第二章:はじめての冒険

第七節:大鬼と冒険者


 獣道を踏み荒らして、大柄な影が行く。

 日はまだ高いが、鬱蒼と茂る森は光を阻み薄暗い。

 進む影の数は四つ。

 人が通るには適さない森の道も、力任せに切り開いていく。

 彼らは人間ではなかった。先ず体格は、成人男性の平均と比較して頭二つ分以上は大きい。

 浅黒い肌には大小無数の傷があり、過酷な環境で生きて来た事を示している。

 手足も太く、其処から発揮される膂力はどれ程のものか。

 ゴツゴツとした醜い顔は、口元から突き出した牙により更に歪んで見える。

 岩のような身体を、薄汚れた皮に鋲を打ち込んだ鎧で覆い、その上からは動物の毛皮を羽織っている。

 装飾品として各所にぶら下げられた骨は、動物以外に明らかに人の頭蓋骨も混ざっていた。

 大鬼オークだ。

 戦う事しか知らず、奪う事でのみ自らの生を繋ぐ《混沌の仔ら》の主要種族の一つ。

 手には各々、錆びた斧や棘を巻いた棍棒などを持ち、腰には幾つかの投擲用の石もぶら下げていた。

 

 『いたか』

 『まだだ。此方は空振りかもしれん』

 

 大鬼達は、自らの種族言語オーク語を用いて囁くように言葉を交わす。

 四人の大鬼は、互いが互いをカバーできるよう、位置を微妙に調整しながら歩を進める。

 真昼の森は穏やかなもので、響くのは蟲の音と小鳥の囀りぐらいだ。

 

 『……しかし、本当にいるのか?』

 『そんな事は俺には分からん。上の連中に聞いてくれ』

 『何組か、略奪に向かった部隊が戻ってきてないのは事実だ』

 

 サクリ、ガサリと。空気が静かな分、草を踏む音は妙に耳につく。

 雑談をしながらも、大鬼らの視線は周囲を油断なく見渡す。

 

 『この辺りの領主は臆病者だ。自分の足元を固めるばかりで、それ以外を守る気概はない』

 『なら冒険者連中か? 俺達の首には賞金が懸かっている』

 『ありそうな話だ。それならそれで、切り刻んで後悔させてやればいい』

 

 笑う。大鬼らは、死の臭いを漂わせながら笑う。

 仲間の死を悼む感情はない。

 彼らにとって死とは、単なる通過儀礼だ。

 如何に戦い、如何に死ぬのか。それがより凄惨で、より勇猛であるほど良い。

 出来る限り多くの魂をその手で捧げる事が出来たなら、死後にその価値を認めて貰える。

 「混沌の神々」の一柱、戦争と破壊を司る蛮神ウォロクの仔である大鬼にとって、それが人生の全てだ。

 その上彼らは、胸元に黒い薔薇の紋章を掲げている。

 その紋章が意味するところは、この地に生きる者なら例外なく知るところだ。

 ――即ち、この薔薇の歩み先にある、全ての死。

 

 『……待て』

 『どうした』

 『一人、いつ居なくなった』

 

 ザワリと、木々の葉が大きく鳴った。

 四人いたが、今は三人になってしまった大鬼。

 彼ら目掛けて、森の隙間から大きな影が飛び出して来た。

 蜥蜴人だ。青い鱗は薄暗い木々と同化し、赤い瞳だけが不気味に輝いている。

 

 『敵襲ッ!!』

 「イアっ!」

 

 大鬼の叫びを押し流すように、蜥蜴人の戦士――ガルもまた、戦の声ウォークライを発した。

 肝の小さい相手なら、それだけで震えてスタンしまうが、大鬼は怯まない。

 勇猛果敢なる蛮神の仔、戦う為に生まれて、戦って死ぬ事だけを義務付けられた狂戦士の種族。

 その戦意は見事なりと、言葉には出さぬ賞賛を込めて、手にした大金棒を振り下ろす。

 速度と体重が乗った渾身の一撃。

 空気の破裂を伴って、大鬼の巨体をブチ殴る。

 

 『ぐおぉぉおっ……!?』

 

 手にした斧で防いだにも関わらず、その威力は破壊的極まりない。

 受けた武器の柄は折られ、浸透してきた衝撃が肉を貫いて骨を砕く。

 しかし痛みぐらいで鈍るようであれば、大鬼は狂戦士の種族とは呼ばれない。

 

 『父なるウォロクよ、照覧あれ!!』

 

 折れて短くなった柄を掴み、力任せに斧を振り回して反撃を試みる。

 捨て身の一撃を放った直後のガルに、これを防ぐ手立てはない。

 錆びた無骨な刃は蜥蜴人の鱗を叩くと、切れ味ではなくその勢いによって切り裂いた。

 硬い。まるで鍛えられた鋼の如し。

 それでも傷を付けられるならば、倒せぬ相手ではない。

 大鬼の戦士は猛るように笑った。

 

 『良き敵だ! 言葉が通じぬ事を残念に思うぞ!』

 「言っている意味は分からんが、言いたい事は理解できるぞ」

 

 互いに通じぬ言葉を交わす間も、鋼の応酬は止まらない。

 大鬼が斧の刃で二度打てば、蜥蜴人の金棒が大きく一度打ち据える。

 鮮血が散り、肉と骨が拉げる音が鳴り響く。

 ――部隊の長たる上級戦士ハイウォーリアが死地に立つ中、残る二人も動いてはいた。

 むしろ、上級戦士が金棒の奇襲を受けた瞬間には、戦士たる彼らも戦闘態勢に入ってはいたのだ。

 けれどその動きを阻む、もう一つの小柄な影。

 金色の瞳に射抜かれて、先ず片方が凍り付くように停止した。

 

 『何……!?』

 

 それに戸惑うもう1人の大鬼に、外套を翻して黒い刃が襲い掛かった。

 呪いの魔剣士、クロエである。既に魔剣《宵闇の王》は力を発し、「帳」も下りている。

 倍にも加速した剣速は、捉えられぬ素早さで大鬼の身体を切り裂く。

 

 「悪いけど、直ぐに死んで貰うわ」

 『小娘が!!』

 

 叫ぶ。大鬼の戦士は棍棒を叩きつけるが、それは「帳」に容易く阻まれた。

 問題ない。対価は既に補充済みで、剣の魔力は十二分だ。

 奔る。黒い刃は嵐のように、大鬼を更に攻め刻む。

 呪いに封じられた大鬼の戦士も足掻いてはいるが、その抵抗力では呪いを振り解くには足りない。

 集中維持が限界を迎え、自然解除に至るまでは凡そ一分。

 決して長い時間ではないが、それと比しても魔剣士に挑む戦士の寿命は更に短かった。

 

 『ガッ……!?』

 「……さようなら」

 

 黒い剣の切っ先は、あっさりと大鬼の胸板を刺し貫いた。

 戦いと呼ぶには余りにも一方的に、容易く決着の幕は落とされる。

 《宵闇の王》の刃は、殺した大鬼の魂を無慈悲に貪り喰った。

 

 「ふ……ガル、そちらは」

 「問題ない」

 

 ズズンッ……と、低い音を立てて。

 頭蓋を砕かれた大鬼の上級戦士の巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 鱗の青を敵と己の血で赤に染めたまま、ガルは悠然とその場に立っていた。

 無事、とは言えないが、それでもまだ(ガルにとっては)軽傷の部類だろう。

 その姿に、自覚はないままクロエは安堵した。

 

 「はーい、こっちも終わったよっと」

 

 小人の青年、ビッケの声。

 それが響いたのは、呪いで縛られていた大鬼の方で。

 クロエとガルは、ほぼ同時に視線を向ける。

 先ほどまでは呪いに抗っていた大鬼が、今はその瞳からも光が失せていた。

 胸に刻まれた小さな傷から、血が赤い筋のように流れる。

 

 「やー、動けない相手は楽だね。やっぱり。刺す場所しくじりようがないもん」

 

 そう笑いながら、ビッケは大鬼の足元で、自らの得物レイピアの血を拭った。

 分厚い大鬼の筋肉や骨格を避けて、心臓だけを一突き。

 如何に動かないまとでも、その手並みが鮮やかである事に変わりはない。

 

 「私とガルが一で、貴方が二。今回も貴方が一番手柄ね、ビッケ」

 「いやいや、最初の一匹は姐さんカウントで良いでしょ。 《沈黙サイレンス》ありきだったし」

 「こういう環境音が少ない場所だと、ちょっと無音の空間拡げても怪しまれないから楽だねぇ」

 

