XVI 塔【THE TOWER】

XVI 塔【THE TOWERタワー


高くそびえ立つ塔に落雷が直撃。炎が噴き出し、塔頂に置かれた王冠が吹き飛ぶ。

白雲の浮かぶ暗い空には黄色い火の粉が散る。

塔から二人の男が落下している。二人ともよい身なりをしている。


<絵柄のポイント>

 塔を砕くほどの激しい落雷から逃げるために、飛び降りる二人の権力者


<正位置の意味>

 突発的な崩壊・悲劇・危機的状況などの『災難』、口論・別れなどの『対人損失』


<逆位置の意味>

 緊迫・アクシデントなどの『危険』、転落など



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「先に言うと『塔』は大アルカナの中で最凶最悪のカードなんだ」


「ふーん。『死神』とか『悪魔』に比べたらインパクトは薄いけど」


 姉ちゃんはパックごとレンチンしたあんかけ焼きそばをずるずるとすする。

 伝わらないのは無理もないが、引きたくない絵札ナンバーワンといっても過言じゃない。


「今までは正位置と逆位置、片方がいい意味ならもう片方が悪い意味だったけど、『塔』はどっちが出ても基本的に悪い意味になる」


「なんで誰も得しないカードを入れたの?」


 俺も同じことを思った。しかしウェイトさんも意地悪で入れたわけじゃない。


「人生どうにもならない局面があるってことだよ。きっと」


「それをどうにかしなきゃいけないのが人生じゃない?」


 秒で返された。社会の荒波に揉まれている大人に太刀打ちする言葉を、ゆるいバイトしか経験がない大学生の俺が持っているわけもない。というか俺が『塔』を入れたわけじゃないし。


「タロットが教えるのはあくまで可能性だからさ、お手柔らかに聞いてよ」



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 まずは絵柄の解説から始める。


 雷は神の怒り、吹き飛ぶ王冠は地位とか名誉、権威の象徴だ。

 落下する二人は仕立ての良い服を着て、王冠を被っている。これは権威にしがみつく人間を表す。


「塔の周りに散ってるのは火の粉? 黄色い水滴にも見えるけど」


「俺も燃えた破片に見えるけど、これはヘブライ語の『ヨッド』という文字を表しているらしい。意味は『神』とか『手』とか」


 雷は単なる自然現象ではなく、神が下した一撃とでも言いたいのだろう。


「しずくの形は洗い流すって意味が込められているんだって」


「神様が怒って塔を壊したということね。なんで壊したの? フラれた腹いせ?」


「八つ当たりもいいとこじゃんか……ちゃんと理由があるんだよ」


 俺は資料レジュメにまとめておいた文章を音読する。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 カードの絵柄に描かれているのは「バベルの塔」。


 大昔の人々は一つの地に集まって街を作り、同じ言語を話して生活していた。

 ほどなく人間の象徴として天に届く塔の建設を始める。さらに人が栄えるために。


 ところが神は塔の完成を良く思わなかった。人間は各地に散らばり、その地で繁栄して欲しかったからだ。一か所に集合しようとする人間の考えとは真逆になる。


 神は塔に雷を落とした。

 それはシンボルの破壊とともに、人々を四方に吹き飛ばした。さらに雷は人間の言語を乱す。一致団結するためのコミュニケーションが取れないようにするためだ。


 こうして人々は言葉が通じる者同士で地方へと散らばった。

 世の中に様々な言語が存在するのは、こうした理由があるためと言われている。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「……とまあ、こんな話があるんだ」


 意訳だけど、大筋はこんな感じだ。


「団結して一つのことを成すのは美徳っぽいけど」


 姉ちゃんは話自体は理解してくれたものの、内容が腑に落ちないようだ。

 そこで補足説明。信憑性は低いが、逸話としては興味深い。


「初めは純粋に繁栄と神への尊敬で建設していたんだけれど、次第によこしまな意図が加わり始めたんだ」


「建設会社による工事契約の談合問題とか?」


「現代日本の問題はよく分かんないけど……権威の象徴として利用するとか、天に近づき神と並びたいとか、自分の作品を自慢するためとか」


 いずれにせよ純粋な神への気持ちは薄くなり、私欲が絡むようになった。天に背くものを放っておくはずがない。


「欲望まみれのオブジェクト乱立に腹を立てて、神様がゴロゴロピシャーン……と」


「だから金持ちっぽい奴らが塔からたたき出されているのね。納得」


 姉ちゃんはぺろりと箸の先を舐めた。


「でも事前の注意喚起はしなかったのかしら。大規模な事業なら急にやめろっていうのも無茶じゃない?」


「神様は即制裁が好きだからなあ。神の一撃が雷なのも突発的な出来事の象徴だし」


 破壊力抜群のくせにノータイムで発生し防御もできない。注意の難しい雷もまた、予想だにしない事態を表している。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 『塔』のカードまとめ。


 正位置で引くと、避けられない災難を暗示。

 逆位置で引いても、トラブル発生の予兆。


「どっちが出ても詰んでるわ」


「逆位置の方が多少は意味が穏やかになってるかな。それでも大変だけど」


「『塔』が出た時点で腹をくくるしかないわね」


 心構えだけでも、トラブルに見舞われた際の対処は大きく変わる。

 ビクビクしても仕方ない、ハートを強く持て。そんな覚悟を決めさせるカードだ。




※)タロットの絵柄を確認したい方はこちらをご覧くださいませ。

ブログ「やっぱりたけのこぐらし」:大アルカナの絵柄紹介↓

https://takenokogurashi.com/tarot-arcana-big

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