拍手 099 百九十六 「東洋の色」の辺り

 静かな昼下がり。自身の隠居所の縁側で、ネーダロス卿はお茶を啜っていた。お茶の木を見つけられたのは僥倖だった。

 その後すぐに、お茶の職人を記憶を頼りに育成し、現在は自分の為だけに作らせている。なんとも贅沢な話だ。

 他にも色々、前世の記憶を頼りに自分が楽しむ為だけに作らせたり栽培させたりしているものがあった。同じ元日本人であるメラック子爵やクイトシュデンにもお裾分けしているけれど、今度はティザーベルやセロアもその中に加えようと思う。

 とはいえ、いつになったら彼女は戻ってくるのやら。

「こんちはー」

 後見をおりたはずの被後見人が今日もやってきたらしい。襖の向こうには、第十六皇子クイトシュデンの姿があった。

「ちょくちょく顔を見せに来るとは。余程暇なんだねえ」

「えー? ソンナコトナイヨ?」

「言動が軽いから信用ならん」

「何でだよー」

 彼とは、彼の母親からの縁だ。帝都で皇帝に見初められた少女は、庶民の出故後宮に上がる事が許されない。

 そこで皇帝からの依頼を受けて、少女をネーダロス卿の養女とし、後宮へと上げたのだ。義理の孫に当たるクイトシュデンが、まさか自分と同じ転生者だとは思わなかったが。

 クイトは幼い頃から反応の鈍い子で、出自からも全く期待されていなかった。持っている魔力の量はそこそこなのに、それを術式として発動させる事が出来ず、皇子の中でも落ちこぼれ扱いされていたのだ。

 それが、十五を数える頃になって急激に変わった。ある日突然多彩な術式を操るようになり、あっという間に魔法士部隊に入る事になる。

 不思議に思って面会にいけば、それまでとは人格が全く違うように感じた。よもや、体が乗っ取られたのかと危惧したけれど、単純に今まで押さえつけられていた意識が表に出てきただけの事らしい。

 そこで色々話していて、彼も転生者だとわかった。いくら帝国が広いとはいえ、こんなに簡単に同じ日本からの転生者が見つかるとは。

 もしかしたら、探せば他にもいるのかもしれない。だが、どうやって探すというのか。何か前世の記憶を元に功績を立ててくれれば探しようもあるけれど、世間に紛れ込まれてしまってはどうしようもない。

 そう、思っていた。

 まさか、転生者だけでなく転移者まで見つかるとは。しかも転生者のうち一人は強大な魔力を持った将来有望な魔法士である。

 これなら、きっと計画はうまくいく。奇しくも魔法士はあの街の出身だ。

「ちょっとじいさん、聞いてる?」

「いや、全く」

「ったく、これだから年寄りは……」

「未来の老人に言われたくはないね」

「俺が老人になる頃には、じいさんはもうこの世にはいませんー」

 本当に、この皇子は何をしにここに来たのやら。言いたいだけ言ってとっとと帰る背中を見つつ、ネーダロス卿は溜息を吐いた。

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