 応じるのは、一人だけ近くの茂みに潜んでいたルージュだった。

 草むらから這い出る音は、奇跡によって打ち消されてカサリとも響かない。

 相変わらず水袋に入れた果実酒ワインを口にしながら、愉快そうに笑ってみせた。

 

 「ビッケが索敵をして、相手の位置を先に把握して進路を予測。

  其処にルージュが《沈黙》の奇跡で無音空間を設置し、全員で其処に潜む。

  相手が近くまで来たら、後は一気に不意を打つ――うむ、役割分担だな」

 

 正面から戦ったならば、もう少し苦戦をしていたところだろう。

 大鬼の小隊をあっさり壊滅させたという戦果に、ガルは満足げに頷いた。

 その横で、同意するようにクロエも頷く。

 

 「……この四人相手だけでも、私一人なら仕留めきれなかったでしょう。本当に、助かるわ」

 「これで三つ目、四つ目だっけ? 今のところ取りこぼしもなしだ」

 「生きて帰った者がいなければ、相手は此方の情報を得られない。道理だな」

 「ま、この調子で削れるだけ削りましょうかねぇ」

 

 何だかよく分からない集まりの四人は、それぞれ軽い調子で言葉を交わす。

 それからビッケが一人離れると、倒れている大鬼らの屍をガサゴソと漁り始めた。

 

 「なんか良いモン持ってるかい? ビッケ」

 「いつも『もしかしたら』と期待しちゃいるけど、コイツらやっぱ小銭も持ってねーでやんの!」

 「金を使うより殴って奪った方が早い、という考えであろうしな」

 

 分かる、とでも言いたげな蛮族がいるが、クロエは余り気にしない事にした。

 一つ引っかかるとそのまま無限に引っかかり始めるので、大事なのは慣れと諦めだ。

 

 「……とりあえず、首は持ち帰るんでしょう?」

 「あ、そうだね。一つに付き金貨十枚って領主様マジ太っ腹!」

 「ま、連中は黒薔薇の紋章持ちだからねぇ。ほっときゃこの辺りは荒らされ放題だ」

 

 見る。既に何匹かの大鬼を仕留めたが、彼らは一様に胸元に黒い薔薇の紋章を刻んでいる。

 黒い薔薇。触れる者を傷つけ、進む先に死をもたらす暗黒の華。

 クロエはそれを覚えていた。それだけは、明確に、はっきりと覚えていた。

 燃える炎。黒い薔薇の紋章。自分はただ一人、其処に……。

 

 「クロエ」

 「……ごめんなさい、大丈夫」

 「そうか。辛ければ言え、抱えて行くぐらいは苦ではない」

 「……厚意は嬉しいけど、やめて頂戴」

 「む、そうか」

 

 武器の扱いに比べて、女性の扱いの何たる複雑怪奇な事か。

 何処か難しい様子で頷くガルに、クロエは少しだけ微笑んだ。

 

 「ちょいとちょいと、クロエちゃんや。アニキとイチャつくのは良いけど手伝っておくれ。

  流石にオレの細剣じゃあ、コイツらのぶっとい首切るのは辛いんです」

 「別にイチャついてはないから。それと、首を切るのは此方でやるから」

 

 ビッケの軽口に、少し恥じらいの混ざった軽口で応じる。

 少し朱の差した頬を誤魔化そうと、クロエは黒い剣を振り上げた。

 

 

 

     *   *   *

 

 

 

 「……私の目的は、私の過去を奪った《帝国エンパイア》への報復」

 

 ガルと二人、傷の治療を終えた後。

 酒場のテーブルを囲いながら、クロエはポツリとその名を口にした。

 《帝国》。この大陸には幾つかの国家があるが、そう呼ばれる国は一つだけ。

 黒い薔薇の紋章を掲げる、「魔王」の一柱。

 遠い神話の時代、神々が「剣」を我が物にしようと奪い合った戦の折。

 無数の魔剣を砕いて己の力に変えて、最終的にその強大な魔力で神々に反旗を翻した生ける災厄。

 それこそが七柱の魔剣の王、「魔王」と呼ばれる者達。

 始原と混沌、両方の神々に挑み、彼らが物質世界に留まれなくなる原因となった。

 一方、魔王の方も無事では済まず、力を大きく減じた者や神々同様に物質世界から放逐された者もいた。

 そんな中、その「魔王」は今も物質世界で活動を続ける、数少ない例外。

 魔王《狂気の薔薇帝》。

 黒い薔薇を己の象徴とし、幾つもの国と無数の《混沌の仔ら》を己の配下とする女帝。

 未だ地上から消え去っていない神話の残滓。

 大陸諸国に侵略の手を広げ続ける恐るべき国の名に、クロエ以外の三人は先ず沈黙で答えた。

 構わず、クロエは言葉を続ける。

 

