第一章 大アルカナ編
0 愚者【THE FOOL】
―― 0 愚者【
崖の先に立つ青年は左側を向き、空を見上げて手を広げている。足元には白い犬。
帽子をかぶり、右手は棒を肩にかけ、荷物を括りつけている。左手には白いバラ。
背後には青白い波が寄せていて、右上には太陽が輝く。
<絵柄のイメージ>
先行きの明るさを感じる、先へ進む意志。『0』は数字の原点で何にも属さない。
<正位置の意味>
何にも縛られない、無邪気などの『自由』、純粋、情熱などの『様々な若さ』可能性、発想力など『未来への展望』など
<逆位置の意味>
軽率、わがまま、気まぐれなどの『自分勝手』、優柔不断、無責任、逃避など『非社会性』など
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まずは始まりの1枚目を勉強するッッ!」
「カードの横に置いた
姉ちゃんは割り箸で目の前に置かれた紙を指した。
「しっかり覚えるためにゼミの発表方式を取ることにしたから。俺が買った本やネットやらいろいろなソースから調べて、大体どこにでも書いてある情報をまとめたのがこれだ!」
資料の正確さは頼りないが、文献を探して細かく読むとキリがない。だから「一般的によく使われている解釈」を知識習得レベルの基準にした。掘り下げるのはカードの意味を一通り学んでからの方が効率がいいだろうし。
「どーだ、図書室でせっせと作ったんだぜ」
「熱心なこと。ところであんたが受けるべき講義には出席したんでしょうね?」
「………………………………したよ」
俺は水をがぶ飲みして気分を変えた。
「ともかくっ、俺があらかじめ勉強したことを姉ちゃんに教えることでより知識を定着させることが目的だ。そば食いながらでいいから聞いてくれ。聞いてください」
「勝手にしゃべる分には全然いいけど」
「よっしゃじゃあ行くぞ! 占いでは出たカードの意味に従って読み解いていく。占う内容によってカードの解釈も変わるから、柔軟な思考が大切だ」
タロットカードの勉強に限らず、知識は基礎があってこそ応用に発展する。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カードには正しい位置で引いた場合と、逆さの向きで引いた場合――いわゆる『逆位置』の場合で意味が変わってくる。大体は意味が逆になったり消失したりだ。
愚者の基礎的な意味を説明したところで、豚汁を飲んでいた姉ちゃんが質問した。
「どうして0番目が愚か者なの?」
「愚者は『愚かな者』って意味じゃなくて、
道化とはつまりサーカスのピエロみたいなもんだ。周囲を笑わせる存在。
とはいえ描かれた青年は旅人を想像させるいでたちで、ピエロには見えない。
「青年は純粋で社会を知らない無力な存在。若いから経験もないし、主観で考え判断も未熟。でも裏を返せば、常識にとらわれず新しい物事に挑戦していく希望を表す」
『0』は始まりにして、どこにも属さない特殊な数。
縛られない自由な特権を持った唯一の数字。
まっさらな存在は、これから先に広がる無限の可能性を暗示しているのだ。
「まだ世の中を知らないって意味で愚か者、なんじゃないのかなあ」
「なるほどね。カード一枚にそれだけの意味が込められているなんて……深いわ」
姉ちゃんは理系の人間だから、タロット占いなんて正直あんまり興味がないと思っていたけど……どうやら想定よりも話しやすくなりそうだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「この青年はどうして崖の上に立っているの?」
姉ちゃんがカード下部の背景に注目している。青年が立つのは波も打ち上げるほどの断崖絶壁。
高さまでは分からないが、おそらくアクションゲームなら即死で一機減ってしまうような場所だろう。
もしくは枠外に船越英一郎さんがいるのかもしれない。ドラマも佳境である。
「上を向いて足元が見えていない、踏みとどまるか転落するかはこの後の展開による……若者次第でどうにでもなるって可能性を暗示しているんじゃない?」
調べていない部分は想像で補う。それこそがタロットを読み解く基本だ。
「若さゆえの過ちで大胆な行動をする人間も少なくない。注意喚起ってことね」
経験不足ゆえの蛮勇。命を失って「坊やだからさ」と言われないようにしたい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「足元にいる犬には何の意味があるの?」
「じゃれてるっぽく見えるけど……『そっちは崖だワン!』って注意しているようにも見える」
危険に対する警告、虫の知らせならぬ犬の知らせってところか。
絵柄に意味のない書き込みはない。描かれた要素ひとつひとつの意味を捕えることでより具体的な読み取りができる……と書いてあった。
「持ち物や服にも意味があるってこと?」
「えーと、左手の白い花は純粋さ、帽子の赤い装飾は情熱を表していると……この辺は色のイメージだな」
荷物については次のカードにも関係があるので明日に回す。
カード同士のつながりを意識することも、考察に大切な要素だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「他に重要な事柄としては、大アルカナでは珍しく動きを描いているってこと」
他の大アルカナは自分で動いている画がない。自らの意志で動作しているのは愚者と最後の一枚『世界』だけだ。
「それから青年が左を向いているってことかな」
「そんなことにも意味が込められているの?」
「移動はそのまま物事の前進を表しているとして……若者の向きなんだけど、タロットでは左は過去や精神世界を象徴しているらしい」
なんで? と当然のように質問されるが、正直分からない。この辺りは調べた文献で解釈が違ったのだ。
だから俺独自の推察でしゃべる。
「この青年は未来を拒否してる――社会に出ていきたくないんじゃないの? 『あ~これから社会人かあ……ずっと学生でいたいなあ』って
「大昔の若者も就職はしたくなかった……急に親しみがわいてきたかも」
よほど社会に羽ばたきたくないのだろう。もしくは単に働きたくないでござると崖で現実逃避しているとか……やば、愚者って現代学生の象徴じゃん。
この時代の就活状況は知らないけれど、いつの時代も若者の悩みは共通している。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『愚者のカード』まとめ。
正位置で引けば、今のままどんどん進め、自分の考え方を尊重してやってみろ。
逆位置で引けば、一度立ち止まって考え直せ、計画を見直せ。
前進すべきか否か。愚者のカードが教えてくれるのは「人生の歩き方」だ。
「青年の前途は多難ね」
「でも顔は不安そうに見えないんだよな。最終的にはなんくるないさーって新しい世界に飛び込んでいきそう」
自由に我が道を切り開くのが愚者の強みだ。
※)タロットの絵柄を確認したい方はこちらをご覧くださいませ。
ブログ「やっぱりたけのこぐらし」:大アルカナの絵柄紹介↓
https://takenokogurashi.com/tarot-arcana-big
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