第八十節:ゆらゆら揺れる

 

 「いやぁ、流石に今回ばかりは死んだかと思ったよ」

 「そう軽く言わないで頂戴……」

 

 救出作業というか、発掘作業を終えた後。

 掘り出されたルージュは治療の水薬ポーションなど、簡単な応急手当をしたら程なく目を覚ました。

 起きてしまえば残った傷なども自前の奇跡で治せる為、直ぐに元の調子を取り戻す。

 

 「無事なのは良かったが、何故こんな場所に?」

 「それはあたしもハッキリとは言えないんだけどねぇ……」

 

 当たり前の疑問を投げかけてくるガルに、ルージュは少しばかり困った顔で唸る。

 

 「とりあえず、あの豹頭に拉致られてから例の神様とやらのところまで連れてかれてたんだけどねぇ」

 「……ホントに? え、何か酷い事されなかった?」

 「まぁちょっと金縛り喰らわされたりしたけど、別に何ともないさ」

 

 堪らず詰め寄ってくるクロエを、ルージュは苦笑交じりに宥める。

 どうにも心配性が過ぎるが、「仲間が危機的状況に陥る」という状況に慣れてなければ仕方ないかもしれない。

 

 「で、まぁ長々と話すのも面倒だし、要点だけ掻い摘んで伝えるけど……」

 

 そうしてルージュは、改めて自分が見聞きした情報を仲間達と共有する。

 樹海の神に招かれて、その祭壇に足を踏み入れた事。

 其処で樹海の神が、物質世界で力を行使する為の「新しい人柱」を求めている事。

 危ういところで不明の侵入者が現れて、事態が有耶無耶になった事。

 そして横槍とその他諸々でキレた神によって、神殿内部に「嵐」が吹き荒れた事。

 ざっと必要と思う情報を口にしてから、改めてルージュは一息吐く。

 

 「……とまぁ、あたしが話せるのはこんぐらいかねぇ」

 「癇癪でデッカイ建物の中をぐしゃぐしゃに組み直せるとか半端ねーなぁ……」

 

 その強大さは腐っても神かと、ビッケはうんざりした様子で呟く。

 一通り聞いてから、ガルは顎の下を爪で掻き。

 

 「それで、お前も『嵐』に巻き込まれて気付けばこの場所に転がっていたわけか」

 「そういう事だねぇ。一緒にいたはずの、あの自称殺し屋の女は何処へ行っちまったのやら」

 「……殺し屋、ね」

 

 クロエは、自分達が少し前に戦っていた半竜の男を思い出していた。

 あの男も確か、自分以外に仲間がいるような口ぶりだったが。

 

 「恐らくは、俺達が戦っていたガイストという男の仲間だろうな。その殺し屋の女とやらは」

 「やっぱそう思うよねー。でもなんで姐さんのこと助けたんだろ?」

 「そこはあたしも良く分からないけどねぇ……」

 

 少なくとも、あの場では殺意や敵意の類を感じた覚えはなかった。

 実際あの場から連れ出そうとするなど、助ける意思の方が強かったのもありルージュは首を捻る。

 どういう意図があり、如何なる目的があって動いているのか。

 

 「……あのガイストという男は、私を誰かの命令で帝都まで連れてくるよう言われてたようだけど……」

 「なら、それと関係してるのかねぇ? でも生死不問がどうとも言ってたから、よく分からんね」

 

 結局のところ、此処でどれだけ話していても推測の域は出ない。

 この場ではそれが結論だと判断し、今は目の前の問題を優先する事にした。

 即ち、この閉鎖空間からの脱出だ。

 

 「で、姐さんの手当とか治療とかしてる間に、ざっとこの空間を調べたんですけど」

 「何かあったか?」

 「一応は」

 

 既に仕事を終えていたビッケは、ガルの言葉に頷いてから壁の一点を示す。

 そちらを見れば、壁の一部が変形して梯子のような形状となっていた。

 それは真っ直ぐに、この円柱状の空間の遥か上部へと続いているように見える。

 

 「とりあえず出入口の類は調べられる範囲には何処にもなかったんで、アレが唯一。

  ただまーあからさま過ぎて罠や待ち伏せが心配っちゃ心配」

 「ふむ、成る程な」

 

 ガルも壁の梯子に近付くと、それを握って力を込めるなどして強度を確認する。

 壁と同じ硬い石材で出来ている為、いきなり壊れるような事はなさそうだが。

 

 「上った先でいきなり壊れるとか、まぁありがちな奴だねぇ」

 「けど、それを言い出したら此処から一歩も動けなくなってしまうわ」

 

 ビッケが探しても、他に此処から脱出する経路はなかった。

 罠がある可能性は大きくとも、今はこの梯子を上る他に道はない。

 ガルもその事実を認めて一つ頷く。

 

 「行くか。とりあえず、神殿の構造変化も落ち着いたようだが、アレが二度起こらん保証もない。

  同時に、此処が永遠にその変化の巻き添えを喰らわないという保証もないからな」

 

 この場は決して、安全な避難場所ではない。それは全員の共通認識だった。

 そして重要なのはどのような順番で進むかだ。

 

 「普通なら、一番頑丈で勘の良いアニキに先頭頼むんだけどねー」

 「俺はそれで構わんが」

 「ダメよ、もし貴方が落ちたら後続じゃ支えられないわ」

 

 むしろ火の粉を一番に被るのは自分の役目だと考えていたガルに、クロエは待ったをかける。

 ガルは筋骨逞しい蜥蜴人だ。

 鎧の類は殆ど身に付けてないが、それでも装備の重量と本人の体重を合わせれば相当なものになる。

 これが梯子を上ってる最中に万が一落ちてきたら、下にいる者を圧殺しかねない。

 

 「ふむ……そうなると俺は一番最後が良いか」

 「何処まで上るか分からないし、出来ればあたしはおぶってって欲しいかねぇ」

 「あぁ、それは大丈夫だろう」

 

 一番体力にも腕力にも自信のないルージュ。

 しがみ付いて大人しくしている分には何とかなるだろうと、ガルに背負って貰う事を選ぶ。

 残るは二人、クロエとビッケだが。

 

 「じゃ、オレが一番先に上って警戒して、その次にクロエって事で」

 「そうね、それが一番でしょう。ビッケなら、私でも支えられるかもしれないし」

 

 小さくて軽く、そして神経も鋭いビッケが一番先。

 そして体重は軽いが神経の鈍いクロエがそれに続く二番手という形となった。

 特に悩む事無く順番も決まり、一行は早々に石の梯子に挑んだ。

 

 「最悪、何かあったら飛び降りるけどキャッチはお願いしまーす」

 「安心しろ。二人がまとめて落ちて来ても受け止めてやる」

 

 先ずはスルスルと梯子を上っていくビッケの言葉を、ガルは見上げながら答える。

 その背にはロープなどで身体を簡単に固定したルージュが、落ちないようしっかりとへばりついていた。

 それをチラッと見て、尻尾を軽く揺らすクロエ。

 視線を感じたガルは、緩く首を傾げてそちらを見るが。

 

 「……大丈夫、何でもないから行きましょう。ルージュの事、しっかり守ってね」

 「むっ。あぁ、それは勿論だ」

 

 念を押すように言ってから、今度はクロエが梯子を上っていく。

 魔剣は流石に手元からは消しておき、落ちないように両手でしっかりと棒を掴む。

 力を入れると、自然と尻尾が上向いてしまうがそんな事は気にしていられない。

 

 「なんだか悪いねぇ、旦那」

 「いや、別に問題はないが」

 

 苦笑するルージュに対し、ガルは何でもない事のように頷く。

 その目線は、梯子を上っているクロエに注がれていた。

 

 「……さて、此方も上るか。すまんが落ちんよう、そちらも気を付けてくれ」

 「そりゃ勿論。気合でへばりついておくよ」

 

 ルージュの言葉に頷いてから、ガルも少し遅れて梯子を上り出した。

 先行するビッケは既にかなりの高さまで辿り着いているようだ。

 その後を追い、ガルも力強く上を目指す。

 

 「…………」

 

 上る。上る。上る。

 手で棒を掴んで身体を保持し、より高い場所にある次の棒を掴む。

 足に力を入れて身体を持ち上げて、それを繰り返す。

 地道な反復作業を無言で続けるガルだが、その眼は一点だけを見続けていた。

 

 「っ、よいしょ……!」

 

 本人は自覚のないまま、可愛らしい掛け声と共に梯子を上るクロエ。

 やはり魔剣の補助がないと、どうしても体力的な面では戦士として見劣りしてしまう。

 だからと言って弱音を吐いてはいけないと、兎に角必死に上を目指す。

 必死に無心で、それ故に彼女は気付かない。

 下からじっと向けられ続けている、その視線の存在に。

 

 「……ふむ」

 

 尻尾が揺れていた。

 蜥蜴人のそれとは異なる、黒く細い長い尻尾だ。

 それがピンと先端を上向きにして、ゆらりゆらりと揺れている。

 梯子を上る度に、自然とお尻が揺れてしまっている事実に当人クロエも気付いていないだろう。

 ガルは黙ってそれを見ていた。

 きっと此処で指摘してしまえば、少女は恥じらい混乱してしまい、最悪転落する可能性もある。

 故にそう、敢えて何も言わないことをガルは選んだ。

 その小さいお尻が落ちて来たのを直接受け止めるのは確かに魅力的な選択肢ではあったが。

 

 「ちょいと旦那ー?」

 「問題ないぞ」

 「いやまぁ無いって言うなら無いんだろうけど」

 

 流石に傍にいるルージュはガン見に気付いており、一応注意しておこうとも考えた。

 考えたが、この状況じゃ見るなという方が無理があるだろう。

 本人も問題ないと言ってるし、まぁ減るもんでもないから問題ないかと。

 そう納得して、ルージュはそれ以上何も言わなかった。

 

 「……? ガル、大丈夫? 何かあった?」

 「いや、何でも無い」

 「そう?」

 

 下の様子が微妙におかしい事に気付いたが、クロエは純粋に心配して声を掛ける。

 ――まぁまさか、尻尾と尻見て興奮してるとは思わないだろうねぇ。

 ルージュは口に出さずに苦笑する。

 クロエの方もスカートというわけでもないし、その辺は向こうの油断だろう。

 

 「……正直なところを言えば、余り大丈夫ではないが」

 「何がどう大丈夫じゃないかは聞かないよ、ウン」

 

 揺れる女の子の尻と尻尾を見ながら興奮する蜥蜴人の背中に張り付いている、というこの状況。

 地味に厳しいなとルージュは今さら気付くが、後の祭りである。

 

 「あ、通路発見。皆もーちょい頑張ってー」

 

 一番先頭でビッケの声が響いた。

 このなかなかどうしようもない状況も程なく終わるが。

 

 「(上り切った後も態度に出て、クロエに引っ叩かれなきゃ良いけどねぇ)」

 

 多分そうなるだろうという未来予想図。

 けれどルージュはやはり口には出さなかった。

 ガル自身も「問題ない」と言ってるし、ならまぁ問題ないのだろうと。

 そう考えて、今は落ちないようにしがみ付くのに専念するのだった。

 

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