第百十一節:鋼鉄の巨人

 

 開かれた三つの扉。

 何故、その扉が妙に大きかったのか。

 何故、この部屋は先ほどよりも明らかに天井が高かったのか。

 その理由そのものが、ゆっくりと姿を現した。

 サイズで言えば、監獄で戦った魔神と大差はない。

 しかし全身が黒光りする鋼で出来た身体は、魔神とは比較にならない質量を有している。

 異様に手足が太い全身甲冑にも似た姿。

 それが何であるのか、正体は直ぐに分かった。

 

 「鋼鉄人形アイアンゴーレム……!」

 

 クロエの声に反応するように、現れた鋼鉄人形は大きく軋みを上げた。

 3つの扉から同時に3体。

 その名の通り、特殊な魔法によって動く全身鋼鉄製の巨大人形。

 冒険者にとって、竜などの伝説の怪物よりももう少し身近な死の代名詞。

 巨人並みの体格でその全てが強靭な鋼で出来ているのだから、その耐久性は言うまでもない。

 圧倒的な質量から繰り出される拳や蹴りは、直撃すれば人間など容易く磨り潰す。

 多くの場合、古い魔法使いの遺跡で守護者ガーディアンとして配置されている物だが……。

 

 「どっかの遺跡から引っ張ってきた骨董品アンティークか、新しく造ったのか知らんけども。

  こんなん3体も警備用に置いてるとか《帝国》半端ねーなヤッパリ」

 「1体ぐらいならまだしも、流石にまとめて並んでるのを見るのは初めてだねぇ……」

 

 重い動きで迫ってくる鋼鉄人形を睨みながら。

 ビッケは一応腰の剣を抜き放ち、ルージュはその手に神の化身である骰子を握る。

 そしてクロエとガルは、他の二人よりも数歩前に出て、各々の武器を構えた。

 鋼鉄人形の動きは遅い。

 凡そ戦闘では悪夢に等しい怪物だが、自重が重すぎて動きが鈍いのは数少ない弱点の一つだ。

 

 「いやはや、なかなかピンチだと思うんだが、このまま戦うのかい?」

 「そういう貴女は見てるだけなの?」

 

 後方、危機感のない態度でのんびりと笑う魔神ジェーン。

 そちらを振り向きもせず、あくまで感情を抑えた声でクロエが応じる。

 

 「手伝って欲しいのかな、魔剣使いのお嬢さん」

 「この施設からの脱出を手伝う、というのが取引の内容だったと思うけど」

 

 沈黙は一瞬。

 ジェーンはまたケラケラと笑いながら、クロエとガルに並ぶように踏み出した。

 相変わらず枷は嵌ったままで、とても戦える恰好には見えないが。

 

 「別に勝てそうなら見ているつもりだったが、そう言われては仕方がない。

  私が契約に誠実である事をキチンと証明しないといけないからね」

 「戦えるのか?」

 「オイオイ、確かに大分力を制限されてはいるが、見くびって貰っては困るな」

 

 確認するガルに、ジェーンは大袈裟に肩を竦めて見せる。

 それから黒い翼を拡げ、鋼鉄人形の1体にその視線を向けた。

 

 「この状態でも、あんな玩具は大した問題じゃあないよ。とはいえ、引き受けるのは1体までにして欲しいが」

 「それで十分よ。こっちと合わせて、丁度3体止められる」

 「あぁ、後ろには行かせられんからな」

 

 揺れる。

 とうとう視界を埋め尽くす程の距離まで、鋼鉄人形達が迫っていた。

 並みの冒険者であれば、絶望の余り錯乱してしまうだろう悪夢に等しい光景。

 けれどこの場に「並みの者」など一人としていなかった。

 

 「守りと癒しはこっちで何とかしてやるから、死ぬんじゃないよ!」

 

 虚空に骰子を投げれば、ルージュの信仰により神の奇跡が発動する。

 あらゆる攻撃の威力を削ぐ《守護プロテクション》の光が全員を包み込む。

 それとほぼ同時に、鋼鉄人形が唸りを上げながらその拳を振り上げた。

 

