第15話 ケルト十字法で占おう(準備編)

 タロットカードの勉強も今夜が最後。

 俺はこみあげる達成感を抑えながら楽しく学ぶ状況を想像していた。


 でもいま胸の中にあるのは不安。

 心に渦巻いているのは先の見えない結果に対する恐怖だ。


「じゃあよろしくね」


 食卓テーブルを挟んで対面で座るのは俺の姉ちゃん。今日も日づけをまたいでから帰宅、スーツの上着だけ部屋に置いてリビングにいる。食事は外で済ませてきたようで、今日の夜食はない。


 お母さんは単身赴任中のお父さんの家に泊まるため、家に居るのは俺たちだけだ。

 毎晩無意識に抑えていた声も今晩は気兼ねなく話せる。


「今日はどんな占いをするの?」


「『ケルト十字法』っていう展開法スプレッドだよ」


 解決したい問題がはっきりしているときに適した占い方法で、かなりポピュラーな手段らしい。以前行ったスリーカード・オラクル・スプレッドをより厳密にしたようなものだ。


 一説ではライダー・タロットの制作者ウェイト氏が考案したスプレッドとも言われている。


「悩みを掘り下げて解決するのに適していて、気持ちや現状を深く理解できるんだ」


「いいわね。私が占ってほしいことにぴったり」


「……姉ちゃん、仕事を辞めようと考えてるの」


 昨日の夜に告げられた言葉を再確認する。

 人間的とは思えない生活を送っていることは毎日感じていた。


 日が昇ったころに家を出て、帰ってくるのは次の日。そしてまた日が昇ったら家を出る。一日何分寝ているのだろう。

 休みなんてない。あっても月に一、二回。深淵よりも深き超絶ブラック企業だ。


 お母さんは辞めてほしいと言っていた。俺も退職すべきだと思っている。


「仕事はキツいけど、払うものは払う会社だから他よりマシよ。別に私だけがこういう状況ってわけじゃないし……まあ同期は数えるくらいしか残ってないけどね」


 慣れたような口調で笑う。俺は仕事の中身を知らないけど、金がもらえればいいなんて考えられない。今の生活を継続していたら確実に身体を壊す。


「これでも毎年の健康診断は問題ないのよ。お母さんとお父さんが丈夫に育ててくれたおかげかな。でもね……さすがに考えるわけ。このままでいいのかなって」


 組んだ腕をテーブルに乗せ、体重を支える。


「『大人ってそんなもんじゃない』っていう友達もいれば『すぐ辞めた方がいい』とか『上場企業だからもったいない』とか好き勝手言ってくれてさ……なんか頭の中でさばききれなくて」


 同い年は結婚したり、休みの日に趣味を満喫したり、充実した生活を送っているという。みんな仕事以外の時間が当たり前に存在するのだ。


 姉ちゃんにも人間らしい毎日を過ごしてほしい。家族として、弟として切に願う。


「だからさ、あんたに占ってもらおうと思ったわけ。実戦は勉強にもなるし一石二鳥でしょ。結果は真摯に受け入れるから」


 ほら、始めましょう。姉ちゃんは笑顔でマットの上に置かれたタロットカードの山に目を向ける。抑えていた不安が再びこみ上げ、喉が詰まった。


 俺は姉ちゃんが今の会社を辞めるべきだと思う。


 だけど、もしも、現状を望ましいとカードが暗示したら……その結果、姉ちゃんにもしものことがあったらと考えると怖くなる。


 誰かを占うことが、こんなにも責任を感じるなんて思ってもいなかった。


 俺は占いを勉強して三か月程度の素人だ。人の運命を左右する説得力はない。

 けれどカードが語る偶然性には説得力があると知ってしまった。姉ちゃんが人生を決めるための材料になる可能性は充分だ。


 できるとすれば望ましい方向にカードを読み取ること。ライダー・タロットは想像力と占う内容によって無数の解釈をさせてくれる。


 姉ちゃんのためになるような未来を、俺が導くんだ。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「まずはいつも通り場を整えて、カードをシャッフルします」


 俺は自分を落ち着かせるためにも、手順を確認しながら準備する。



【手順① 気持ちを集中させながらカードをシャッフルする】


 山札の上に利き手を乗せ、左へスライドさせて崩す。

 両手で時計回りにカードを混ぜる。充分だと感じたら再び山札にする。


「今日は念入りにシャッフルするのね」


「いつもこのくらいだよ」


 とっさに嘘をついたが、いつもより長くシャッフルしていた。心の水面は波立つばかりで一向に落ち着かなかない。


 何度も深呼吸をしてカードに願う。

 どうか、姉ちゃんに救いを暗示してくれと。



【手順② 上から順番にドローして、定位置に置く】


 今回のスプレッドは特殊な形だ。


 まずカードを一枚置き、その上に横向きのカードを乗せる。

 十字に重なったカードの下、右、上、左側にそれぞれカードを置く。

 六枚置いたカードの右側に四枚、カードを縦に並べる。置くときは下から順にだ。


 計十枚、これで配置は完了。並べた順番にめくってリーディングを行っていく。


 カードの受け持つ意味は並べた順番に以下の通りだ。



1 相談者の性質(本来どのような性格の人なのか)

2 相談者の行動(性質を受けてどのように行動する人なのか)


3 考えの基盤(現在の悩みを生み出した原因や出来事)

4 過ぎ去った出来事(悩みに影響を与えた最近の出来事)

5 未来の可能性(対処しなければやってくる未来、このまま進んだ結末)

6 訪れる出来事(近い将来に体験すること、現状からの変化が分かる)


7 相談者の立場(現在の悩みに対して相談者がどのように関わっているのか)

8 環境(周囲の状態がどのように働きかけるか、影響を与える人物像の暗示)

9 心境(未来に対してどのように考え、影響を与えるか)

10 最終結果(相談の回答、変化した未来の予測)



 伏せたカード十枚の下に悩みの答えが暗示されている。今回は姉ちゃんにも配置の意味は教えていない。俺はジーパンで手のひらをぬぐった。


「じゃあリーディングをしていくね」


 跳ねる心臓の鼓動を感じながら、一枚目のカードをめくる。




※)タロット占いのスプレッドを確認したい方はこちらをご覧くださいませ

ブログ「やっぱりたけのこぐらし」:タロット占いのスプレッド紹介↓

https://takenokogurashi.com/tarot-spread

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