第十六節:侵入と突撃


 「うむ、うむ。実に素晴らしい」

 「アニキ、アニキ。その台詞何度目?」

 

 薄暗い洞窟の闇を照らし出す、松明の灯。

 その赤い光の中で、ガルは手にした物を何度も掲げ持っていた。

 黒妖精の手によって鍛え直された自慢の大金棒。

 見た目の上で大きな変化があるわけではない。

 けれど、既に何度もこれを振るって戦うガルにとって、違いは一目瞭然だった。

 兎も角扱いやすさが違う。

 重さは変わっていないはずだが、振る時の手応えに僅かな軽さがある。

 それにより打撃の速度は以前より増し、急激な変化など無茶な扱いもやりやすい。

 

 「黒妖精の名に恥じぬ、素晴らしい仕事だ。感謝する、ギニル」

 「言っただろう? 最善を尽くすとな」

 

 賞賛の言葉に淡々と応じつつ、黒妖精は四人を先導する形で地下の領域を進む。

 鍛冶場で一通りの作業を終えると、ギニルの案内により再び場所を移動する事となった。

 ガル達の侵入経路であった地下の流れ、これをなぞるように歩く。

 

 「……これは、湖……?」

 

 やがて見えてくる光景を、クロエは小さく言葉に表す。

 それは確かに湖だった。

 山の麓にあった湖よりはやや小振りに見えるが、地下の空間に大きく広がっている。

 その畔を歩きつつ、ギニルが答える。

 

 「見ての通りの地底湖だ。この先に、我々が造った要塞に通じる道がある」

 「向こうはこれを知ってるのかい?」

 「知らんだろうな。私達の業で隠してある故、鈍い連中では違和感すら抱くまい」

 「まさに秘密の抜け穴ってわけだ」

 

 そう言って、ビッケは愉快そうに口笛を吹く。

 

 「その抜け道までは案内する。それから先の事は、お前達に全て任せた」

 「この武器の仕事に恥じぬよう、全力を尽くそう」

 

 早く実戦で使い心地を試したいのか、ガルの声は心なしか弾んでいるようだった。

 そんな様子に、クロエは少し苦笑して。

 

 「一応、首魁には話を聞かなくちゃならないのだから、やり過ぎないようにね」

 「む。確かに、それは大事だな」

 

 半ば冗談のつもりだったが、ガルは至極真面目に頷いてみせた。

 やがて道は地底湖から少し離れて、程なく行き止まりに突き当たる。

 其処には他に何もないように見えた。少なくとも、冒険者達の目には。

 しかしギニルは、その行き止まりの壁まで歩み寄る。

 その手が岩壁に触れると、小さく呪文めいた言葉を唱えた。

 

 「おぉ、すげぇ」

 

 ゆらりと、影の内から滲み出すように。

 ギニルの触れた岩壁に、黒い金属で出来た梯子が現れたのだ。

 不可思議な仕掛けを目の当たりにし、ビッケは少しはしゃいでしまう。

 小さく息を吐いてから、ギニルは冒険者達の方を見た。

 

 「これを上った先が、グルーガン要塞の内部だ。向こうの構造については、私の知識も古い。

  下手に教えて情報と違ったのではそちらも困るだろう」

 「出たとこ勝負はいつもの事だし、問題ないねぇ」

 

 梯子を見上げれば、その先は暗闇の中だ。

 ちょっと嫌そうな顔をしつつ、ルージュは軽く自分の肩を回す。

 

 「上った先がそのまま、敵のど真ん中っていうのは避けたいけど」

 「何、そうなれば蹴散らしながら進めば良い。大量の矢狭間に突っ込むよりは分がある」

 

 どちらもどちらな気がするが、クロエはあえて突っ込まず。

 黒い魔剣を背に負って、闇に続く梯子の先を見上げた。

 どうあれ、これを上った先は死地だ。

 正門からの侵入は、敢え無く阻まれた。

 ならばこの地下からの侵入は、果たしてどういう結果になるか。

 

 「骰子の目は、振ってみるまで分からないものさ」

 