 「イアッ!!」

 

 対して、先陣を切ったのはやはりガルだった。

 援護の奇跡が入るや否や、放たれた矢のような勢いで地を蹴る。

 そして鈍い動作で拳を上げた鋼鉄人形の1体、その足に思い切り大金棒を打ち付けた。

 凄まじい衝撃。鋼と鋼がぶつかり合う激しい衝突音。

 文字通り鋼の塊をブン殴ったとあっては、ガルに返ってくる反動も強烈なものだ。

 下手をすれば、それだけで骨が砕けてもおかしくはない。

 それに対して鋼鉄人形は、僅かに動きが阻害された以外は大した損傷ダメージを受けた様子もない。

 この物理的な頑強さこそがこの鋼鉄人形と戦う上での最大の脅威だ。

 殆どの呪文に耐性を持ち、多少欠けた所で活動に影響もない。

 完全に機能を停止させるには五体を破壊する他ないのだ。

 

 「ッ――――!!」

 

 そして頭上から振り下ろされる、文字通りの鉄槌。

 最早巨大な鉄球と変わらない鋼鉄人形の拳が、ガルを上から叩き潰す。

 鋼鉄人形に自我はない。

 ただ組み込まれた魔法式の通り、与えられた役割を全うするのみ。

 登録されていない侵入者を叩き潰す――それはただ、その通りの機能を果たすだけ。

 そうして今、その役割の一つを果たしたと、鋼鉄人形は機械的に判断するが。

 

 「ふんっ……!!」

 

 あり得ない事が起こった。

 振り下ろし、目標を叩き潰したはずの拳が逆に押し返される。

 一瞬、鋼鉄人形の思考プログラムにノイズが走った。

 魔法により創造された鋼鉄人形に感情うはない。自我もない。

 ただ想定外の事態に対して、設定された思考が混乱する。

 この状況で、生身の存在がどうやって抗っているというのか。

 

 「ハハハッ、流石に重いな……!」

 

 逆に、叩き潰されかけたガルは愉快そうに大笑する。

 自我の無い人形相手ではあるが、その脅威はやはり侮り難い。

 故に全力でこれを打破せんと、狂戦士は吼える。

 

 「イアッ!!」

 

 思考の乱れから、僅かに力の緩んだ鋼の拳を先ずは受け止めた両腕で押し返す。

 そうしたならすぐさま身を低くし、大股を開いている鋼鉄人形の足下を潜る。

 人形の反応は遅く、ガルの動きに追いつけていない。

 頑丈だが、それにも増して鈍い相手だ。

 ガルは手を休める事なく、その致命とも言える弱点を攻め立てる。

 

 「イアッ!!」

 

 一撃。

 背後に回った状態で、さっきと同様に足へと大金棒を打ち込む。

 手応えは変わらない。異様か硬さが手を痺れさせる。

 だがそんなものは気にしなければ無いも同然。

 更に二度、三度。

 それでは終わらず四度、五度と叩き続ける。

 其処でようやく鋼鉄人形の動きが追いついてきた。

 足を打たれながらも振り向き、今度は横殴りに鋼の拳を振り回す。

 

 「イアッ!!」

 

 ガルはこれを正面からは受け止めない。

 やはり身を低くしながら、下から掬い上げるように大金棒を振るう。

 激突。斜め下から強い衝撃を受けて、鋼の拳が上へと逸れた。

 力の流れを大きく変えられた事で、鋼鉄人形の体勢が大きく乱れる。

 その狂った均衡バランスを、ガルは即座に狙い打った。

 

 「イアッ!!」

 

 打撃。

 大金棒を捻じ込んだのは、やはり同じ足。

 一つ二つでは損傷ダメージにならずとも、それを何度も繰り返せば話は別だ。

 蓄積された衝撃に、ギシリと鋼鉄人形の膝関節が軋む。

 其処にダメ押しとばかりに、ガルは渾身の一撃を打ち込んだ。

 