 「詳しい事は、何も覚えていないの。 ハッキリしているのは、あの日見た旗の紋章」

 

 其処は、何処かの集落だったのだろうか。

 全てが炎に包まれ燃える中に、クロエだけが生きている命だった。

 無数に横たわる屍は、焼けて死んだのか、それとも手にした剣の対価になったのか。

 炎の赤に煌々と照らされる夜に、翻っていたのは一つの旗。

 闇夜だろうとハッキリと浮かび上がる薔薇の紋章を見た時、理由のない激情が胸を焼いたのだ。

 分かった。何もない、手にした魔剣以外は何もない少女だが、それだけは分かった。

 奪ったのだ、奪われたのだ。あの黒い薔薇を掲げる何者かが。

 追いかけようとした。直ぐにでも、奪われた何かを取り返そうと叫んだ。

 けれど叶わなかった。

 身体は満足に動かず、炎が燻る瓦礫に突っ込んでしまった。

 ………気が付けば朝となり、真っ黒に煤けた廃墟の群れに一人だけ。

 魔剣――《宵闇の王》の「帳」によって、クロエだけが無傷で生き残った。

 

 「それからは、自分で《帝国》に関する情報を集めながらの、放浪の旅だったわ」

 

 困難は多くあった。むしろ困難の連続であった。

 右も左も分からぬ小娘では、ただ生き続けるだけでも過酷な世界だ。

 頼れるものは黒い魔剣一つきり。

 その魔剣も、世間では恐れ忌避されるものだと、多くの痛みを経験にようやく学んだ。

 決して長くはない旅路にあった、幾つかの出会いと別れについては、クロエは語らなかった。

 それもまた胸に刻まれた痛みであり、食事の場で吐き出すには少し重い。

 

 「奪われたものを、取り返したい。 私は何故、あの炎に残されたのか、理由が知りたい」

 

 淡々と、出来る限り感情を交えずにクロエは言う。

 

 「だから私は、《帝国》の息が掛かった者達を攻撃している。

  報復と、もしかしたら何かを知っている者がいるかもしれないから」

 「……成る程、厳しい戦をしてきたようだな」

 

 話の区切りと見て、最初に反応を示したのはガルだった。

 一つ頷き、地妖精ドワーフ作りの火酒をぐびりと呷る。

 

 「ええ、もう次に狙う場所だって決めてあるの」

 「ほう、それは?」

 「……大鬼の大部隊が拠点としている、灰の道グレイロードの要塞よ」

 「灰の道っていうと、こっから三日ぐらい歩いた先の街道かぁ。

  そういえばあの辺り、大鬼が街道で人を襲ったり、近くの街や集落で略奪してるって噂だったね」

 「ふーん、《帝国》の前線拠点の一つってところかい?」

 「……ええ、そうよ。詳しい規模までは分からないけど、かなりの数の大鬼がいるはず」

 

 だから、これ以上自分には関わらない方が良い。

 《帝国》に喧嘩を売るというだけでも厄介なのに、向かう先は大きな拠点の一つだ。

 侵略国家の軍事施設を襲おうなど、命知らずの冒険者だってそうはやるまい。

 何故だかズルズルと、不可解な集まりに同行する流れになりつつあったが、やはりそれは良くない。

 自分には譲れぬ目的があるし、それに彼らを巻き込む理由がない。

 そう考え、敢えて無謀極まる自分の考えを明かしたのだが。

 

 「それで、具体的な計画プランとかは?」

 「……え?」

 「だからー、大鬼の要塞を落とすんだったら、何か計画立ててるんだよね?」

 

 はーいと手を上げながら、ビッケがそんな事を聞いてきた。

 正直、そんなところを突っ込まれるとは思っていなかったクロエは、少し考えて。

 

 「……何処かしらから中に侵入して、要塞の主の首を落とす?」

 「予想以上に凄い脳筋回答が返ってきたぞぅ」

 「うむ、要塞に一人侵入して大将首を狙うという気概は買うが、流石に蛮勇が過ぎるのではないかな」

 

 まさか頭蛮族な蜥蜴男に、「無謀過ぎでは?」と正論で叩き斬られてしまった。

 いや確かに、自分でも少し考え無しかとも思ったが、一人で出来る策の類なんてたかが知れている。

 下手な事をするよりも、魔剣パワーでゴリ押しが逆に正攻法ではないかと、そうクロエは考えていたのだ。

 

 「いやいや、あの《帝国》の前線拠点の一つっしょ?

  どんだけ数がいるかも分かんないし、絶対に《魔剣持ち》も詰めてるでしょ、ソレ」

 「まぁ流石にそんな場所に単騎駆けとか、酒でも飲んで落ち着いた方が良いんじゃないかねぇ」

 「姐さん、姐さん。酔っ払って更に思考能力落としてどうすんのさ」

 

 そもそも思考する気があまりない不良司祭は、その言葉にケラケラと笑うのみ。

 一方、クロエの方は自分の底の浅さを恥じるように、頬を赤く染めながら身動ぎして。

 

 「……どうせ、何も考えてなかったわよ。 そうよ、一人で全部何とかしなくちゃって。

  それだけで頭がいっぱいで、他の事は何にも考えてませんでした。もう」

 「まぁまぁ、そう拗ねるな」

 

 言い訳を独り言として垂れ流すクロエの頭を、ガルの無骨な手が軽く撫でた。

 それから、太い指先で自分の顎下をゴリッと掻くと。

 

 「一人で考えては足らぬなら、他に知恵を借りれば良いだろう。さて、どう考える?」

 「先ずは情報、次も情報。こっちはまだ「大鬼どもの要塞」以上の事を知らないんだからさ」

 「道理だな。敵を知る事は、戦う上では第一だ」

 

 手を軽く上げて意見を述べるビッケに、ガルは大きく頷いた。

 

 「それも大事だろうけど、まぁ一番の問題はやっぱ数じゃないかねぇ。

  こっちがそれなりに手練れが揃ってるっても、数の上ではたかだか四人さ」

 「んだねー。まぁ数がいると言っても、全員が拠点の中でおしくら饅頭してるわけでもなし。

  略奪とかしてるって話がホントなら、『削る』のはそんな難しくはないと思ってる」

 「少し骨は折れるが、その手が一番確実か」

 「…………」

 

 ふと気が付くと、何やら作戦会議が始まっているような気がした。

 いや、ようなではない。

 何故か完全に、この場の四人で大鬼の要塞を落とす流れになってしまっている。

 彼らを自分の事情から離すつもりの話だったのが、これではまったく逆だ。

 

 「ねぇ、貴方達……」

 「おっと、こっちも別に善意だけってわけじゃあないぜ?」

 

 制止の言葉を遮ったのはビッケだ。

 

 「さっきも言ったけど、大鬼連中が灰色の道を中心に被害を出してる噂は耳にしてた。

  で、其処には『その地を治める領主様が、近隣を荒らす大鬼の首に賞金を懸けた』って話も含まれてる」

 「一つに付き金貨何枚とか、そんな話だっけ? 小遣い稼ぎとしちゃ上等過ぎるぐらいだねぇ」

 「そそ。何体いるかも分かんないし、流石に首を全部取って並べるわけにはいかないだろうけど」

 「……つまりこれは、貴方達にもメリットがある話、だと?」

 「そーゆーこと。魔剣持ちっていうデカい戦力もご一緒出来るなら、それこそメリットばっかでしょ」

 

 彼らは何だかよく分からない集まりだが、一応冒険者の類ではある。

 冒険者とは物語に語られるような、無私の英雄ヒーローでは決してない。

 探索の技や戦いの技法、神秘の奥義で生きる糧を得ている以上、利益無しで軽々しくは動かない。

 逆に言えば、動くに十分なメリットがあるなら、多少の危険だろうが構う事はない。

 危険を冒すからこその「冒険者」なのだから。

 

 「後はその大鬼の要塞に、どれだけ宝が貯め込まれてるかだねぇ」

 「そりゃもう、金品だけでも結構な量になるでしょ。何か良いお宝があるといいなぁ」

 「もしや今度こそ、あたしが求めて止まない若返りの水薬ポーションが……?」

 「姐さん、姐さん。夢見すぎると後が辛いっつーか、まだそんな歳でもないっしょ」

 「女は三十過ぎたら別世界なんだよ……!」

 「一体何の話をしてるのかしら……」

 

