第14話 ホロスコープ・スプレッドで占おう(実践編 後半)
一か月の各運勢を占うホロスコープ・スプレッド。
続いて俺は九枚目をめくった。
【長期旅行運・学問運:旅行は距離のある場所、勉強は高等教育の範囲】
=カップの4(逆位置)
「うわまた逆さまだよ」
「でもこのカードって逆位置がポジティブな意味じゃなかった? たしか……」
姉ちゃんがコップの水をこくりと飲みながら、数週間前の夜を思い出す。
「マンネリ打破、新たな関係、現状からの変化。ってことは」
「新しいジャンルの勉強に手をつけたり、遠く知らない場所に行くのかな」
今がまさにそうだ。タロットは知識ゼロの状態から始めた勉強。もしかしたら新しく覚えたことが、俺を新しい世界に連れて行ってくれるのかもしれない。
あらゆる意味で新天地開拓を期待したい……いや、するんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【職業運:社会的な仕事に関しての地位を表し、これから向かう先を示す】
=カップの5(逆位置)
「この絵柄、何度見ても悲しい背中ね」
「正位置なら損失や傷心だけど、逆だから復帰や再会、良い知らせなんかの希望を暗示する」
ここに来てポジティブな意味の逆位置が続く。単純に逆さま=運がないとは限らないのがタロットの奥深いところだと実感する。
「社会的仕事か。バイトは順調に続けてるから復帰もなにもないし……まさか時給アップとか!?」
「地位が上がって、新しい仕事を教えてもらう可能性もあるんじゃない」
「えーっ今のままでいいのに。仕事が増えると大変じゃんか」
「現状維持で成長しない人間に時給アップしたくないけどね。私が経営者なら」
姉ちゃんがため息をついて、ひじをついた手にほっぺたを乗せる。
「採用したはいいけど、いつまでも仕事を覚えない新人のままじゃこっちも困るのよ。どんどん仕事を任せて作業を効率化させたいし。成長しない人間は……成長しようとしない人間は、先に進むために置いていくしかない」
面接の段階で見抜けたら苦労しないんだけどねー、と自虐的に感じる笑い。
カップの5に描かれた人物が背負うのは、心地いい場所から動かなければならない寂しさなのか。それとも置いていかれたことに対する悲しさなのか……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【友人運:社会生活で属するグループに関して、活動やもたらされる恩恵を示す】
=戦車(逆位置)
「友人……よくつるんでる大学の友達とか、バイト仲間との仲ってことかな」
「そこに自分勝手、独断暴走、不注意による失敗が暗示されていると」
「大学の友達はみんな自由気ままでそれぞれ勝手だし、バイト中も独断で何かするってないからなあ。可能性があるとすれば業務上のミスくらいだね」
たしかに仕事中に小説のアイデアを練っていることはよくある。バレたことなんて一度もないけど、そういう態度がミスにつながるぞ。そうタロットは教えているのだろう。
「人間関係での不注意といえば伝達ミスかしら。コミュニケーション不足による問題発生って案外多いのよね。きちんと意思疎通をするって心構えを持つだけでも、ミスは減らせるんじゃないかしら」
「なるほど」
さすが社会人。そして人生の先輩。俺の姉ちゃんだ。
説得力のある対策に頷くばかりだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【潜在意識:無意識に感じていることや障害、見えない敵などを教える】
=ペンタクルの9(正位置)
「潜在意識? 運勢じゃないけど」
「表に出ない欲求や願望を暗示する場所なんだと思う。事故が招く災いとか、秘密の力とか、スピリチュアルなことを教えてくれる」
なんとも具体性がなくて捉え方が難しい。ホロスコープ・スプレッドが示す運勢の中でここだけは理解できないまま占っている。姉ちゃんの助けで読み取るしかないと心に決めての実践だ。
「ペンタクルの9が出たけど――どう思う?」
カードの意味は対価と引き換えに願いが叶う、あの手この手で成功を納めるなど。
しかしホロスコープ・スプレッド解釈ができず、素直に姉ちゃんの意見を聞く。
「そうねえ……奇跡的なことが起こって自分の願いが叶ってほしいと思ってる」
「思ってるよ毎日」
あなたの作品を書籍化したい、そんな出版社からのメールが来てほしいなんて日頃から夢見ている。手段なんて選ばない。
きっと小説家志望は全員同じ夢を見ているに違いない。
もしかして暗示は現実に及ぶものではなく、潜在意識の表面化に留まるだけかもしれない。すなわち『こんな風に思っていますよ』というメッセージ。
心の中を知ることで、今後の行動指針を立てる場所なのかもしれない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【総合運:どのようにすれば運気が向上するか教えてくれる】
=ソードの8(逆位置)
「最期に中央のカード。ここは総合的な運勢を示し、運気向上のヒントにもなる。朝の星座占いでいうラッキーアイテムを教えてくれる場所だね……うえぇ」
めくったカードの絵柄が縛られた女性だったので、思わずうめいてしまった。
「逆位置がポジティブな暗示になるカードじゃないの。不安や困難を示すけど、束縛からの解放や、考えの明確化という意味だったはず」
「ってことは……自分が何をしたいか見えてくるってこと?」
「あんたは何をしたいかもう分かり切ってるんだから、目標に向かって突き進みなさいってことよ」
小説家として生きていくために物語を書く。
不安がないわけじゃないし、就職以上に難しいことだって自覚している。親も難色を示しているのは理解している。
それでもやっぱり、俺は文章を書いて暮らしたい。
抱いた夢を現実にするために、迷わず向かえ。
縛られて逆さまの女性は俺にそう教えてくれた。
信じるしかない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あらためてスプレッドを眺めた。
十三枚中、十枚が逆位置という稀な結果だけに偶然を――運命を感じる。
「姉ちゃん、俺がんばるよ」
「ほどほどにね」
「じゃあ今日の勉強はおしまい。明日実践するスプレッドで最後なんだけど、姉ちゃん何か占いたいことある? なんでもいいぜ、俺がびしっと悩みを解決するからさ」
「そうね……じゃあお願いしようかしら」
姉ちゃんはコップを持ち上げ、空っぽの世界を見つめた。
「占ってほしいのは――私が今の仕事をやめるべきかどうか」
※)タロット占いのスプレッドを確認したい方はこちらをご覧くださいませ
ブログ「やっぱりたけのこぐらし」:タロット占いのスプレッド紹介↓
https://takenokogurashi.com/tarot-spread
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