ミッドナイト・タロットーク

Ⅵ 恋人【THE LOVERS】

――Ⅵ　恋人【THE（ザ） LOVERS（ラヴァーズ）】――

カードの中央には太陽を背に両手を広げる天使。赤い髪に赤い翼。

左側では女性が天使を見上げている。背後にはりんごの木が立ち、蛇が巻きつく。

右側では男性が女性を見つめている。背後には紅葉をつける木が立つ。

二人は一糸まとわぬ姿。

＜絵柄のイメージ＞

　天使の存在が地上の人間に光を注ぐ。6は『調和』を示す。

＜正位置の意味＞

　恋人、恋愛、性欲などの『性愛』、パートナー、相思相愛、意気投合などの『絆』、岐路、選択、閃きなどの『決断』、趣味、娯楽など

＜逆位置の意味＞

　目移り、浮気、不道徳などの『誘惑』、失恋、結婚生活の破綻などの『愛の終わり』、邪魔者の出現、人間関係の困難など

　☆　　☆　　☆　　☆　　☆

「独り身に対しての当てつけなの？」

　今夜勉強するカードを見せたとたん、姉ちゃんから興味が失せた。

「こういう差別的なカードもあるんだ。ふぅん……」

「冷めた目で見るなよ。恋人のカードは恋愛以外の人間関係も教えてくれるから」

　姉ちゃんは付き合ってる人がいないんだ。予想はついていたけど。

　弟としては、深夜にケバブをムシャリと噛みちぎる姉に出会いを与えてほしい。

「でも唐突に今までと違う毛色の絵柄になったわね。愚者は一体どうしたの？」

　大アルカナは愚者が描かれた人物や出来事に遭遇する物語と解釈される。

　今までの偉い人シリーズの流れで見ると、このカードはずいぶん身近で抽象的だ。

「こんなのはどうだろう。法王から『恋人を探しなさい』と神のお告げを聞いた」

「余計なお世話を焼く神ね。じゃあプライベートな時間を作るために、サービス残業を強いる日本の全ブラック企業に天罰を下してよ」

　逆手に持ったフォークでぶすりと肉を刺す。ストレス溜まってるな……。

　法王の次が恋人の理由は調べても分からなかった。しかし今までの人物に比べると庶民的な内容には違いない。だからこそより身近な印象を受ける。

　☆　　☆　　☆　　☆　　☆

「今回の構図はシンプルなんだよ。まず裸の男女はアダムとイブ」

　旧約聖書の創世期に登場する最初の人間。聖書を読まなくても知名度は抜群の二人組ユニットだ。

「恋人のシンボルとしては妥当なチョイスかしら。許す」

「何を？」

　誰だったら許さないのだろう……とにかく姉ちゃんの興味が戻ってきてよかった。

　裸は本能や純粋さを表している。つまり二人は打算なんて一切絡まない、ピュアな恋愛をしているのだ。

「アダムはイブをガン見して、イブは天使を見上げる……まさか禁断の三角関係？」

「『彼女が天使に恋をした』……昔のドラマのタイトルみたいだな」

「分かった、倦怠期ね。イブはアダムに飽きたのよ」

　女の勘がピンときたわ、みたいな顔してるな。

「もしくはアダムとなんか合わない、つまらない男だと気づいてしまった。だけどアダムは未だにイブへの愛情が覚めていない……終わったわね、この二人」

「なんで嬉しそうなんだよ、勝手に破局させるな！」

「もしかしたらアダムも服を着てないから見つめてるのかも。真面目に顔見てるようだけど、女はそういう視線に気づいてるからね」

「否定したいけど、たしかに異性に対する性欲は暗示している」

　やっぱりね、とため息をつく姉ちゃん。完全にアダムはそういう（・・・・）男だと誤解されてしまった。

「……頑張れアダム」

　創世記に向けてエールを送る。俺の姉ちゃんがほんとにごめん。

「そうするとイブが天使を見上げて『私の相手はこの男でいいのでしょうか天使様』と相談しているのかも。どう？」

　姉ちゃんの見当違いの解釈は数分続いた。

　☆　　☆　　☆　　☆　　☆

　アダムの評判が地に落ちたところで、ようやく別の部分にスポットが当たる。

「この二人がいるってことは、ここはエデンの園ってこと？」

「その通り。イブの後ろには禁断の知恵の実——リンゴの木もあるし、もぎ取って食べろとそそのかしたヘビも巻きついている」

　食べちゃダメだよと神様に言いつけられていたリンゴを食べ、二人は楽園を追放される。この辺りは有名なお話だろう。

「ここが『誘惑』や『選択の失敗』を暗示する部分だろうな」

　邪魔者の登場もヘビの話から読み取れる。

　選択を誤った二人はこれからつらい日々を送る。ミスチョイスの末路だ。

　☆　　☆　　☆　　☆　　☆

「天使はどういう意味があるの？」

「人間関係の調和とか感情のバランス、そんなところだと思う」

　この天使はラファエル説とミカエル説があるらしい。明確なところはなかったが、俺はミカエル説を支持したい。

　ミカエルは火を属性とする大天使。赤い髪や翼はその象徴と読み取れるからだ。

　ただどちらにしても解釈に支障はない。

　ちなみに太陽は生命や活力を示す。こちらはイメージそのままの意味だ。

　☆　　☆　　☆　　☆　　☆

　『恋人のカード』まとめ。

　正位置で引けば、恋愛に進展あり。趣味や娯楽をわいわい楽しめる。

　逆位置で引けば、恋愛不調、妨害者の出現や選択ミス、信じる心に迷いが生じる。

「人間関係自体を表すとはいえ、やっぱり恋愛を意味するところは大きいな。そのぶん読みやすいカードだ」

「逆位置の選択ミスはどの時点で気がつくかがポイントね」

　その人との縁（えん）が自分にとって正解か不正解かなんて、あった瞬間に分かるものではない。

　相性の見極めを手引きしてくれるカードが恋人なのだろう。

※）タロットの絵柄を確認したい方はこちらをご覧くださいませ

ブログ「やっぱりたけのこぐらし」：大アルカナの絵柄紹介↓

https://takenokogurashi.com/tarot-arcana-big