその先にある自分の故国を守る為、彼女はこの依頼を受けたのだろう。
スミスを生かしたままにしておけば、遠からずエルフは殲滅されるだろうし、獣人も同じ運命をたどる。
そして、大海の向こうにある彼女の故国も、踏み荒らされるだろう。五番都市がある大陸なら、モリニアドだ。六千年前は自然が豊かで、人に捨てられていた大陸だったけれど、今では多くの人が住む大国があるという。
マレジアが現役だった頃に地上にあふれていた人々は、その多くが死に絶えた。スミス達の手によって、命の選別が行われたのだ。
研究都市にばらまいたとの同じウイルスを、地上でもばらまいた。そのせいで多くの人が死に、生き残ったのは彼からワクチンをもらっていた仲間が殆どだった。
中には、自力で逃げ延びたものもいる。ウイルスに感染しても、何故か重症化せずに回復した人達だ。
そうした人達が、各地に散らばり小さなコミュニティを形成していった。それが今日だ。
一つわからないのは、何故スミスはその様子を放っておいたのかという事。彼にとっては、理想の世界を創り出す邪魔にしかならない存在だというのに。
一つ、仮説はあるけれど、根拠も何もないものなので、これまで考えないようにしていた。
スミスは、自身がエルフになっているのではないか。耳に入る情報として、ここ何百年と、スミスは人前に素顔をさらしていない。
常に薄布で顔を隠し、大仰な衣装で体型すらわからなくしているのだとか。
それでも彼の権力は衰える事を知らず、未だに教会組織、そして聖国やその周辺に絶大な影響を与えている。
原因は、教皇直属機関である異端管理局の存在だろう。他の人間では太刀打ち出来ない強力な武器を用いる部門。
特に、他の誰も扱えないという聖魔法具という名の武器を扱うカタリナ審問官。
まず彼女を倒さなくては、スミスまで攻撃の手は届かないだろう。
ティザーベルには、何としても勝ってもらわなくては。その為に、より多くの都市の力を手に入れておいてもらいたい。
その後、彼女が悪用しないとも限らないけれど、それに関しては奥の手がある。だから、心配はいらない。
「頼んだよ」
この老人の願いを、叶えておくれ。
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