 少しの不安な空気の中、それを拭うようにルージュは言う。

 手のひらに転がすのは、幸運の女神の化身たる骰子。

 彼女はそれを敢えて振らずに、自分の手に握り締めた。

 

 「運が良けりゃあ、何事だって上手く進むさ」

 「もし、悪かったら?」

 「そんときゃ旦那が気張ってくれるさ」

 

 なかなかの無茶振りであったが、当のガルはそれこそ自分の役目と心得ているようだ。

 クロエがこの一行に加わる前にも、こういう事は何度かあったのだろう。

 生まれ変わった大金棒を背に負って、一番最初に梯子の前に立つ。

 

 「先ずは俺が行く。ビッケはすまんが、その後に続いてくれ」

 「アイアイ、何か怪しい音を拾ったら足の裏でも突っつくね」

 

 そう言って、ビッケは針の落ちる微かな音すら逃さぬ自慢の耳に触れる。

 その後に、魔剣を負ったクロエが続く。

 

 「私は、何かあったらすぐ動けるよう備えるわ。

  普段なら殿だけど、今の状況なら下から来る脅威はないだろうし」

 「あたしが力尽きて落ちない事を、神様にでも祈っておいてくれよ」

 「神様に祈るのは姐さんの仕事じゃね?」

 「……仮に私が後ろでも、落ちられたら支えようがないから頑張って頂戴」

 

 苦笑するクロエに、自信がないねぇとぼやくルージュ。

 まったく以ていつもと変わらぬ空気だ。

 向かう先は死地なれど、やるべき事は変わらない。

 先頭のガルが梯子に指をかけ、上り始める。

 他の三人もそれに続いた。

 暗闇の領域に、ギニルだけが残されて。

 

 「気を付けろ。最も厄介なのは、大鬼ではない」

 

 告げる。それは酒宴の最中にも聞いた言葉だった。

 黒妖精の工房を壊滅させた何者か。

 その正体が何であるのか、冒険者達も推測は出来ていた。

 敢えて誰もそれを口にはしなかったが。

 

 「忠告は感謝する。だが問題はない」

 

 闇の向こうを目指し、冒険者達は梯子を上がり続ける。

 最後の答えは、広がる暗闇に吸い込まれる事なくはっきりと響いた。

 

 「相手がなんであれ、死ぬつもりはない。

  何せまだ、クロエの答えを聞いていないからな」

 「……こういう時に、その話はやめて」

 

 ギニルには意味が分からなかったが、何やら重要な話ではあるようだ。

 何にせよ、それだけ自信に満ちているなら、それ以上に言う事もなかった。

 進む、上る。四人の冒険者達を、ギニルは見送る。

 果たして、此度この要塞で起こる戦の結末は如何なるものとなるか。

 剣を鍛え、戦いの傍らにあり続けた黒妖精は小さく呟く。

 

 「闇の女王よ、死に逝く敗者に安息を」

 

 そして願わくば、生きて行く勝者に祝福を。

 地の底に通じる祈りは、静寂を取り戻した洞窟の中で、聞く者もなく闇に吸い込まれた。

 

 

 

     *   *   *

 

 

 

 その場所がどういう意味を持つのか。

 実際のところ、要塞を住処としている大鬼達も知らなかった。

 見回りの兵は一人、いつもの巡回ルートとしてその場所を横切る。

 本来、要塞内部の警備は二人一組ツーマンセルが基本だ。

 けれど今は、正門などの護りの為に多くの兵力が割り振られている。

 その為、重要でない場所の見回りは一人で行う形となっていた。

 

 「……相変わらず、無駄に広いな。此処は」

 

 呟く。その言葉の通り、其処はただ只管に広い空間だった。

 天井も高く、具体的にどれほど高いのかは誰も知らない。

 縦長に広大なその場所を、誰ともなく「巨人の通路」と呼んでいた。

 何処か通路を思わせる形状から、まるで巨人が掘り進めたかのように見えるからだ。

 尤も、この通路の先は何もない行き止まりであるし、この要塞に巨人がいたという話もない。

 ただその広さから、稀に要塞の大鬼達が集まる集会場として利用される程度だ。

 見回りの役目として、その内を見渡す。

 何もない。あちこちにゴツゴツとした岩場があるだけだ。

 その為に見通しが良いとは言い難いが、まさか岩の暗がりを一つ一つ見て回るのも手間だ。

 

 「問題なし」

 

 問題などあろうはずもないが、役目としての言葉を口にする。

 長く留まる意味もない。

 大鬼は「巨人の通路」に背を向けて、直ぐに別の場所へと行くつもりだった。

 最近は略奪の命もなく、やる事も無しにこの要塞の中をグルグルと歩き回ってばかりだ。

 何か、血沸き肉躍るような変事トラブルは起こらぬモノか。

 例えば、この要塞に侵入者が入り込んでくるとか。

 

 「ふっ」

 

 まさかな、と。大鬼の兵は己の想像を一笑に付した。

 あり得ない。あり得るはずがない。

 正門の護りは盤石で、幾つかある抜け道も等しく塞がれてしまっている。

 故にこのグルーガン要塞に、侵入者など入り込む隙間はない。

 ―――疑問も持たず、そう盲目的に信じたまま、大鬼の兵の背に細い刃が突き刺さった。

 その切っ先は心臓を音もなく貫き、呆気なく命の火を消し去った。

 

 「……よし、問題なし。皆、出て来て良いよー」

 

 崩れ落ちた大鬼の屍から細身の剣を抜き去る。

 他に巡回の兵がいないことを確認したら、ビッケは仲間に合図を送った。

 少しの間を置いて、岩の陰に見えた暗がりから他の三人が姿を見せる。

 

 「気付かれるかヒヤヒヤだったけど、上手く行ったねぇ」

 「此処は広すぎるから、都合よく見落としてくれたようね」

 

 ルージュの言葉に頷き、クロエは《暗闇ダークネス》の呪いを解除した。

 魔力で編まれた不自然な暗がりを消し去ってから、一息。

 

 「……とりあえず、侵入出来たみたいね。ギニル達には感謝しないと」

 「繋がっていたのも、広いだけの何もない場所だ。ルージュの神にも感謝せねばならんな」

 「どうせならあたしにも感謝しとくれよ、神様のご加護は司祭経由だしねぇ」

 

 囁く声で軽口を叩き合いつつも、冒険者達は周囲への警戒は怠らない。

 先ほどビッケが始末した見回り以外に、付近に大鬼など敵の姿は何処にも無し。

 四人で一番鋭い感覚を持つ小人は、目を閉じて更に広い範囲を探ろうとする。

 暫しの間、仲間達も邪魔をせぬよう口を閉ざした。

 そうして。

 

 「……近くにはやっぱ誰もいないね。 この辺りは使われてない区画なんかな?」

 「内部構造とか、こちらは全然情報がないから分からないわね」

 「変わらず、出たとこ勝負で行く他ないようだな」

 

 どこまでも行き当たりばったりな気もするが、こればかりは仕方がない。

 ビッケを先頭に、その後方をガルとルージュが続き、殿にはクロエが立った。

 クロエは決して感覚が鋭い方ではないが、魔剣の力もあって頑丈さではガルにも並ぶ。

 それで後方の危機は無理やり防ぐ、という方針で隊列を決定する。

 

 「で、どんな感じに進むんだい?」

 「とりあえず音がする方を探そうかと。 誰かいる場所に行けば何かしらあるよね、多分」

 「言葉が分かる者がいれば、物を尋ねられるのだがなぁ」

 「ここまで不思議と順調ではあるし、余り贅沢は言えないわね……」

 

 ガバガバではあるが、探索の方針も決まった。

 ルージュは手元の骰子に、小さく奇跡の灯を点す。

 ビッケは夜を見通す魔法の眼鏡ゴーグルを身に着けて、神経を尖らせた。

 些細な変化も見落とさぬと、ぐっと拳を握って意気込む。

 

 「それじゃ、気合入れてお宝探しと行きますかー!」

 「まぁ、それはそれで別に構わないけれど」

 

 欲望が駄々洩れになってしまった仲間の言葉に、クロエは苦笑した。

 ガルと二人武器を持ち、いつでも危険に対応できるよう身構える。

 こうして侵入を果たした冒険者達は、要塞の中を歩き出した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る