第七十九節:合流
凄まじい鳴動が途切れる事無く続く。
まともに立っている事すら困難な状況で、クロエはその場で転びそうになる。
床に倒れ込む直前、大きな腕がその身体を抱き留めた。
ガルだ。彼は重心を低くし、大金棒と太い尾を支えにする事で何とかバランスを保っていた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう。けど、これは……」
「ちょっと明らかにヤバくないですかねぇ!?」
揺れは止まない。
ビッケは二本脚で立つ事を諦め、床を這いながら何とか仲間二人の傍まで来る。
もう一人、敵対者であるガイストも揺れに耐える事で精一杯の様子だ。
石の壁に鋭い爪を突き立てる事で支えにしながら、半竜の男は何処か遠くを見て。
「……あの阿呆、まさか妙な事をやらかしたか?」
そう呟く言葉の意味は、クロエには分からない。
それよりも今は、この不明な状況を如何にやり過ごすかだ。
「ちょっと、お二人さん」
「? なに、ビッケ」
「何かヘンな音してません?」
そう言いながら、ビッケは揺れる床に何とか自分の耳をくっつけている。
音、と言ってもクロエの耳には神殿全体が揺れる音ぐらいしか聞こえない。
ガルの方は、何かに気付いた様子で周囲を見回し。
「確かに、妙な音がするな」
「でしょ? いや絶対ヤバいってコレ」
「……どういう音? 私はよく分からないのだけど」
自分だけ理解出来てない状況が何となく嫌で、クロエは細い尻尾を揺らした。
その言葉にガルはうむ、と一つ頷き。
「岩が動いているような音だ」
「岩?」
「あぁ、しかも途切れる事無く延々と続いている」
「それって……?」
どういう意味なのか、と。
そう問いかける前に、ひと際強い衝撃がその場にいる全員を足下から突き上げた。
クロエは咄嗟にガルの腕にしがみ付く。
身体の軽いビッケは軽く宙を舞ったが、反応したガルが首根っこの辺りを素早く掴んだ。
その次の瞬間には、今までで最も大きな変化が襲い掛かって来た。
「っ、何……!?」
脳が音として認識し切れないような、そんな凄まじい轟音と共に。
石造りの部屋が拉げ、歪み、捻じれ始めたのだ。
まるで子供が粘土細工をこねくり回しているかのように。
外部から強大な力が掛かり、神殿内部の構造を無理やり変化させていた。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!? アニキ、とりあえず逃げられそうなとこ!!」
「さて、そうは言っても逃げ場があるやら」
潰されれば流石に一巻の終わりだ。
まるで荒れ狂う嵐のように変化する中を、ガルは二人を抱えて無理やり走る。
「ふんっ!!」
一方、ガイストの方は手にした大戦斧でうねる石壁を叩き壊した。
立場はお互い敵同士。
今はもう戦っていられるような状況でもないが、別に助け合うような義理もない。
最後に視線だけを交わして、両者の距離は遠ざかる。
そうしている間も、神殿内部の構造変化は続く。
幸いというべきか、瓦礫が大量に落ちてくるような事はない。
が、足下の床が蛇のようにのたうつのはなかなか味わえない体験だ。
「これで先が行き止まりでなければいいが」
「縁起でもないこと言わないで……!」
腕にぎゅっと抱き着いたままのクロエが、細い尻尾でペチペチ叩いて抗議してくる。
その様が大変愛らしく、また視界の端でチラチラ見える尻尾が非常に気になる。
しかしガルは蛮族であると同時に紳士だ。
こんな状態で本能に従うわけにも行かないので、今はしっかりと状況判断に努める。
手荷物同然で片手でぶら下げられたビッケも、揺れに耐えながら何とか周囲の様子を観察し続けていた。
「アニキ、あっちの方に道がある!」
「む」
それはつい先ほどまではなく、構造変化によって生じた石の隙間のような道。
そのまま隙間が閉じて押し潰される可能性も感じたが、それ以外に道らしい道もない。
ほんの少しでも立ち止まれば、今いる場所こそ壁や床で埋まってしまう事も十分考えられた。
深い迷宮の底で《転移》の呪文をしくじった魔術師の末路がどうなったか、冒険者達の間では余りにも有名だ。
それと同じ状態には好んでなりたくないものだと、ガルは覚悟を決める。
「万が一生き埋めになったらすまんな」
「かべのなかに……」
「ビッケもやめて頂戴。ホントにやめて」
そう自分から不運を招く旗を立てるべきではない。
仲間二人を抱えて、ガルは変化する石の通路を全力で走った。
