第16話 ケルト十字法で占おう(実践編 前半)
占う内容は『姉ちゃんが今の仕事を辞めるべきかどうか』
俺は緊張を隠しながら、展開したカードの一枚目をめくった。
【1:相談者の性質(本来どのような性格の人なのか)】
=ペンタクルの2(逆位置)
「最初のカードは姉ちゃんがどういう性質――性格の人なのかを教えてくれる。このカードの場合……状況に対してどっちつかずの立場を取ることが多い、かな」
「当たってると思うわ。自分でいうのもなんだけど」
俺の読み取りに余裕を持って答えてくれる。
もしかして俺が重大に考えすぎているだけで、姉ちゃんは軽い気持ちで相談したのだろうか。
「他にはどんなことが分かるの?」
「そうだな……えっと」
ペンタクルの2には「迷っている最中」という意味のほかに「同時に処理できない」「悪化」「適当」という意味もある。それを踏まえると、
「抱えている用事が多いと対応しきれず、ぜんぶ中途半端になる場合があるのかな。手に余る状態なのかも」
「バランスよく片づけるのは苦手かもね。私もひとつのことだけに集中して当たりたいけど、なかなかそうもいかないのよ」
友達の意見を受け止めきれず悩んでいることも、性質に起因するのかも。
姉ちゃんは仕事ができる人だと思う。単に仕事が多すぎるんだ。だから家に帰ってくる時間も遅くなるし、寝る時間も少なくなっている。姉ちゃんのせいじゃない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【2:相談者の行動(性質を受けてどのように行動する人なのか)】
=戦車(正位置)
「一枚目の上に重ねたカードは、どんな行動をするのかを示す。戦車の正位置ってことは積極的にアプローチして対処、生涯をパワーで乗り越える傾向があるよ」
「問題はスピーディに解決しないと面倒になったりするから。どのみち動かなきゃいけないなら、さっさと事に当たった方があとあと楽でしょ」
姉ちゃんらしい考え方だ。もともと身体を動かすのが好きなタイプで、家にいるより遊びに出かけることが多かった。忙しくないことは海までドライブにも連れて行ってくれた。楽しく車を走らせていたあの頃が懐かしい。
だから自由を縛られている今の状況は、精神的につらいと思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【3:考えの基盤(現在の悩みを生み出した原因や出来事)】
=ワンドのキング(正位置)
小さな十字を作ったカードの下に置いた札をめくる。ここは今の悩みが生まれる原因となった出来事を示す。
ワンドのキングは守りより攻め、情熱的で活力に満ちた人を象徴する。炎の頂点。
「与えられた仕事は、先頭に立ってどんどん片づけるタイプだね」
「それしか解決手段がないからね。仕事も長いから、周りを引っ張っていかなきゃいけないし」
慣れた口調で話すのを見ると、動き過ぎて疲れてしまったようには感じない。ワンドのキングはエネルギッシュだから、行動に関してネガティブな読み取りは合致しない。
これが姉ちゃんに退職を考えさせる要因になったとするなら……ポジティブで行動的な王様……周りを引っ張る……。
「周りとの温度差を感じたり、出来なかったことを自分のせいにしたりする?」
「あー……そうかもね」
俺から視線を外し、誰もいないキッチンを見る。
「私のやり方や教え方が古いのかも、ってのは若い子と接していて感じるかも。上手くいかなかったら指示した私が悪いのは当然よ」
きっとこれだ。
姉ちゃんは自分の熱量が周囲と噛み合っていないことを悩んでいる。きっと姉ちゃんの指示が問題なくても、失敗を自分の責任だと捉えている。自分の思った通りに状況を管理できないことを悔やんでいる。
問題の基盤は周囲との熱量の違い、そして責任感の強さ。
仕事への疲れや不安を増大させている要因だと思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【4:過ぎ去った出来事(悩みに影響を与えた最近の出来事)】
=ソードの10(正位置)
小十字の左側に置かれたカードは、ここ最近で影響を与えた出来事を暗示する。
十本の剣を刺されて倒れる人物の絵柄は分かりやすくネガティブで、俺はがっかりした。もちろん姉ちゃんも意味は分かっている。
