第3話 基礎知識を身につけよう

「私たちの良く知るトランプの原型でもあるタロット。由来は道という意味の『Tarター』と、王者という意味の『Rogログ』を合わせた王道タロックであるなど、語源は諸説あります」


 俺は昨日買ってきたタロットカード入門書を読み上げる。一番最初に書かれている【基礎知識】のページだ。


「なんで私に向かって読み上げるわけ?」


 パリリっと海苔の音が深夜のリビングに響く。無造作に置かれた透明フィルムには「チーズおかか」と書かれている。


「声に出した方がより記憶として定着されるんだぜ」


「じゃあ自分の部屋でやんなさい。お母さんが起きてきたらどうするの」


「来ないよー。今までいろんな事したけど、一回も起きてこなかったから」


 姉ちゃんが歯に物が挟まったような顔で俺を見ていた。先に進めってことだな。


「えーと、『タロットカードは大アルカナ22枚、小アルカナ56枚の計78枚で一つのデッキとする』なんかカードゲームみたいだな」


「タロットってそんなに枚数あるのね。アルカナっていうのは?」


秘儀ひぎとか神秘って意味なんだって。『大アルカナはメジャーアルカナとも呼ばれます、タロットカードと言えばこちらが代表的ですね』ふーん」


 この辺は俺の設定には必要ないので飛ばそう。興味のあることから手をつけることで情熱の炎を大きくしていくのが俺の流儀だ。


「『タロットカードには様々な種類があります。代表的なのはマルセイユ版とライダー・ウェイト版の二つです』」


「ライダー・ウェイト版っていうのはあんたが買ってきた種類ね。ふたつのバージョンはどう違うの?」


「えっと……マルセイユ版は最古のモデルを継承して制作されたデッキでシンプルな絵柄。俺が持ってるのはウェイト博士って人が研究して作ったデッキ。全部のカードに絵が描いてあるのが特徴だって」


 他にもアルカナの意味が入れ替わっているカードがあったりするらしい。


「『タロットカードはインスピレーションが大切です。すべてのカードに絵柄があるライダー・ウェイト版は特に想像力が養われます』……おお、作家に重要な能力の向上も見込めるなんて一石二鳥じゃん! こっち選んで正解だったぜ」


「それはいいけど、これから78枚全部の意味を覚えるの? 結構大変よ、これ」


 姉ちゃんは俺の手から取り上げた本をペラペラとめくる。基礎知識のページが終われば、延々とカードの説明が続く。


「覚えれば俺の作品がさらに面白くなる着想が得られるかもしれない。そのためなら努力を惜しまない男なんだぜ、俺は」


「その努力をあんたの将来にも費やしてほしいわ。大学卒業したらニートだけはやめてね」


 また昨日と同じ話か。数時間前にも母さんに言われてうんざりだ。


「姉ちゃんは仕事楽しい?」


「なに、急に」


 食べ終わったおにぎりのゴミをくしゃくしゃに丸める。


「楽しいわけないじゃない」


 知ってた。

 姉ちゃんは夜が明けないうちに家を出て、日が変わってから帰ってくる。


 休みが一週間に一度もないときはしょっちゅうだ。通勤している車の中で寝ることもあるらしい。

 ちゃんと寝てるのか聞いたら「十五分横になった」と言って家を出たときは引いた。姉ちゃんにではなく勤務している職場に。


 コマーシャルとかでよく見る会社だから、ちゃんとしてると思ってたのに。


 そんな社会人と接していて、就職したいなんて思うわけがない。その道に進まないためにも、俺は絶対に在学デビューを決めてやる。


「俺がミリオンラノベ作家になってすげー金持ちになったら、姉ちゃんに最高級のマッサージチェアをプレゼントするから」


 姉ちゃんは鼻で笑って部屋に戻っていった。

 本気なんだけどな……。



 千里の道も一歩から。

 最高の物語を描くためにまずはタロットカード78枚、目指せコンプリート!

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