拍手 101 百九十八 「故郷の味」の辺り
子供の声が響く。街のはずれにある孤児院は、今日も賑やかだった。
「こら! 帰しなさい。これはニーファのお人形でしょう?」
「えー? だってえ」
「だってじゃありません。さあ、返してあげなさい」
「ちぇー」
叱られた男の子は、手に持っていた人形を泣いている小さな女の子に返した。戻ってきた人形を抱きしめた女の子、ニーファは、そのまま駆けだしてお気に入りの木の側にいく。
「ニーファ。ちょっといらっしゃい」
教会運営の孤児院の為、職員は全て聖職者だ。声をかけたのは女助祭である。
「あのね、ニーファ。あなたの事を、ぜひ引き取りたいって方がいらっしゃるの」
「え……?」
「とてもいいお話だし、行ってみない?」
あくまで提案なのだが、半分以上は強制だ。孤児院は教会運営とはいえ、決して経営が楽という訳ではない。
このところ孤児の数が増えているし、なのに職員の数も予算も増えていないのだ。このままでは破綻してしまう。
そんな中、子供を引き取りたいと申し出ている人が何人かいると打診があった。行儀見習いをさせて、将来的には使用人に育てようという事らしい。
先が見えている引取先など、と言うなかれ。大富豪や貴族の屋敷の使用人など、普通の家の子でもなかなかなれない職業なのだ。
それを身元が不確かな孤児を引き取って、将来を見据えて育てようなどなかなか出来るものではない。
しかも、幾ばくかの寄付金までいただけるというのだ。なんともありがたい話である。
だが、提案されたニーファは首を横に振った。
「……いや」
「ニーファ」
「嫌! お願い助祭様! 私、余所に行きたくない!」
普段おとなしい彼女が、珍しく自己主張している。とはいえ、この話は上の方から来ているので、女助祭の一存でどうこう出来るものでもなかった。
向こうからは、年齢と性別の指定が来ている。年齢は八歳以下、女子のみ。出来る限り見目のいい者を、というものだ。
引き取る孤児の外見をどうこういうのかという思いはあるけれど、大きな家の使用人にはそれなりの見た目も必要なのだと聞いた事がある。
幼いうちから使用人として育てようというお金持ちならば、やはり多少外見がいいのを選びたいのだろう。
ニーファは、今年六歳。この孤児院の中でも一際整った顔立ちの娘だ。きっと相手に気に入ってもらえるだろう。
ここは心を鬼にして、この孤児院から出さなくては。それがこの子の為なのだ。
そう思い、嫌がるニーファを何とか説得し、孤児院から送り出した。他にも何人か、八歳以下の少女を一緒に送り出す。
彼女達を乗せた馬車が遠ざかるのを、女助祭は祈りながら見送った。彼女達の未来に、幸あれ、と。
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