第百十二節:死霊術師との戦い

 

 「思ったよりも苦戦はしてないねぇ。まーあたしらも強くなったもんだ」

 

 危なげのない様子で戦いを続ける仲間達。

 それを眺めながら、ルージュは気楽に水袋に入れた酒を舐めていた。

 確かに鋼鉄巨人は脅威ではあるが、頑丈なこと以外はただ物理的に殴りつけてくるだけの相手だ。

 前衛2人が殴り合いには強い以上、こうなるのは必然だったか。

 一時の同行者に過ぎない魔神の方はなかなかに得体の知れない力を見せているが。

 

 「何にせよ、こっちは消耗せずに片付きそうかねぇ。アンタは暇しちまってるかい?」

 

 ビッケ、と。

 そう呼びかけたところで、気が付く。

 先ほどまでは傍にいた仲間の姿が見えないと。

 はて、とルージュは首を傾げる。

 それから視線を巡らせるが、鋼鉄人形が削れていく以外は何も見えない。

 そもそもこの場も暗く、明かりで照らしている範囲しか人間のルージュには知覚出来なかった。

 そういえば、ほんの少し前にビッケが自分に何か言っていたような気もする。

 が、金属同士がガツンガツンぶつかり合う音で良く聞こえず。

 ついでに酒精を身体に入れてたのもあって生返事しか返してなかったような。

 

 「……あー」

 

 恐らくは、何かに対応する為に動いたのだろう。

 つまりそれは、鋼鉄人形以外の危険が迫っている事を意味した。

 

 「ちょいと、何かヤバそうだからさっさとそいつら潰しておくれよ!」

 

 やや今さらながらに、ルージュは戦う前衛達にそう声を上げた。

 

 

 

 ……闇を這いずる影がある。

 長く続く暗い通路。

 光無きその道を、より深い闇を纏って進む影。

 奇妙な紋様の施された法衣ローブを引き摺りながら、その男は目的の場所を目指す。

 死霊術師リッチのダラル。

 ヴァイオラの配下で、「館」を彷徨うクロエ達の追っ手として差し向けられた者達の一人だ。

 彼は暗い歓喜を胸の内で燃やしながら、ゆるりとした足取りで闇の中を進む。

 ――私は運が良い。

 声にはせず、ダラルは己の幸運を誇る。

 広大な「館」の中、アテも無く逃げ回るネズミを追う。

 考えただけで骨が折れるよな話だったが、たまたま自分が入った直後に警報が鳴り響いた。

 場所も偶然、『門』を開いて入ったばかりの魔導士達の管理領域だ。

 今は恐らく警備用の鋼鉄人形達が侵入者の相手をしている頃か。

 距離が近付くにつれ、鋼がぶつかり合う重い音が響いて来る。

 ――成る程、あの鋼鉄人形共を相手に戦えるとなれば、確かに容易い相手ではないだろう。

 まだ見ぬ侵入者達の戦力を評価しつつも、ダラルはそれを脅威には感じていなかった。

 いやそもそも、この世に己が脅威と思うべき相手がどれ程いるものか。

 魔導を極めて不死の身体を手にし、更に偉大なる薔薇より強力無比な魔剣も賜った。

 何もない。恐れるべきものなど何もない。

 もしそれを上げるとするなら、大いなる薔薇帝かその代行たる白薔薇のみだろう。

 故にダラルは躊躇いなく歩を進める。

 侵入者達の生死は問わないと、そうヴァイオラは言っていた。

 ならば此方も手加減など気を遣う必要もない。

 鋼鉄人形共も、巻き添えで破壊してしまっても誰も文句は――。

 

 「…………あ?」

 

 不意に、視界が揺れた。

 何かが頭を叩いたような、軽い衝撃。

 それと同時に、今まで明瞭に見えていた視界の半分が潰れていた。

 其処が深淵の底でも、死霊術師たるダラルの眼は構わず見通す事が出来る。

 何故、それが今、見えなく。

 

 「――悪いんだけど」

 

 声は、驚くほど間近から響いてきた。

 背後――いや、頭の裏。

 ダラルの眼では自分の真後ろを見る事は出来ない。

 首を回そうにも、固定されたように動かないままだ。

 ただもう一度頭に軽い衝撃が走り、何かが頭蓋を貫く感触がした。

 

 「何かおたく強そうだし、このまま死んで頂戴な」

 

 ぐらりと、法衣姿の男が揺れる。

 頭に細剣で貫かれた穴を二つ空けた状態で、その場に崩れ落ちた。

 その傍にひらりと、音もなく何かが着地する。

 仮にこの場に誰かがいたとして、その姿を容易に見る事は出来なかっただろう。

 バサリと、布がはためく音を鳴らしながら、ビッケの姿がその場に現れた。

 

 「最近あんま使う機会がなかったけど、やっぱ不意打ちならコレだねぇ」

 

 そう言って、ビッケは自分が身に纏っている外套を指でなぞる。

 被る事で外套全体の色合いが周囲の風景と同化する形で変化する《姿隠しの外套ハイド・ローブ》だ。

 予め何かしらの「危険」が接近していると察知したビッケ。

 ガルやクロエが鋼鉄人形を倒すのにまだ時間が掛かると判断すると、一人通路で待ち伏せを仕掛けていた。

 三つある扉のどれかから来るかは勘ではあったが、どうやら上手く当たりを引けたようだ。

 

 「さて、見事に致命の一撃クリティカルヒットが入ったし、流石にこれで――」

 「……き、さま」

 

 流れるような見事な「フラグ」立てだった。

 頭に風穴を2つ空けられた状態でも、死霊術師であるダラルはまだ死んではいない。

 正確にはもう肉体的には死んでいるからこそ、その活動を停止させるには至らなかった。

 ビッケもある程度予想はしていたので、声がした瞬間に大きく飛び退く。

 細剣を緩く構えながらため息を一つ。

 

 「だからさー、頭を二度もぶっ刺したんだから、其処は素直に死んでおこ?」

 「この、小動物風情が……!」

 

 死霊術師の肉体は、本質的には死体と変わらない。

 故に生きていれば致命的な傷でも、単なる部分的な「損傷」に過ぎず更に死ぬ事はない。

 しかし肉体を器にしている以上は、ある程度まではその機能に縛られる。

 最初の一刺しで半分を潰された視界。

 それが憤怒と屈辱で真っ赤に染まる錯覚を覚えながら、ダラルは自らの敵を睨みつけた。

 其処にいるのは、単なる軽武装の小人が一人。

 普段なら取るに足らぬと、視界にさえ収めぬ相手から、文字通り視界の外からしてやられるとは。

 

 「あー、明らかに舐め腐ってる? いや正直助かるけどね。

  そういう視野の狭くなってる相手って横殴りするのも簡単ですしー?」

 「……よく言ったな、貴様」

 

 挑発だ。

 単なる侮辱ではなく、明らかに意図を含めて言葉を選んでいる。

 変わらず怒りで腐敗した脳は煮えたままだが、それでもダラルは冷静さを保つ事に努めた。

 そう、相手は最初の奇襲で自分を仕留め損なっている。

 受けた損傷は大きいが、この状態は間違いなく此方が有利だ。

 そう思考を回しながら、ダラルは敵――ビッケから視線を外さぬままに右手を振る。

 何もない虚空に黒い穴が開き、其処から細長い何かを取り出した。

 

 「うげっ」

 

 それが何であるかを確認し、ビッケは思わず呻いた。

 華美とも言える装飾が施された、一本の黒い長剣。

 尋常ならざる魔力を帯びたソレが何であるかは一目瞭然だった。

 

 「魔剣持ちかよ」

 「そうだ。貴様如きには過ぎた力だが」

 

 そう言葉を返しながら、ダラルは己の魔剣の力を解放する。

 

 「《死神の吐息デスフォッグ》よ――」

 

 その名を口にすると同時に、ダラルの周囲を黒い霧のようなものが閉ざした。

 当然、その範囲にはビッケも含まれている。

 一瞬、肌が触れただけで焼けた痛みを感じ、ビッケはその霧の正体を悟った。

 

 「毒霧!?」

 「腐り果てて死ぬがいい、定命モータル

 

 ダラルの憤怒に応えるように、毒の霧が渦を巻いた。

 ビッケは慌てて距離を取ろうとするが、霧はそれを許さない。

 霧はさながら生き物のように動き、ビッケの周囲を包み込みながら広がる。

 

 「死ぬ死ぬ……!」

 

 皮膚に接触しただけでコレでは、万一にでも肺に吸い込めばそれだけで致命傷だ。

 ビッケは大鞄から素早く《生命の石》を取り出すと、それを口の中に放り込む。

 息を吸わずとも呼吸を補助する魔法の石。

 これで毒霧を吸い込む事もなく、窒息する心配もない。

 だが状況は変わらず危機的なままだ。

 

 「(前に船の上で戦った奴の魔剣に、ちょっと似てはいるけど……!)」

 

 思い出すのは、復活した魔王の放った4体の騎士。

 その内の1体が振るっていた、疫病の風を吹かせる恐るべき魔剣。

 あれは広範囲に病を撒き散らすものだったが、こちらは狭い範囲に猛毒を広げる。

 霧は胸に吸い込まずとも、ただ肌に触れただけで焼ける痛みを刻み込む。

 

 「ハハハハハッ! さぁ、そのまま無力に骨まで溶けて無くなるかっ!」

 

 毒霧の中心でダラルは笑う。

 魔剣《死神の吐息》の魔力は強大だ。

 多少持ち堪えたところで、その毒に生命は蝕まれてやがて死に至る。

 霧を展開、制御している間は他の呪文などを使う事が出来ない、という欠点もあるが。

 大抵の相手は、霧で包み込んだ時点で無力化したにも等しい。

 ――そう、大抵の相手ならば。

 

 「むっ……!?」

 

 不意に、霧を裂いて何かがダラルに向けて飛来する。

 反応は何とか間に合い、素早く振るった魔剣がその「何か」を叩き落した。

 それは一本の細い矢。

 恐らく、霧に包まれた状態からあの小人が放ったものだろうが。

 

 「無駄な足掻きを」

 

 虚しい抵抗をダラルは嘲る。

 霧は濃く、内も外も視界を殆ど遮ってしまっていた。

 そんな状態から正確に此方を狙ってくる腕前は見事なものだ。

 だがそれも、結局は何の意味もなかった。

 ダラルは魔剣を握り、その意識を広がる霧へと浸透させていく。

 視界を塞がれていても、魔剣の主であるダラルは霧の内側を知覚する事が可能だった。

 その感じ方は視覚というよりも、どちらかと言えば触覚の方が近い。

 蠢く霧が触れるのは、毒に侵されたまま動かない小さな生命。

 いや、蹲った状態で身動ぎはしているようだが、ダラルは気にも留めなかった。

 この状態で、果たして生者に何が出来るというのか。

 

 「……さて、生死は問わぬという事だったからな」

 

 ダラルはゆっくりと、霧が捕らえた獲物の方へと向かう。

 このまま放っておいても毒が始末を付けてくれるだろうが、それでは収まりが付かない。

 与えてくれた屈辱の分、せめて死ぬまでにに愉しませて貰わねば。

 魔剣を片手に、ダラルは霧の中で蹲っている小人を視界に収める距離まで近づいた。

 ――先ずは軽く刻んで、まだ生きているかを確かめるか。

 そう考え、ダラルは手にした魔剣を振り上げる。

 

 「……ん?」

 

 振り上げた所で、気付く。

 未だに魔剣を通じて同調していた霧に、何かが触れた事を。

 いや、触れただけではない。飛び込んでくる。

 その勢いは凄まじく、ダラルがそれを認識して反応を示したところで。

 

 「イアッ!!」

 

 猛毒の霧など一切構わず。

 雄叫びと共に打ち込まれた大金棒が、今度こそ死霊術師の視界を完全に叩き潰した。

 

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