拍手 137 二百三十四「モンスター」の辺り
月一のセロアの楽しみは、休みの日の食べ歩き。特に帝都に出て来てからは店の数が多いので、まだ一回も行った事がないところがたくさんある。
「次の休みはどこ行こうかなー?」
「あら、セロア、何かお楽しみでもあるの?」
声をかけてきたのは、同じ帝都ギルドに務める同僚ノシュロアだ。といっても、向こうの方が帝都では先輩に当たる。
ギルド内部では、先輩後輩という考え方はあまりない。実力主義の冒険者を取り扱う組合だからか、職員にも「力こそ正義」という考え方がある。
受付業務に加え、裏方の仕事や情報共有企画にも参加しているセロアは、帝都ギルド内でも出世株として知られていた。
おかげで、帝都ギルドでも古株で知られるノシュロアとも、気安い関係でいる。
「お楽しみっていうか、休みの日が待ち遠しくて」
「ああ、わかるわー」
そんな軽いやり取りをしつつも、手元は書類を捌いている。出来るギルド職員とはこういうものだ。
待ちに待った休み当日、セロアはザミ、シャキトゼリナといった女性冒険者に加え、日本からの転移者菜々美と共に帝都中央広場に来ていた。
「さて、じゃあ行きましょうか」
「「「おー!」」」
休みを合わせた四人は、一緒に食べ歩きをしに来ているのだ。帝都でも、北の方は制覇したので、今度は南側を攻めようという事になっていた。
「南って、どんな店が多いのかな?」
「甘味が多いよ」
「詳しく」
セロアは早速ザミの情報に食いついた。ザミ曰く、最近出来た蜜氷の店が評判なのだとか。
蜜氷とは、削った氷に果物と蜂蜜を煮詰めたものをかけて食べる、いわばかき氷のようなものだという。
「ちょっと季節外れな感じだけど、今日みたいな陽気のいい日なら、大丈夫じゃないかな」
「なるほどねえ。じゃあ、そこ行こっか」
「「「賛成ー」」」
帝都は帝国でも南に位置するせいか、冬でもあまり寒くならない。北よりの東の果てであるラザトークス出身のセロアにとっては、夏の暑さがしのげるなら大分過ごしやすい場所だった。
ザミ情報の店は、繁盛しているらしい。表まで人があふれかえっている。
「へー、人気なんだ」
「だね」
「ハキジの殻に入れてくれるから、外でも食べられる」
「本当ですね。外に椅子も用意されてるし」
シャキトゼリナや菜々美が言うように、店の中で食べる際にはガラスの器に入れているようだが、持ち帰りもしくは外のベンチで食べる場合は使い捨てのハキジの実の殻に入れるらしい。
味の種類も豊富で、四人全員が違う味を選んだ。セロアはオレンジに似たネーシル味を、ザミとシャキトゼリナはレモンに似たモーネ味を、菜々美は赤いベリータイプのソロリポゼと呼ばれる果実の蜜氷を選んでいる。
綺麗に削られた氷は、おそらく魔法士の手によるものだ。こうした店に雇われる魔法士は多く、少しでも魔力があれば食いっぱぐれがないと言われる所以だ。
それでも、故郷では「余り者」への偏見の方が勝っていた。おかげでティザーベルは優秀な魔法士であるにも関わらず、冒険者という最底辺の仕事をせざるを得なかったのだ。
生まれる場所が違えば、あの街で生まれたにしても両親が揃っていれば、もっと違う道が開けただろうに。
だが、そんな感傷を持つのはセロアの勝手だ。わかっている。当人は結構、冒険者という職を楽しんでいるのだから。
高いそらはそこだけ秋を感じさせる。晴れた青空を見上げながら、セロアはぽつりと呟く。
「ケーキ食べたい。生クリームたっぷりの」
「ですよねー」
答えてくれるのは、それが何かを知っている菜々美だけだった。
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