 「オオオオオォォォォォッ!!!」

 

 咆哮は、鋼の壊れる音と共に響いた。

 膝の可動部を破壊された事で、自重を支え切れずに鋼鉄人形はその場に倒れる。

 しかし足一つが壊された程度では、まだ鋼の活動は止まらない。

 故にガルの攻勢もまだ終わらない。

 大金棒を振り上げて、体勢を崩した鋼鉄人形に更に襲い掛かった。

 

 「……流石。あちらは問題なさそうね」

 

 そんな派手な殴り合いとは真逆に。

 クロエの方は淡々と状況を進めていた。

 その視線の先には、表面に幾つもの刀傷を刻まれた鋼鉄人形の姿がある。

 ボロボロの拳を、クロエ目掛けて叩き付けようとするが――。

 

 「本当に、相性が悪かったわね」

 

 囁く声は、拳を振り上げた鋼鉄人形の背後から響いた。

 ザクリと、まるで熱した飴細工に刃を入れるように、魔剣は容易く鋼を切断する。

 本当に、これは相性の問題だった。

 力は強くとも重く鈍い動きは、「帳」により高速で動けるクロエには追い付けない。

 そして幾ら硬い鋼でも、魔剣の刃を完全に防ぐのは困難だ。

 そうして、クロエは一方的に鋼鉄人形の1体を切り刻んでいた。

 幾ら苦戦する要素がないとはいえ、頑丈さ故に仕留めるのは少し時間が掛かりそうだ。

 とはいえ、この調子ならば二人共に問題なく鋼鉄人形を排除できるだろう。

 問題となりそうなのは、もう一人の方だ。

 

 「いやはや、強いな君達は。定命モータルとしては驚異的の一言だ」

 

 そう言って笑うのは、ジェーンと名を騙る魔神。

 彼女はガルやクロエの戦いを眺めながら、残る1体の鋼鉄人形と対峙していた。

 ジェーンから仕掛ける様子はなく、鋼鉄人形の方が一方的に殴りつけている状態なのだが。

 

 「知恵の無い自動人形、というのは見ていて哀れだな」

 

 無傷。

 ジェーンは無駄な行為を繰り返す人形を嘲笑う。

 何が起こっているのか、傍目には分かり辛い。

 確かな事は、振り下ろされたはずの鋼鉄の拳が、魔神に当たる直前でピタリと停止している。

 まるで、見えない壁にでも阻まれているかのように。

 

 「……どういう仕掛けなのかしらね、アレは」

 

 クロエは先ず、自分の魔剣の力である「帳」を連想していた。

 目には見えない力場の結界。

 これならば、今ジェーンが行っているうのと同様の現象が起こせるはず。

 しかし「帳」も決して無敵の壁というわけではない。

 防げる衝撃には限度があるし、叩かれ続けていればいずれは破壊されてしまう。

 だがジェーンの方にはそんな様子はなく、平気な顔で鋼の拳を受け止め続けている。

 一体、これはどういう類の力なのか。

 

 「手品の仕掛けが気になるかな? お嬢さん」

 「……気にならないと言えば嘘になるけど、聞いて素直に教えてくれるの?」

 「種も仕掛けもないと、そう返すのが作法なのだろう?」

 

 笑う。何処までが本心で、何処までが虚飾か。

 魔神はあくまで人を煙に巻くような言葉と笑顔で、その真実を悟らせない。

 

 「そんな事より、そちらはさっさと片付けたらどう?」

 「まぁ、そうしてしまっても構わないんだが」

 

 クロエの言葉に、ジェーンは小さく肩を竦める。

 そうして、知人との世間話を楽しんでいるかのような気軽さで。

 

 「それでは、こっちが手持無沙汰になってしまうだろう?

  だから暫くこのまま、君達の方が片付くまで見物させて貰うよ」

 

 魔神は笑いながらそう応えた。

 常人ならば数度は死ぬだろう鋼の嵐を、微風ほどにも感じていない様子だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る