第二章:第四層

第七十節:球遊び

 

 それからの探索も、なかなかに過酷だった。

 うろつく魔物や守護者の類でケルベロス程の脅威ではなかったが。

 兎に角、罠の数が多かった。

 行く手を阻む為に通路のあちこちに設置された落とし穴。

 その前を通り過ぎる事で幻像が襲い掛かってくる魔法の鏡。

 調べようと触れた者に強力な毒付きの牙で噛み付いてくる蛇の像。

 傍を通ると突然殴り掛かるように倒れてくる石の柱。

 後は落とし穴。本当にいっぱい設置されていた。

 邪魔な魔物を打ち倒しながら、無数の罠を解除したり引っ掛かったりしつつ。

 冒険者達は、ようやくその場に辿り着いたのだった。

 

 「……階段ね」

 「あぁ、階段だな」

 「長かった……」

 「ホントに広かったねぇ、此処」

 

 各々思う事を口にしながら、ようやく見つけたそれを見上げる。

 階段だ。かなり大きな石造りの階段。

 これを上れば次の階層に行く事が出来る――はずだ。

 無駄に広いこの神殿地下を隅々まで探索したわけではないので、正直何とも言い難いが。

 ただ少なくとも、この階段が「外れ」ではないだろうという確信はあった。

 その理由は一つ。

 

 「で、コイツはどうすりゃ良いんだい?」

 

 ルージュは、階段前を遮る力場の膜を見ながら呟いた。

 階段の行き来を妨げる、半透明な壁。

 恐らくは何かしらの仕掛けか罠の一部なのだろう。

 こんなものまで設置して通行を遮断しているのなら、何処かしらに繋がっている事は間違いない。

 問題は、これをどう突破するかだが……。

 

 「力技では、やはり難しいか」

 「魔法の仕掛けはちょっと調べるの難しいんだよなぁ」

 

 試しに、ガルは大金棒で力場の壁を叩いてみるが、手応えは殆ど無い。

 単純な腕力のみでこれは破れないという事実を再確認する。

 ビッケの方は、階段周辺に何か怪しいものが何かを見回して。

 

 「……アレは?」

 「……怪しいなぁ」

 

 特に注意深く見ずとも、神経が微妙に鈍いクロエですら発見出来る「怪しい物」があった。

 それは石の階段がある場所からやや離れた、行き止まりの壁。

 壁に彫刻が施されているのはこの地下神殿では珍しくないが、その多くは風化して原型を留めていなかった。

 しかしその壁には、一面人の顔を抽象化したようなものがハッキリと彫り込まれている。

 正確には「人の顔のようなもの」であって、それが真実誰か人間の顔を刻んでいるかは分からない。

 何にせよ、そのあからさまに怪しい人面壁だが、その視線は丁度石階段の前に注がれていた。

 

 「…………」

 

 見る。目の部分に嵌め込まれたのは何かキラキラした石で、本当に眼球というわけではない。

 だがそれでも、人の顔を模してあるせいか本当に視線を感じる。

 じっと睨めっこをしているクロエの横で、ビッケは軽く頭を掻いて。

 

 「多分、アレが仕掛けっぽいけど、何か近付いたら噛み付かれそうで嫌なんですが」

 「その手の『近付いたらダメ』や『触ったらアウト』系の罠もこれまで結構あったからねぇ」

 「こんな罠塗れにして建築者は一体どうしたかったんだよチクショウ」

 

 恐らく侵入者を殺したいんだろうが、言ってるビッケもそんな事ぐらいは承知している。

 しかし悲しいかな、今は自分達こそが侵入者の立場だ。

 この神殿を設計した人間の防犯意識に理解は示すが、理解したからと言って分かり合えるとは限らない。

 身体を動かして筋肉を解し、不意の危険にも動けるよう備えてから、ビッケは覚悟を決めた。

 

 「じゃ、ちょっと調べてくるから」

 「気を付けてね……?」

 「俺も同行した方が良いか?」

 「や、そんで罠うっかり発動して二人巻き添えは流石に間抜け過ぎるから。

  最悪、避けられる可能性のあるオレが先ず行ってきます。ハイ」

 

 このメンバーただ一人の斥候として、ビッケは己の役目を良く分かっていた。

 ガルとクロエにその背を見送られながら、慎重に謎の人面壁へと近付く。

 頭上に魔法の明かりを躍らせて、先ずはその全体像を観察する。

 

 「前衛的と言えば良いのか、抽象的と言えば良いのか……」

 

 人の顔というよりも、吼え猛る悪魔の形相と言うべきか。

 そんな恐ろし気な表情を象った人面壁だが、良く見れば要所には宝石らしきものも埋め込まれている。

 ほじくり返したい衝動がビッケを襲う――が、それはギリギリ自制した。

 流石にあからさま過ぎるし、下手な事をして階段前の仕掛けに不具合が起きたらそれこそ最悪だ。

 故に先ずは調べなければ……と、ビッケの手が人面壁に触れるが。

 

 「げ」

 

 ぼう、っと。

 振れた瞬間、壁全体に不気味な光が宿った。

 何かしらの罠が発動する前兆かと、ほぼ反射的にその場から大きく飛び退く。

 尋常ではない様子に、離れた場所で見守っていたガルやクロエもそれぞれ武器を構えた。

 しかし、何かしら攻撃的な仕掛けが直ぐに発動するという事は無く……。

 

 「……あれは……?」

 

 クロエは呟き、生じた異変を視線で追う。

 何か、丸いものが光を放つ人面壁の口辺りから吐き出された。

 丸い、恐らくは一抱えほどのサイズのボールのようなものだった。

 ようなもの――ではなく、本当にボールなのだろう。

 黒い皮らしきものを巻いて作られたそのボールは、床に吐き出されると不可思議な力で浮き上がった。

 その高さは丁度、人の胸の位置ぐらいか。

 

