第五章:宝を得るのも命懸け

第二十節:教訓と宝の山


 「さぁて、お楽しみのお宝探索ターイム」

 

 わざとらしく陽気なビッケの声が、要塞の通路に響く。

 グルーガン要塞の将、アルガドを討ち果たした後。

 何度か大鬼の兵が襲撃を仕掛けてきたが、その悉くを冒険者達は撃退していた。

 要塞の統率者であり、最強の戦士たるアルガドの敗北は、直ぐに大鬼達の間に広まった。

 兵らも将の仇を討たんと奮起したが、その動揺は拭い切れず。

 また統率を欠いた散発的な攻撃では、クロエ達にはまるで歯が立たなかった。

 

 「随分静かになったけど、連中諦めたのかねぇ」

 「それは分からんが、油断はすべきではないだろう」

 

 警戒は続けて、慎重に要塞内部の探索を進める。

 先頭に立つビッケは、浮かれているように見えてその五感に緩みはない。

 何も見逃すまいと、見えない網を広げるが如し。

 

 「今んとこ微妙だけど、どっかに絶対宝物庫があるはず……!」

 「目の奥が金貨で光ってそうね……」

 「やる気があんのは結構な事さね」

 

 暗い通路を、ルージュの掲げる奇跡の光が淡く照らす。

 既に要塞内部で見つけた部屋は幾つか探索を終えていたが、結果はビッケが語っている通り。

 多少なりとも銀貨の入った革袋に、小さな宝石が幾つか。

 後は彼ら大鬼が崇拝する蛮神ウォロクの偶像トーテムなどがあったが、価値は余り高くはない。

 これぐらいの収穫で満足するわけには行かぬと、ビッケはますます奮起していた。

 

 「……思っていたより広いわね、此処」

 

 どれぐらい内部を歩き回っただろうか。

 余り代わり映えしない洞窟の中を進みながら、クロエは呟く。

 要塞内の半分以上は、大鬼達の生活スペースと武具や食料など、雑多な物の倉庫だった。

 大鬼達の寝床に宝があるはずもなく、また倉庫に転がる汚れた武具など言わずもがな。

 ジリジリと時間だけが過ぎつつあった、が。

 

 「……ストップ」

 

 ふと、何かに気付いたビッケが他の仲間を制止した。

 立ち止まったのは、要塞奥で行き当たった通路の終わり。

 見えるのは岩壁だけで、他には何処にも繋がってはいない。

 少なくとも、クロエやガル、ルージュの目にはそれ以外の何も見えない。

 けれど優れた忍びの者たるビッケは違った。

 

 「隠され、秘されたるモノを示せ」

 

 囁くのは、発動の呪文。

 いつの間にやら取り出したのは、黒い石の嵌った指輪。

 それを身に着け、定められた言葉を唱えれば、黒い石が紫色に変化する。

 《魔力感知サーチマジック》の指輪だ。

 一定範囲に働いている魔力や術を感知し、使用者に知らせてくれる。

 

 「ビッケも、呪文が使えたの?」

 「へへへ、隠し芸ぐらいなもんですが」

 

 ルージュの持つ《火球の杖》と同様、術の発動式を刻んだ魔道具は、魔力を持つ者しか使えない。

 ビッケは道具は使えど術を使った場面はまだ見ていなかったので、クロエは少し驚いた。

 

 「呪いまじないとは不可解なモノだが、味方が使う分には心強いな」

 

 たった一人、術の類は一切使えないガルはしみじみと頷く。

 

 「貴方は、別に術なんて使えなくても問題ないでしょう」

 「そうか?」

 「そうよ、大体腕力でどうにか出来ちゃうでしょ?」

 「そうか、そうだな」

 

 発達し過ぎた筋力は、魔法と見分けがつかないとでも言えば良いのだろうか。

 兎も角、指輪の感知に引っかかった辺りを、ビッケは慎重に調べ始めた。

 

 「……うん、やっぱこの壁は幻影を被せたモンだ。その向こうに隠し扉があります」

 「開けられそうかい?」

 「鍵はないけど、鍵がないからってガバガバ開けると罠があるからお待ちください」

 

 何か苦い経験でもあるのか、応答するビッケの言葉には妙な実感がこもっている。

 時間は大して掛からなかった。

 幻の岩壁に腰から上を突っ込んでいた小人は、ふぅと息を吐いて身体を引き出した。

 

 「オッケーオッケー、これでご安全に通行可能です」

 「お疲れさん、扉の中の様子は?」

 「下り階段。流石に奥までは見えなかったけど、これはいよいよ期待が持てますかなー?」

 

 わざわざ魔術の幻影を被せてまで隠した階段。

 確かに、冒険者としての期待は十分に高まるシチュエーションだ。

 それ以外の事については、誰も今は口に出さない。

 

 「では、行くか」

 「あ、アニキ。ちょっと天井低くなってるから気を付けて」

 

 ゴツンッと。忠告は間に合わず、なかなか良い音が響く。

 幻影で見え辛かったのもあり、ガルは階段の天井に思い切り頭をぶつけたが。

 

 「うむ、気を付けよう」

 「……そうね、手遅れだけど気を付けて頂戴」

 「旦那の頭は頑丈だから大丈夫でしょうよ」

 

 ケラケラ笑うルージュは、クロエと共に後ろに付く。

 骰子の放つ光だけは調整して、見難い足元だけはしっかりと照らす。

 下る。岩を削った階段を、一つ一つ踏み締めて。

 暗い地の底を下りて行くというのは、伝説に語られる「冥界下り」の一節を思い出す。

 地下は死の国であり、黒妖精達が崇める闇の女王の領域だ。

 ならば其処は詩に綴られる通り、やって来た生者を捕らえようとするのか。

 そんな益体も無い妄想が、クロエの頭の中を踊る。

 

 「皆、ちゃんと付いて来ているか?」

 

 前は向いたままで、ガルは後方の仲間達に声を掛ける。

 

 「足元が怖いぐらいで特に何もないねぇ」

 「後ろも特に異常なーし」

 「だ、大丈夫よ」

 

 ルージュやビッケに続いて、クロエも言葉を返す。

 けれど声は少しだけ、緊張した響きを帯びてしまっている。

 それを察したルージュが軽く笑って。

 

 「暗いのは怖いかい? 冒険初心者ビギナーさん」

 「私の目は、暗闇も見通せるわ。だからそれは、別に怖いわけじゃ……」

 「でも、慣れた空気でもないから気負っちまってるって感じかねぇ」

 

 囁く声は、的確に本音を突いてくる。

 

 「まっ、《冒険の教訓》にある通りさ。 何も難しいこっちゃない」

 「……それって、『油断するな』っていうアレ?」

 

 誰が言い出したものか、正確なところは誰も知らない。

 ただ「これだけは守れ」と伝えられる、冒険者達に伝わる短い教訓。

 

 「他は『躊躇わずに行け』、『矢と呪文は切らすな』とかだったかねぇ?」

 「それとはちょっと違うけど、『まだ大丈夫はもう危ない』とかもありますなー」

 「……ビッケのそれは、『迷宮(ダンジョン)探索の基本』だったかしら」

 

 話を続けながらも、進む足は止まらない。

 闇へ、闇へと冒険者達は下っていく。

 

 「まぁ兎も角、考え込んで固くなったまま、いざって時に動けないんじゃそれこそ本末転倒さ。

  短い教訓だけ覚えたら、後は賽の目に任せるのが一番ってね」

 「天命に託すのは、己のやるべき事を全てやりきった上での話ではあろうがな」

 

 頷き、ガルも言葉を添えた。

 仲間達の気遣いは、まだどうにもこそばゆい。

 クロエは一つだけ大きく深呼吸をしたら、少し照れた様子で笑う。

 

 「ありがとう。落ち着いたから、大丈夫」

 「オッケーオッケー、オレ達なら何が出て来ても何とかなるぜ」

 「そう気楽に『旗』を立てるのはどうかと思うねぇ、あたしは」

 

 声は天地の端にまで届き、言葉は時に悪果と悲運の神が拾うという。

 そういった目立つ言葉を「フラグ」と呼び、忌避する文化が冒険者達の間にあった。

 ビッケの今の発言など典型で、本人はイヤイヤまさかと笑っているが。

 

 「楽しそうなところすまんが、そろそろ下に着きそうだ」

 「あ、マジで? とうとうお宝とご対面?」

 「まだあると決まったわけじゃないと思うけど……」

 

 苦笑。周囲は未だに静寂に満たされているが。

 その辺りから、漂う空気が変化する。

 

 「……なんか暑くないかい?」

 「そうだな、俺は丁度良いぐらいだが」

 「うーんこの湿地育ち。あと何か臭い。 臭くない? 温泉で嗅いだ気がする」

 「……硫黄の臭いね、慣れてるから分かるわ」

 

 不意に上がった気温と、漂う異臭。

 それが果たして何を意味するのか、四人の冒険者は口には出さない。

 それこそ、道化の神を招く旗となるのを避けるように。

 ただクロエの胸には、《冒険の教訓》のある一節が浮かんでいた。

 それは教訓の最後に語られる一節。

 

 「……着くぞ」

 

 ガルの一言と共に、長かった階段が終わる。

 どれだけの距離を下っていたのかまでは分からない。

 何にせよ、冒険者達はこの要塞の真の終着点に辿り着いた。

 

 「……かなり、広いわね」

 

 暗闇を見通す目を持つクロエが呟く。

 今までも広い場所は幾つかあったが、此処もかなりのものだ。

 様子を見ようと視線を巡らせれば、奥に何かキラキラしたものが見えた。

 

 「あれは……?」

 「ちょい待って。光よ、舞い踊れ」

 

 囁くような呪文の声。

 暗視を持たぬビッケが、視界を確保するために《踊る光ダンシングライト》の魔術を発動させた。

 複数の輝きが小人の手のひらから現れ、その名の通り踊るように飛ぶ。

 ――そうして、それは輝きを露わにした。

 

 「わぉ……これはまた、凄いもんだ」

 

 感嘆の声を漏らしたのはルージュだった。

 広い洞窟の奥に、無造作に積み重ねられた山。

 それは金や銀の貨幣に、幾つもの武器や煌びやかな装飾品、そして高価そうな美術品と。

 価値の高い財宝によって築き上げられた、文字通りの「宝の山」であった。

 冒険者ならば一度は誰もが夢見る光景。

 その全てを合わせれば、一体どれ程の富となるのか。

 金銭にさほど執着のないクロエでも、その輝きに思わず息を呑んだ。

 

 「凄い、わね。これは」

 「リアルお宝の山……!!!」

 

 望んで止まなかった物が現実として現れ、ビッケの興奮は今や最高潮に達する。

 

 「気を付けろよ、ビッケ」

 「大丈夫! とりあえず罠がないか見てくるから!」

 

 ガルの忠告を背に受けつつ、ビッケはお宝の山へと近づく。

 警戒しながらも軽快に、驚くべき素早さで小人は走る。

 魔法の明かりが踊る。暗闇の中、ハッキリとその姿を映し出して。

 

 「ッ……!?」

 

 不意に、空気が沸騰した。

 瞬く光を押し流して、視界に氾濫するのは灼熱の赤。

 余りにも現実離れしたその光景に、脳が一瞬理解を拒んだ。

 炎だ。宝の山と冒険者達、その間を薙ぎ払うように。

 紅蓮の奔流が、洞窟内の空間を二つに断ち割った。

 

 「ビッケ!?」

 

 クロエは叫ぶ。走る仲間の背が、炎に呑まれて消えてしまったから。

 絶望的な気持ちに支配されたのは、ほんの一瞬。

 ダンッ!と、激しい音を立てて何かがすぐ傍に落ちて来た。

 ビッケだ。両足を曲げ、しゃがみ込むような姿勢でぐっと何かを堪えて。

 

 「……っクリしたぁ!! 死ぬかと思った!!」

 「ちょ、ビッケ? ホントに大丈夫なの?」

 「ギリギリ、炎に呑まれる直前に《跳躍ジャンプ》の呪文で跳んで来ました!」

 

 術者に、通常の何倍もの跳躍力を与える呪文だ。

 仲間のところでなく、宝の方に飛び込んでいたらそれはそれで拙い事態だったが、理性が仕事をしたらしい。

 炎はたっぷり数秒、洞窟内の空気を焼き切り、そして消える。

 後には燻り続ける残り火と、余りの熱量に無惨に抉れた痕跡だけが床に刻まれる。

 

 『勘が良い。無様な残骸オブジェが見たかったのだが、残念だ』

 

 声。嘲笑うような男の声は、全員の頭に直接響く。

 空気を震わせて伝わる音ではなく、不明の原理でその言葉は他者に伝わる。

 構える。武器を、魔剣を、魔法の杖を。

 炎が放たれた辺りの空間。一見すれば何もない暗闇が、大きく揺らぐ。

 クロエは其処に、礼服姿の優男を幻視した。

 けれど、違う。それは本質を覆い隠す為の、まやかしの姿でしかない。

 赤く燃える炎に照らし出される、その真実の姿は。

 

 『あの無能な大鬼どもは殺したのか? それで満足していれば良いモノを、欲を掻くから破滅を招く』

 「……ホント、最悪だね。こりゃ」

 

 呻く。ルージュは久方ぶりに、自らの幸運を神に願った。

 ズシリと、地が揺れる。巨大なモノが動くだけで、その質量が要塞全体に響く。

 クロエは見た。見てしまった。

 赤い鱗。それは万物の如何なる物より強靭で、魔剣と同じく破壊不能の物質とも語られる。

 爪と牙は鋭く、有象無象の名剣など比較にもならない。

 見上げる程の巨体。自分達がどれだけ矮小な生き物であるかを思い知らされる。

 黄金に輝く瞳に魅入られれば、常人ならば魂を微塵に砕かれてしまうだろう。

 背中に広げる一対の翼は、この洞窟の中では少しばかり窮屈そうだ。

 

 『まぁ良い。冒険者諸君、よくぞ此処まで辿り着いたな。歓迎しよう』

 

 哂う。それは圧倒的強者として、文字通り天から見下し嘲笑する。

 それを冒険者達は屈辱とは思わなかった。不快にすら感じない。

 知っている。この場の誰もが、ソイツが何であるかを知っていたから。

 四足歩行の翼を持つ爬虫類に似たその姿は、様々な文献伝承に刻まれている。

 恐らくこの世で最も強く有名な怪物。

 母なる「混沌」から一番最初に生じたとされる、伝説の魔獣。

 

 「……ドラゴンの宝には、手を出すな」

 

 《冒険の教訓》、その最後の一節を口にしながら。

 姿を現した赤き竜レッドドラゴンを、クロエは戦慄と共に睨みつけた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る