拍手 138 二百三十五「憑依」の辺り

 ソッドが生まれた村は、山間の小さな村だった。曾祖父の代に森を切り開き、開拓された村だと聞いている。

 その村は、年々人の流出が止まらなかった。

「ここにいても先がないしな……」

「街にお嫁に行く事になったの」

「もう年だし、息子が呼んでくれてるから、下の村に行くよ」

 ソッドが子供の頃には、もう村の三分の一の家は空き家だったくらいだ。それでも、残された家族同士が助け合い、何とか生きていた。

 それが崩れたのは、流行病が流行ったからだ。旅の行商人と言っていた男が、村に来て翌日に高熱を上げた。

 顔見知りの行商人だからと空き家で看病していたが、その甲斐なく三日後に亡くなる。

 葬儀をどうしようかと家々で集まっていると、行商人を看病していたおかみさんが倒れた。高熱で苦しむその姿は、先程亡くなったばかりの行商人を思わせる。

 それから、あっという間に病は村中に広がっていった。誰もが熱に苦しみ、薬も有効な手立てもない。

 ただ、苦しむ家族や隣人を見ている以外になかった。

 そんな中、ソッドだけが何故か病にかからない。いや、正確にはかかったのだが、あまり熱も上がらずに治まったのだ。

 理由はわからないけれど、動けるのはソッドだけになってしまった以上、彼が村人の看病や埋葬を一人で行わなくてはならなかった。

 ソッドは恐ろしくてたまらない。このままでは、村で生き残るのは自分一人になってしまう。こんな事になるくらいなら、病にかかった時に苦しんで死んでしまった方がましだった。

 来る日も来る日も、看病をして、死んだ隣人の墓を掘り、神に祈る。

 そうして、最後の一人を埋葬し終えたソッドは、村の中で泣き叫んだ。どうして、自分一人が生き残ってしまったのか。神様、自分はそんなに悪い人間なんですか。

 泣こうが喚こうが、村の生き残りがソッドただ一人なのは変わらない。それでも、彼は寝食も忘れて嘆き続けた。

 ふと、何かが自分の中に入ってくる感じがする。その日を境に、ソッドは一人ではなくなった。

 サブローという名の男は、ソッドの体を使って色々な事を行う。まず最初にやったのは、岩を使って大きな人形のような魔物のようなものを造ったのだ。

 それを見て、サブローは確かに喜んでいた。彼の感情は、ソッドにも流れ込んでくる。彼が見るものは、ソッドも見える。当たり前だ、体はソッドのものなのだから。

 それから、ソッドはサブローと共に過ごす事になった。

 サブローは少し変わったところから来たらしい。彼の記憶も何故かソッドにはわかり、げーむ、やらテレビ、やらマンガ、やらの情報に触れる事になった。

 それらは、山奥の寒村で生まれ育ったソッドにとって、とても刺激的なものだ。来る日も来る日も、彼の記憶をあさって新しい何かに触れた。

 その楽しい「二人暮らし」に、終焉が来るとは。

 サブローの造った土の人形「ごーれむ」が侵入者を捕まえた。その場に行ったサブローは、喜びすぎて感情が振り切れそうだ。何が、彼をここまで興奮させるのか。ソッドにはさっぱり理解出来ない。

 その後、彼等をサブローが作り替えた家に招き、共に食事をする。その後、サブローはいきなり寝てしまった。

 何故、ここでこんな風に寝てしまうのか。まさか、侵入してきた者達が、食べ物に何か混ぜたのか。

 その時、今まで感じた事のない感覚に、ソッドは襲われる。今まで一緒にいたものが、いきなり引き剥がされるような感覚だ。

 ダメだ、行ってはいけない! 必死ですがりつこうとしたけれど、剥がれたものはソッドからするりと出てしまい、そのまま消えた。

 なんという喪失感。なんという孤独感。ソッドは耐えられそうにない。だが、体は眠りに落ち、彼の意識も引っ張られて落ちていった。


 翌日、目を覚ましたソッドは、サブローが自分から剥がれ落ちた元凶にかみつく。胸ぐらを掴み上げようとしたら、見えない何かに阻まれた。

 自分は、何も出来ない。そう思うと、より孤独と喪失が強くなる。ソッドはその場で泣き崩れた。

 どのくらいそうしていたのだろう。ふと気づくと下の村との境辺りにある橋の側にいた。脇には、どことなく見覚えのある者がいる。

「おめえ、上の村の倅だろ? 何やってんだ? こんなところで」

 確かに、何をやっているのだろう、自分は。あれこれ思い出したら、再びソッドの目から涙があふれた。

 いきなり泣き出した彼に、村人は驚いたけれど、ソッドが落ち着くまで待ってくれた。ソッドはぽつりぽつりとこれまであった事を話す。

 行商人が病を持ち込んだ事、それにより村が全滅した事、何故か自分だけは軽傷で済んだ事など。

 サブローやあの侵入者達の事は、黙っておいた。多分、話しても信じてもらえない。

 村人は、話を聞くと自分についてこいと言った。ここに座り込んでいても、何にもならない。ソッドは村人についていく事にした。

 到着した下の村には、上の村から移住した人達もたくさんいた。彼等にも村の現状を伝えると、誰もが涙する。あそこで亡くなった人達の、友達や仲のいい隣人、親類などがここにいるのだから、悲しいのは当然なのだ。

 ソッドはそのまま、村に残るように諭されて残った。上の村に戻っても、もう誰もいない。あそこにいたって、生きてはいけないのだから。


 後年、家庭を持ったソッドは当時を振り返る。サブローが消えた時、侵入者達が憎くて仕方なかったけれど、彼等は自分を橋の側まで送り届けてくれた。

 あの場にいなければ、村人に拾われる事もなく、上の村で朽ち果てていただろう。今の幸せも、手に入れる事が出来なかったのだ。

 ソッドは星空を見上げながら、名も知らない旅人達に礼を言う。ありがとう。

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