Ⅸ 隠者【THE HERMIT】

――Ⅸ 隠者【THE HERMITハーミット】――


中央で右を向き垂直に立つ男性の老人。顔は斜め下に向く。

右手には身長と同じ長さの黄色い棒を持つ。左手はランタンを掲げている。

ランタンの中には六芒星の光が灯る。

足元は岩肌で、背景は灰色。


<絵柄のイメージ>

 暗い夜道に明かりを掲げ、先を照らしている。9は『頂点到達』を示す。


<正位置の意味>

 哲学・研究・知識・経験則などの『探求』、案内・アドバイスなどの『助言』、秘匿・単独など


<逆位置の意味>

 不信・悲観・誤解などの『邪推』、孤独・陰湿・偏屈などの『閉鎖性』など



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「隠者っていうのは、世間との関りを断って山奥でひっそり暮らす人のことだ」


 まずは聞きなれない言葉の説明から入る。


 姉ちゃんの反応は薄く、うまい棒(なっとう味)のサクサクかじる音だけが返ってくる。


「知識が豊富で、年老いても学ぶことをやめない隠居生活者ってイメージかな」


「そんな人いるの? 例えば?」


「ええと…………『アルプスの少女ハイジ』のおじいさんみたいな人とか」


 たしかアルムの山小屋でひっそりと暮らしている設定だったと思う。過去にいろいろあったらしいが、それらを隠して生きているとかいないとか。生活背景は近い気がする。


「隠居生活って夢があるわぁ。現役時代に結構貯めこんだのか、それとも余生を過ごすには十分な退職金をもらったのか……頭がいいなら投資で利益出してそう」


「そういう俗っぽいことに惑わされない人が隠者なんだよ……」


 ある意味、隠者は姉ちゃんと対局の存在かもしれない。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「まずは隠者が立つ場所だな。ここは険しい山の頂上らしい」


「高齢者がこんなところまで来ちゃだめよ。散歩なら家の周りで十分でしょう?」


「日常の運動を描いてるわけじゃないんだよ」


「このおじいちゃん、高齢とは思えないくらい腰が真っすぐね。山登りは健康にいいって解釈ができるわ」


「そんな意味は込められていないから! 山の頂上は『到達』の暗示だよ」


 辺りの暗さはここに来るまで時間がかかったことを表し『終点』の意味も含まれている。


「時間経過は日が落ちるまで登り続けたほか、隠者自身にも当てはまる」


「何年も山登りしていたから、おじいちゃんになっちゃったってこと? 他にやることなかったのかしら」


 かわいそうな目でカードを見ないで。高みを目指すには相応の時間や学びが必要ってことなんだから。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「タロットで左は過去や精神世界を表すって、あんた最初に言ってたわね」


 『愚者』のカードで話したことだ。姉ちゃん覚えていてくれたのか……。


「そう。きっと隠者は過去を振り返っているんだと思う。思い起こせばいろんな人に出会い、様々な経験をした。その積み重ねが今なんだ」


「思えばどうしてこんな山登りを始めてしまったのか、この道で正しかったのか、もっと趣味を満喫したり、合コン行ったりすればよかった……」


「変な後悔させないでくれ! まあでも、そういう感情も含めての振り返りかもな」


 経験や知恵には苦労から得られるものも多い。大学でそんな講義を聞いたな。


「もしかしてこの老人、最初の愚者だったりするの?」


「急に的を射た質問を……調べていたら、同一人物って説はあった」


 しかし別人説もあり、真偽は定かじゃない。

 ただ愚者の構図と似ているため、彷彿とさせる部分は見られる。


 知識人なら魔術師もそうだったが、隠者の知識は実体験に基づくため重みが違う。


 物事を経験した人の方が的確な知識を持っているのは、現実でもよくある実例。愚者はたくさんの経験を経て、人生の頂上にたどり着いたのだ。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「ランタンの光が六芒星なのはどういう意味?」


「光は『導き』を暗示し、六芒星は『真実・真理』を暗示している。隠者は頂上までの道のりを明るく照らし、この後に登ってくる人が迷わないように助けているんだ」


「いいおじいちゃんじゃない。会社の人事部とか教育部にいてほしいわ」


 年下にとってはありがたい、偉大な人物かもしれない。


 ちなみに隠者を別人とする説には、伝説の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスをモデルにしている話もあった。


 ファンタジーでは超有名アイテム、賢者の石を持っていた唯一の人物とも言われている。とにかくテンションの上がる言い伝えしかない。


 伝説級の知識を得るためにかけた時間は膨大だったのだろう。ゆえに年老いてしまったが、ヘルメスの知識は多くの錬金術師の礎となったに違いない。

 まさに導く者、大先生だ。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 『隠者』のカードまとめ。


 正位置で引くと、自分の経験したことを糧に進む。他人のアドバイスは大切に。

 逆位置で引くと、迷いや猜疑心を払うように心がけること。


「悪い意味だと自分も他人も信じられない危険な状態を表す。気をつけないと」


「初めからあんまり信頼しない方がいいんじゃない。ネガティブな意味じゃなくて」


 信頼しすぎると自然に期待してしまい、思った通りにならないときに「裏切られた」と捉えてしまう。だから初めから頼らないか、ほどほどがいい。


 返ってきた答えは、いまいち理解できなかった。


「答えに気がついてから会社の人間関係が楽になったわ。ここ数年の話だけどね」


 悟ったように語る姉ちゃん。俺も歳を取ったらそんな風に思うのだろうか。




※)タロットの絵柄を確認したい方はこちらをご覧くださいませ。

ブログ「やっぱりたけのこぐらし」:大アルカナの絵柄紹介↓

https://takenokogurashi.com/tarot-arcana-big

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