一秒たりとて構造が安定する事はなく、壁が床となり、床が壁となっては広がったり縮んだり。
最早真っ直ぐ走っているのか、上がっているのか下がっているのかさえ分からない。
悪い夢そのままの光景を、ガルは動揺一つ見せずに駆け抜ける。
この変化が何時まで続くのか。
そもそも終わる事があり得るのか。
何も分からないが、立ち止まるのが一番危ない事だけは分かる。
そう考えながら、走るガルの眼は行く先に開けた空間が存在するのを見た。
状況が状況である為、じっくりと見定めている余裕はない。
其処が終着であると信じ、のた打ち回る通路を一気に走って――。
「む」
抜けた。
相変わらず構造が変化し続ける音は響いているが、うねる石の通路からは抜けた。
ついでに、其処は足元の床も抜けていたが。
「ちょっ……!?」
「これはアカンやつですわ」
一瞬の浮遊感の後、三人を落下する感覚が襲う。
今まで順調に上がって来たというのに、待っている結末は墜落死か。
無駄とは思いつつもクロエはガルの腕にしっかりしがみ付き、来るだろう衝撃に備えようとする。
だが、落下は思ったよりも長く続く事はなく、襲ってきた衝撃もそれほど大きくはなかった。
「無事か」
恐らく、落ちた距離としては一階層分も無かっただろう。
両足でしっかり着地しながら、ガルは仲間二人――主にクロエの方に向けてそう声を掛けた。
「だい、じょうぶよ。何とか、ええ」
「もーやだホントやだ、お宝だけ貰って帰りたい」
全身全霊で「勘弁してくれ」オーラを放っているビッケは、とりあえず適当に床の上に置く。
それから改めて、ガルはクロエをそっと床に下ろした。
「……来た道が塞がってるわね」
「そのようだな」
先ほど此処に飛び込んだ時の通路は、構造変化に呑まれて影も形もない。
そもそも、神殿全体の鳴動は未だに続いている。
何故かこの縦穴上の空間だけがその影響を受けていない状態だった。
「これやっぱり、閉じ込められた感じ?」
「分からないわね、何処か繋がっていればいいんだけど……」
神殿の壁や天井に直接潰されるよりはマシだが、このままでは生き埋めと大差ない。
ビッケは観念した様子で、転がっていた床から飛び起きた。
「まさかまさか、何も無いって事はないだろうし、先ずは探索から始めますか」
「まだ神殿の変化は止まっていない。気を付けろ」
ガルの言葉にビッケは了解と軽く返す。
そうしている間も、部屋自体は変化していないが、天井の方から細かい瓦礫は降ってきている。
潰れて死ぬようなサイズではないが、油断は出来ない。
ビッケは頭上をチラチラと気にしながら、半ば埋まった床の上を調べ始めた。
「まー下り階段より上り階段を見つけたいところだけども」
願望を呟きながら、ビッケは手でどかせる程度の瓦礫をどかしていく。
大きすぎるものはガルに頼み、少しずつ進めていくが。
「……ん?」
ふと、何か瓦礫とは違うものを見つけて、ビッケはその手を止めた。
何かが瓦礫の中に埋まっている。
微かに布の切れ端のようなものが見えるが、それだけではよく分からない。
よく分からないので、ビッケはとりあえずそれを掘り出す事にした。
「……もしかして、お宝ワンチャンあったり?」
「過度な期待はやめておけよ」
ガルの方から実に冷静なツッコミが飛んできたが気にしない。
兎に角さっさと掘り出そうと、ビッケは瓦礫を除く手を速めて――。
「……ん、んんっ??」
「どうしたの、ビッケ?」
手を止めずに何やら唸り出したビッケに、クロエは小さく首を傾げる。
問われたビッケは、あーとかうーとか何度かよく分からない声を出してから。
「これ、埋まってるの姐さんだわ」
「は? …………はっ!?」
余りと言えば余りの発言に、クロエは慌ててそちらに駆け寄った。
ガルもまた素早く問題の瓦礫の山へと近付き、早速掘り出す作業に入る。
「あぁ、確かにルージュだな」
「ちょっと、ルージュっ? 生きてるっ? 大丈夫っ!?」
「どう見てもあんまり大丈夫そうじゃないけど、とりあえず息はあるっぽい」
ぱっと見でもかなりボロボロで、埋葬し損ねた死体のような状態ではあったが。
しかし、生きてはいる。それは紛れもない事実で。
「……良かった」
クロエは安堵の息と共に、小さくそう呟いた。
他者の魂を喰らう魔剣を持つ自分が、そんな言葉を口にする資格があるのかと。
頭の片隅で思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます