XII 吊るされた男【THE HANGED MAN】
――XII 吊るされた男【
木の枝がT字に設置され、右足を括りつけられた男が逆さに釣り下がっている。
横になった枝の両端から茂った葉が垂れ下がっている。
男は両腕を背中に回し、左足のひざを九十度に曲げた姿は「4」の字に近い。
顔の周囲には後光がさしていて、表情に苦しさは見て取れない。
<絵柄のイメージ>
刑罰のように見えるが、男には別の意図があるのかもしれない。
<正位置の意味>
我慢・慎重・犠牲などの『忍耐』、努力・修行などの『試練』、英知など
<逆位置の意味>
やせ我慢・骨折り損・無駄などの『徒労』、苦悩・報われないなどの『停滞』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「私が仕事の邪魔ばかりしてくる上司に食らわせたい実刑と似ているポーズね」
「笑ってるのは半額だったたこ焼きが美味いからだよな、姉ちゃん……?」
答えはなく、球体に爪楊枝を刺す。ひとこと冗談と言ってほしかった。
「この人はなんで逆さ釣りなの。罪人っぽくないし、つらそうにも見えない」
男の表情にはどことなく余裕がうかがえる。「4」の字ポーズや、顔から発せられる光のエフェクトも相まって、ちょっと楽しそうにすら見えてしまう。
「大昔にもいたのね、ドMって」
「ヤバい奴って確定させる前に俺の説明を聞いてよ」
まだまだイジれる絵柄だけど目的は勉強だ。男の本質を
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「男が罪人だって説どころか、吊るされている理由が記されていたものはなかった」
「残念。興味あったのに」
「説明として多かったのは北欧神話の神オーディンをモチーフにしている話。世界樹ユグドラシルの枝に9日間ぶら下がって、神秘とされるルーン文字の神髄を得ようとしたんだって」
案の定、姉ちゃんはさっぱり分からない顔をしている。だから「修行」の一言に要約した。神様でも簡単にすべてが手に入るわけじゃないのだ。
「普通の方法じゃ身につかないとしたって、手段が飛び過ぎじゃない? その神様も本当はただ好きで吊り下がってたんじゃないの?」
「オーディンってすごい神様だからさ、変な性癖当てはめるのはやめてくんない?」
ゲームで召喚したら「強いけどドMなんだよな」ってよぎっちゃうだろ。
「自分を追い込むのはシャーマニズム……宗教的思想の一環を示しているらしい。何かを犠牲にすれば、何かを得られるって考え」
言い変えれば等価交換だ。ここにも『隠者』の錬金術師説とつながりを感じる。
でもなるべくなら失わずに得たい。なんて考えは人間特有の傲慢さなのか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そんなわけで男がつらそうじゃないのは、必要があって吊るされているから。普通ならきつい状況も試練と考えて、忍耐を
「あらゆる苦痛がご褒美ってことね」
「そんなことは言ってない」
風評被害で吊るされた男から訴えられるぞ。
「顔の周りの後光は、自己犠牲と思考の果てに普通より高い段階へ移行したことを示している。あとは高位の知識を授かった表現とか」
「たしかにもう普通じゃないわ。彼は一般人の思考じゃ理解できないステージに到達してる」
真面目に説明しても全部
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「設置された木だけど、葉っぱが茂っているから生きている状態と読める。これは男が現在進行形で成長していることを暗示するんだって」
我慢や犠牲の裏で、男の思想や情熱が生きているわけだ。かっこいいじゃないか。
「こんな状況でも興奮し続けているってことでしょ、情熱が燃えてるとか言って」
「もはや受け取り方に悪意しかないだろ……今回の話、ちゃんと聞いてくれた?」
「もちろんよ。逆さになり続けることを男は試練と感じ、新境地を目指している。一方で延滞料金が加算され続け、この店は潤う。まさに忍耐と自己犠牲の精神」
「プレイじゃないから!」
ちゃんと意味を残したままイジるところがひどい。姉ちゃんはドSだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『吊るされた男』のカードまとめ。
正位置で引けば、今は我慢の時。乗り越えれば成果や得るものがある。
逆位置で引けば、スランプ状態の暗示。うまくいかない場合が多い。
どちらにしても耐えるときには違いない。あまり歓迎できないカードだ。
「結果につながる我慢ならいいけど、不調ってだけならしんどいわね……いっそ諦めて居直ったり、まったく違うことに携わる方が事がいいかも。ネガティブ思考に堕ちそうな時こそ、都合の良い肯定的な考えが必要だしね」
根拠がなくても「意味がある」と思うことで辛い時期を乗り越えよう。
吊るされた男が教えてくれるのはそんな生き方だ。
※)タロットの絵柄を確認したい方はこちらをご覧くださいませ。
ブログ「やっぱりたけのこぐらし」:大アルカナの絵柄紹介↓
https://takenokogurashi.com/tarot-arcana-big
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます