第四章:第二層

第八十一節:仕方ない事

 

 其処は「嵐」が過ぎ去った迷宮の底。

 本来ならば壁や床などの構造物により押し潰され、何も無くなってしまった場所。

 しかし其処に今、隙間のような空間が出来ている。

 樹海の神によって造られたものではない。

 何処とも繋がらない、無理やり広げただけのその場所で大戦斧を担いだ半竜は小さく吐息を漏らした。

 

 「……一体、何をやった?」

 「いやぁ、面目ない面目ない」

 

 重い男の言葉に対して、軽い声で女は応える。

 藍色の甲冑に紫闇の刃を携えた、金髪の女。

 神殿全体の構造をかき回す「嵐」の最中に戻って来た相棒に、半竜の男――ガイストはもう一つため息を吐いた。

 

 「ちょっと、ため息多くない?」

 「誰のせいだと思ってる、シリウス。何をやらかしたのか正直に話せ」

 「いやいや、これが私のせいだって決めつけるのは酷くない?」

 「他に何がある」

 

 力強く断言されて、女――シリウスは少し言葉に詰まった。

 実際、そう言われても否定し切れない状況であったのは確かだ。

 しかしこっちとしては他意無く使った言葉に対し、何故か相手が勝手にキレただけだと主張したい。

 主張したいが、この堅物真面目な男はそれを良い意味では取ってくれないだろう。

 だからシリウスは誤魔化すように笑って。

 

 「ま、ま、それよりさ。そっちは例の目標と接触出来たの?」

 「あぁ、一戦交えて一応誘いもしたが断られた」

 「まーそうでしょうね。こっちも女司祭とは出くわしたんだけど」

 「ほう。それで、どうした?」

 

 問われて、どう答えたモノかとシリウスはほんの少しだけ逡巡し。

 

 「……逸れたというか、逃がしちゃったというか?」

 「馬鹿め」

 「ストレートな罵倒酷くなーい?」

 

 はぁ、と。ガイストはこれ見よがしにため息を吐いて見せるが、シリウスは気にも留めない。

 それで此方の心情を察せられるような敏い女ならば、こんな苦労は掛けてこないかと。

 半ば諦めと共に受け入れつつ、話題を切り替える事にした。

 此処で相手の欠点を幾ら突いたところで、建設的な話に発展する事もないだろう。

 

 「それで、結局何があった?」

 「んー、そうね。私も良く理解してるわけじゃないけど……」

 

 それからシリウスは、自身が見たモノについてを簡単に相棒に対して伝える。

 何やら祭壇のような場所に存在した不明の実体。

 その怒りによって、この神殿らしき構造物が改変されてしまった事。

 一通り聞き終えると、ガイストは小さく唸って。

 

 「……厄介だな」

 「ホントね。標的の始末とか、回収とかのいつもの任務だと思ったんだけど」

 「そうだな。此処にこんな場所がある、という情報もなかった」

 

 変わらず、此方の手元には探すモノの居場所を知らせる魔法の針がある。

 これを使えばあの魔剣の少女とその一行を見失う、という事は起こり得ないが……。

 

 「絶対、あのヘンなのがこっちもちょっかいかけてくるでしょ。面倒じゃない?」

 「そうだな。出来れば無視したいところだが」

 「難しいんじゃないかなぁ、私が散々挑発しちゃったし」

 「…………」

 

 言いたい事は色々あったが、この場ではぐっと堪えた。

 仮にシリウスがそういう言動をせずとも、相手の領域内に入り込んだ時点で敵認定は避けられなかったはずだ。

 ならば重要なのは、この先どう動くかの方だ。

 

 「一先ず、此処を動くぞ。一息入れるにも狭すぎるからな」

 「そうねぇ。針の方向に進む?」

 「そのつもりだが、とりあえずまともな通路に出たいところだ。掘り進むにも限度がある」

 

 そう言って、ガイストは己の大戦斧を大きく振り上げた。

 シリウスは狭い空間だが、それに対してなるべく距離を取る。

 少しでも掠めればどうなるのか、それは何度も死線を潜った彼女自身がよく理解していた。

 

 「こっから出て、その後は?」

 「当然、目標を追う。それに対して、その不明の実体が此方の妨害をしてくるのならば」

 

 一度言葉を切り、ガイストは渾身の力を大戦斧の刃に注ぐ。

 押し寄せる「嵐」を斬り払い、この場所に空間を作った時と同じだけの力を。

 

 「――纏めて薙ぎ払う。薔薇の紋章が示す通りにな」

 「りょーかい。やっぱ暴力で解決するのが一番手っ取り早いわね」

 

 余りに酷い結論に、出来れば同意したくはなかったが。

 これから自分がやろうとしている事も、結局のところは暴力による強行突破だ。

 ――ならばそれも一つの真理か。

 言葉にはせず頷いて、ガイストは構えた大戦斧を真っ直ぐに振り下ろした。

 

 

 

 「…………ガル?」

 「うむ」

 

 長く続く石の梯子を上り終えた後。

 先へと伸びる通路に入ったばかりのところで、何故かガルがクロエの前で正座をさせられていた。

 そんなことをしている場合ではない気がするが、こればかりは仕方ない。

 ビッケは適当に警戒しながらその様子を横目で眺め、ルージュは酒の残りが無いかのチェックをしている。

 ガルは表情をピクリとも動かさぬまま、素直に正座をしていた。

 その前に立ちながら、クロエは自分のお尻を――正確には、尻尾の辺りを抑えて。

 

 「……ずっと見てたの?」

 「あぁ」

 「ちょっとは否定とかしないの……?」

 

 遠慮も躊躇も無しに、真っ直ぐに肯定されてしまった。

 逆にリアクションに困ってしまい、クロエは羞恥やら何やらで頬を赤く染める。

 ――そう、出来れば気付きたくはなかった。

 気付きたくはなかったが、梯子を上り切って落ち着いたところで。

 少し筋肉が緊張していた尻尾の辺りを指で解そうとしたら、それをガン見している相手に気付いてしまったのだ。

 その時の感情を如何に形容するべきか。

 同時に、まさか先ほど上っている最中もずっと……? と、直感アイディアが閃いてしまった。

 そして当人に聞いてみたら、今の通りあっさり認められたという流れだ。

 

 「見ていた。うむ、ずっと見ていたな」

 「繰り返さなくて良いから……!」

 「やっぱアニキはすげーよ……」

 

 余りの開き直りっぷりに、ビッケなど思わず感嘆の声を漏らす。

 別に責める気はなかった。

 責める気はなかったが、流石にちょっと恥ずかしかったので注意するぐらいのつもりだったが。

 まさか更なる羞恥に晒されるとは思っていなかったクロエは、流石に言葉に詰まってしまう。

 一方、ガルには遠慮する理由がない。

 いっそ問われてしまった以上は応える事が礼儀だろうと考えて。

 

 「例えば、だ。これはどうしても男の目線からの話になってしまうが」

 「う、うん」

 

 何やら極めて真剣な様子で言われて、クロエも神妙に頷いてしまう。

 歯止めを掛けられなかった蜥蜴男は、実に流暢に言葉を続ける。

 

 「目の前で、女の胸元やスカートの中がチラチラ見えてしまったとしてだ」

 「え、ええ」

 「しかもそれが心底惚れている女の、まったく意識していない無防備の仕草だとしてだ」

 「う、うん」

 「男ならば誰であれ興奮するだろう。少なくとも俺は未だに興奮している」

 「それに私は何をどう答えればいいの??」

 

 滅茶苦茶真面目に熱弁されたせいで素直に聞いてしまったが、割ととんでもない仕打ちを受けている気がする。

 クロエは顔を真っ赤にして、助けを求めるようにビッケやルージュを見るが。

 

 「いや申し訳ないけど、同じ男としてはアニキ支持かなぁ」

 「そうだねぇ、そんなつもりないったって尻や胸を見せつけられたら興奮して仕方ないかもねぇ」

 「味方がいない……!」

 

 唐突なアウェー感にクロエは頭を抱えた。

 ガルはガルで、他の仲間達の反応に深く深く頷き。

 

 「そういうわけだ、クロエ」

 「何がどういうわけなの……??」

 「うむ」

 

 問われて、ガルは少しだけ考え込む。

 自分がどれだけクロエに興奮しているのか、具体的に示す方法もあった。

 あったが、流石に物理的な方法を選ぶのは拙いだろう。

 流石の蛮族でもそう判断するだけの理性はあった。

 ならばどう答えるのが正解かと、数秒ほど思考して。

 

 「クロエ」

 「な、何……?」

 「俺は尻尾を持ち上げた時の、裏側の付け根辺りが可愛らしいと」

 

 物凄い勢いで引っ叩かれた。

 しかも手のひらとかではなく、魔剣の腹でのフルスイングだった為、結構頭蓋に響いた。

 

 「バカっ! バカっ! ええと、バカっ、ムッツリ蜥蜴!!」

 

 羞恥と混乱の極みに達し、仮にも詩人とは思えない語彙力を疲労するクロエ。

 ガルとしては、言葉にする事で簡潔に思いを伝えるつもりだったが、どうやら逆効果だったようだ。

 床に倒れ伏すガルを、クロエはやや錯乱した状態で尻尾でペシペシ叩いている。

 そんな愉快な様子を、他の二人はやや離れて眺めていたが。

 

 「…………ん?」

 

 何かに気付いた様子で、ビッケは通路の奥の方を見た。

 目を凝らし、耳を澄まして変化を探る。

 

 「どうかしたかい、ビッケ?」

 「いや、何か動いたような音が……」

 

 ルージュに答えながら、ビッケは魔法の明かりを通路に向かって投げ込む。

 その光によって照らし出されたのは――。

 

 「……なにあれ」

 

 竜だった。

 正確には、竜を模した石像だろう。

 少なくとも先ほどまではなかったと思うそれが、通路を塞ぐように鎮座している。

 ――いや、違う。

 少しずつ、だが確実に。

 通路の奥の方から自分達のいる方へと、竜の石像が近付いてくる。

 これが何をしてくるのかは分からないが、少なくとも友好的なものではないだろう。

 

 「ちょいとお二人さん、ぼちぼち真面目シリアスにやる時間っぽいですよ」

 

 未だにラブコメ(?)やってるクロエとガルにそう声を掛けつつ、ビッケは腰から細剣を引き抜く。

 それに応じるように、竜の石像の目に当たる部分に赤い不気味な光が灯った。

 

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