終章 旅の終わりに
最終話 旅の終わりに
「ただいまー。あんた電気もつけないで何やってるの?」
帰宅した姉ちゃんが明かりをつけると、俺の世界に光が戻る。
「いい感じに集中してたんだよ。居間のテーブルってなんか捗るんだよね。でも夜ご飯だから中断するか」
俺はノートパソコンの電源を落としてソファに移り、考え事を再開。
「お母さんは?」
「ジンたれ買ってくるの忘れてセイコマ行った」
「連絡くれたら寄ったのに」
実はケーキ屋に行く目的もあるので姉ちゃんには頼めない。俺の役割りは姉ちゃんの足止めだ。
「で、あんたは何してるの?」
「小説のネタ決め」
隣に座った姉ちゃんに、扇子のように広げた二十二枚の大アルカナを見せる。
「物語の後半でヒロインの能力が覚醒したとき、どの
「全然わかんないけど、これでいいんじゃない?」
「ダメダメ、愚者は主人公なの。“逆子の愚者”として忌み嫌われた生い立ちを乗り越えて、自由と可能性を手に入れる物語なんだから。やっぱりヒロインには世界がいいな。巡り巡って、主人公の隣にいるって設定が作れるし」
世界に到達したら、また次の世界へ。
思いついたアイディアを忘れないうちにメモして、カードを山にまとめる。一番上にいるのは崖の先で両手を広げる若者。
「あんたの占い、やっぱり当たってたと思う。辞めなくてよかったわ」
「偶然だよ」
最後の占いをした数週間後。姉ちゃんに異動命令が出た。
店舗勤務から本社勤務となり、今月から土・日・祝日は完全休み。さらに労働時間も変わって、日をまたいで帰ってくることはなくなった。
本当に同じ会社の話かと首をかしげるしかない。会社の中にも天国と地獄がある。
「占いを信じた結果よ。もしあのとき私に辞めろってカードが出てたら、次の日退職願出そうと思ってたから」
「……マジで?」
「決断するなら早い方がいいから」
さすが戦車と
長女の労働環境が正常に戻ったことを知るとお母さんは泣いて喜び、早く帰宅する日に合わせて記念の夕食会を開く運びとなった。すでに冷蔵庫には大量の肉と野菜が待っている。お父さんも帰ってくるので、久々の家族団らん夜ご飯だ。
「これもあんたがタロットを勉強してくれたおかげね。弟に感謝だわ」
「俺だって、姉ちゃんがつき合ってくれなかったら最後までやり通せたか分からないよ。ありがとう」
立てた目標をしっかりクリアしたのって何時ぶりだろう。大学合格以来か?
「やればできるのよ。その調子で小説も頑張れ」
「……うん。姉ちゃんはどうして俺のこと応援してくれるの?」
実は不思議だった。正直なところ、就職しろと言ってくる両親の方が普通だ。
でも親以上に現実的な思考を持つ姉ちゃんは、俺の夢を否定したことがない。
どうしてだろう。
「そんなの就職と幸福は無関係だからよ。就職した私が幸せで安定していたように見えた?」
そんなものは影も形もない。
「お金は手に入るし、就職すれば世間的な体裁は守れるけど……楽しいと感じているのは日本の社会人の何割かしら。その辺はみんな諦めてるんだと思う」
腕時計を外して手首を回しながら話を続ける。
別に正社員じゃなくても生活費は稼げるし、目標が定まってるならそっちに進む方が人生はキラキラする――そんなことを教えてくれた。
姉ちゃんには役者を目指している友達がいるらしい。暮らしは裕福じゃなさそうだが、毎日楽しそうでうらやましいと語る。
「あんたも充実した人生を送りなさい。そのために勉強したタロットでしょ」
「来年の電撃大賞は絶対獲るよ。それで華々しくデビューするんだ!」
俺は室内灯に向かって腕を伸ばした。希望の光が両手に収まる。
想像している何倍も大変な道だと思う。愚かな選択と笑われるかもしれない。
だけど努力の先に望んだ未来を掴めるとしたら、誰に何を言われても可能性の向こう側へ進みたい。
「そういえば自分の目標については占ったの?」
自分のことを占ったのはホロスコープ・スプレッドまで。あれから絵柄を眺めることしかしていない。
「せっかくなんだから占いなって。ワンカード・オラクル、適当にシャッフルして一枚引きなよ」
促されて、俺はテーブルの上でカードを混ぜた。
「もし変なのドローしちゃったらどうすんだよ」
「大丈夫だって! 誰に何を言われても、最後に選ぶのは自分なんだから」
催促されて二十二枚のカードから一枚を手に取り、表に返す。
そこに描かれていたのは――
<終>
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