 盛大に脱線して跳ね回る話の筋に、クロエは呆れ顔で言った。

 まだ一日も経っていないのに、この空気に馴染みつつある自分が恐ろしい。

 同じように、一歩離れて馬鹿話に耳を傾けていたガル。

 またぐびりと、手にした火酒を飲み干して。

 

 「俺は、例え対価がなくともそれがお前の戦いであるなら、付き合うつもりだったがな」

 「……そう」

 「ビッケやルージュも付き合ってくれるのなら、実に心強いが」

 「……本気で、私と《帝国》の支配下にある要塞を攻撃するつもり?」

 「寡兵で大鬼の要塞を攻め落とす、これほどの武勲はそう恵まれんだろう」

 

 何より。

 

 「惚れた女の為に戦うのだ。これほどの名誉があれば、他の見返りは多くは求めん」

 「……また、そんなことを言って」

 「命を懸け、勇ましく戦うのを見せれば、或いはそちらが惚れてくれるやもしれんと。

  そういう下心も無いでは無いぞ」

 「…………馬鹿」

 

 喉元まで出かけた、多くの言葉の内。

 口に出来たのは、短いその一言だけだった。

 何だか頬が微かににやけている気もするが、多分気のせいだろう。

 ただ自分の力になることを躊躇いなく選んでくれる事が、堪らなく嬉しいなんて。

 

 「やー、あの二人またもや何かイチャついてません? 二人の世界だー」

 「若さかねぇ……でもさ、クロエ? 肌が水を綺麗に弾く時期は、案外短いもんだからね……?」

 「本当に何の話をしているの……?」

 「そこまで気になるなら、先ずは酒量を減らすべきではないか?」

 

 訝しむ蛮族に正論でぶった切られて、酔っ払いは悲しそうに酒を啜った。

 とりあえずどう声を掛けても面倒そうだったので、クロエもそれ以上は触れずにおく。

 

 「まー何にせよ、アニキは婚活成功の為、オレらはお金稼ぎの為」

 「……私は、私の目的の為に」

 「目的はそれぞれ違うけど、利害はぶつからないしメリットもある」

 

 であればもう、悩む必要はないだろう。

 頷くビッケは、軽くガルの腕を軽く叩いて。

 

 「改めてって事で――そら、アニキ」

 「む」

 

 促され、ガルは一瞬驚きの気配を見せたが、直ぐに小さい友の意図を理解した。

 椅子の位置を少し直して、正面から向き合う。

 その視線の先にいるのは当然、黒い魔剣の少女クロエ。

 

 「クロエ」

 「……何?」

 「今一時、我らの仲間として共に歩んで欲しい」

 「……冒険者の仲間として、って事?」

 「あぁ、今はまだそれだけで構わない。共にあることだけでも、俺には無上の喜びだ」

 「大袈裟過ぎよ、もう」

 

 冒険者としての、仲間としての勧誘。

 何だか良く分からない三人の集まりが、これで四人になるわけだ。

 それがどうにも可笑しくて、クロエは小さく笑った。

 それは小鳥の囁きのように、とても微かなものだったけれど。

 本当に久しぶりに、クロエは声を出して笑っていた。

 

 「……こちらこそ、お願いするわ」

 「では」

 「ええ。 私を、貴方達の仲間にして欲しい」

 「誘ったのは此方だ。勿論、否はない」

 「やぁめでたい。これも全て、アニキの地道な婚活の成果だね!」

 「んじゃお祝いだね。話も一段落したんなら、そろそろ腹に溜まる飯でも注文しようか」

 

 いつの間にか復活したルージュも加わり、いよいよ四人組の卓は賑やかになる。

 騒々しくも愉快な、彼ら四人の最初の夜は過ぎていく。

 これから彼らが挑む死地―――大鬼どもが支配する要塞を落とす過酷さなど、微塵も感じさせる事はなく。

 酒と食事と、言葉と詩と。時に意味なく笑い合って。

 夜は過ぎる。星と月の巡りと共に。

 

 ―――再び朝がやってきた頃には、彼らは動き出した。

 奇妙で奇天烈な集まりながらも、歴戦である冒険者の行動は実に迅速であった。

 

 

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