「あちゃー、出てほしくないカードが出たわね」
ソードの10が教えるのは敗北、計画の失敗。
「まあ、たしかに最近上手くいかないことが多くってね」
俺が質問する前に、姉ちゃんが観念したように話し始める。
「新人じゃないんだし、失敗したときの
「それ、全部姉ちゃんが悪いの?」
「もっと上手に立ち回ったり、的確な指示を出していればクレームにならなかったんじゃないのかなって思うことばっかりでさ。終わった後で愚痴っても仕方ないけど」
寂しげな笑いが深夜のリビングに響く。
戦車が示した力強さも、火の王が持つエネルギーもない。いま姉ちゃんの性質は消えている。存在の危機だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【5:未来の可能性(対処しなければやってくる未来、このまま進んだ結末)】
=皇帝(正位置)
五枚目――小さな十字の真上に置かれたカードが意味するのは、悩みを放置した場合に訪れる未来。
皇帝の意味は勇ましさ、威厳、リーダーシップ、好戦的など。
良くも悪くも人を先導する。
「なるほど、皇帝になるってことか」
妙に納得したように玉座の支配者を眺める姉ちゃん。
かと思えば、ハッとして身を引く。
「ってごめん、今日の私は聞き役だったわ。あんたの話を聞かないとね」
「いいよ。カードを見る限り……もっと偉い役職に出世すると思う」
無難に答えたつもりだったが「気を使わなくていい」と見透かされる。
言葉を探していたら、時間切れとばかりに姉ちゃんが口を開く。
「独裁的支配者になるってことでしょ。ワンマンで現場を仕切り、自分の思ったように人を使う。そうやって嫌われていくのね」
「姉ちゃんはそんなひどい人じゃないよ!」
「こっちは優しく接しているつもりでも、相手は違うニュアンスで受け取っている場合もある。本心は確認できないから」
「そんな……こと」
あるわけがない。でも俺は職場での姉ちゃんを知らないから、どう言っても説得力がない。
俺の知っている姉ちゃんは優しいし、困っていたらなんだかんだ言いながら手を貸してくれる人だ。職場では嫌われているなんて、考えたくもない。
心が弱っているから、そんな風に思ってしまうだけだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【6:訪れる出来事(近い将来に体験すること、現状からの変化が分かる)】
=ペンタクルのエース(正位置)
「このカードは間もなく訪れる状況を教えてくれる」
結果的な将来ではなく、現状から結果へ続く道のりの中間点を暗示する。
小十字の右側に置かれたカードはペンタクルのエース。意味は経済的な安定や、新しい収入。
「そういえばもうちょっとで給料日だわ」
「そんな近い出来事じゃないよ」
「じゃあこの先任される仕事が増えるってことかしら。役職手当がつくから給料は増えるわね」
「え、これ以上増えるの、仕事?」
俺は愕然とした。ただでさえ残業が多いのに、これ以上仕事が増えたら……本当に倒れてしまうかもしれない。
「お金が増えるのはいいことよ。あんたにもお小遣いあげるね」
「いらないよ」
俺はこれ以上働いてほしくない。姉ちゃんに休んでほしいんだ。
ペンタクルが暗示するのは物質面の充実だけで、精神面は別。お金と引き換えに心を擦り減らすなんて悪魔の取引だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここまで六枚、スプレッドの左半分を読み取った。
「占いの内容だと、仕事を辞めずに会社にいれば出世してお金が増えるってことね。先が暗いよりはいいのかも」
「結論を出すには早いよ。まだカードは四枚残ってる」
こんなところじゃ終われない。姉ちゃんの幸せなんてどこにも暗示されていないんだから。
ここまでのカードも、この後のカードも変えられない。
だから俺が今まで学んだことをすべてつぎ込んで、姉ちゃんを助けるリーディングをしなければ。
※)タロット占いのスプレッドを確認したい方はこちらをご覧くださいませ
ブログ「やっぱりたけのこぐらし」:タロット占いのスプレッド紹介↓
https://takenokogurashi.com/tarot-spread
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