 「……なんだこれ?」

 「何か仕掛けが動いたっぽいけど、なんだろうねぇ?」

 「……ふむ」

 

 ぷかぷかと、ボールは何もない空間に浮かんでいる。

 その意図が分からずに、誰もがその場で首を捻っていた。

 一体どうするのが正解かと、全員様子を見ていたのだが……。

 

 『――試練だ』

 

 不意に、樹海の神の声がその場に響き渡る。

 そしてそれがの合図だった。

 

 「ぶっ!?」

 

 突然の衝撃がビッケの顔面を襲う。

 一体何事か。眩む視界が捉えたのは、宙を舞う黒いボールの姿。

 まったく唐突に、浮遊していたボールがビッケ目掛けて突撃したのだ。

 

 「まーたこんなんかい。鼻潰れてないだろうねぇ?」

 「潰れたかは分かんないけど凄く痛い!」

 

 鼻血がドバドバ噴き出してるが、奇跡で治癒すべきかどうかルージュは少しだけ悩んだ。

 その間も、ボールはやはり不可思議な力で胸の高さ辺りを飛び回る。

 弧を描いて向かってきたボールを魔剣で弾き、クロエは人面壁の方を見た。

 彫り込まれた顔全体を覆う光は、ボールが動く度に明滅している。

 ――やっぱり、あのボールを動かしているのはあの壁の彫刻か。

 そうと分かれば、原因は元から断つのみ。

 下手に近付くと飛び回るボールに邪魔されると考え、クロエは光る壁目掛けて鋭く呪文を叫んだ。

 

 「射抜け――!」

 

 発動するのは《見えざる矢》。

 視線を照準に力場の矢が無数に放たれ、その全てが人面壁に突き刺さる……が。

 

 「っ、無傷……!?」

 

 硝子が砕け散るのに似た音を響かせ、全ての力場の矢が砕かれた。

 続いて後方から飛んでくるのは、ビッケが投擲した短剣。

 それもまた同様に、人面壁に当たる前に弾き散らされてしまった。

 文字通り、見えない壁に阻まれたかのように。

 

 「さっきは触れたのに何でやねん……!」

 「防御してるって事は、逆にあの壁に攻撃を受けたくないって意思表示ではあるけどねぇ」

 

 ルージュは手元に《火球》の杖を取り出してはいたが、これも通じないだろうと確信もしていた。

 それに威力が大きく範囲も広い《火球》の呪文を、限られた密閉空間で使うのは危険が大きい。

 冒険者達が攻め手を迷っている隙を突き、ボールは勢い良く飛ぶ。

 石の塊――という程ではないが、ボールは硬く重量もそれなりにある。

 直撃すれば骨ぐらいなら容易く砕けるだろう。

 故にクロエ達は、足を止めず動き回りボールの飛ぶ起動から逃れていたが。

 

 「イアッ!!」

 

 一人逃げず、真っ向から立ち向かうガル

 戦意を高揚させる叫びと共に、両手に持った大金棒を振り回す。

 それは飛び跳ねる黒いボールに真正面からぶつかって――。

 

 「……!?」

 

 大気が破裂したかのような轟音に、クロエは顔を顰めた。

 互いの勢いが強かった事もあり、激突の瞬間は凄まじいものだった。

 ガルは大金棒を振り抜いた姿勢で大きく息を吐き出す。

 対して、その腕力に負けて弾き飛ばされたボールの方は。

 

 「……成る程、そういう仕掛けルールだったわけかい」

 

 目の前で起こった事に、ルージュは納得した様子で呟く。

 ガルがその大金棒で打ち返したボールは、真っ直ぐに人面壁に衝突していた。

 それはこれまでのように不可視の壁で阻まれる事もなく、石の表情に亀裂を刻んでいた。

 

 「そっか……あのボールを通じてでしか、攻防が成立しないのね」

 「うむ、どうやらそのようだな」

 

 クロエの言葉に、何故か仕掛けを解き明かしたはずのガルが頷いた。

 やはりと言うべきか、何と言うべきか。

 

 「……やっぱり、特に考えずにやったの?」

 「飛んでくるなら弾き返した方が早いのではないか、ぐらいには考えたな」

 

 実に脳筋らしい答えだった。

 どうであれ、結果としては悪くはない。

 飛んでくるボールを弾いて壁に当てるだけなら、それほど難しくはないはずだ。

 

 「でも正直、あんな速度とパワーで飛んでこられたら弾き返すの無理臭い」

 「旦那の真似したらそれだけで死にそうだねぇ」

 

 一応、ビッケは迎え撃つように細剣を構えたが、そもそもこれでボールを打ち返すのは不可能だろう。

 ルージュは巻き添えを喰らわないよう、出来るだけ距離を取っている。

 必然、この試練に挑む要はガルとクロエの二人となった。

 

 『仕掛けは理解出来たようだが、だからと言って勝てるとは限らない』

 

 今まで黙っていた樹海の神も、此処で再び口を挟む。

 これで勝負の舞台は整ったと、そう言わんばかりに大仰に。

 

 『道阻む壁を打ち壊してみるがいい。それが試練だ。試練を超えたならば、次の階層への道は開かれるだろう』

 「そうか」

 

 ガルの答えは端的だ。

 必要な事は確認出来た。すべき事も同様。

 ならば後は打ち勝つだけだと、改めて大金棒を握り締める。

 同じくクロエも、その傍らで魔剣を構えて。

 

 「……なんだかいよいよ、子供のお遊びじみて来たわね」

 「まったくだな」

 

 とはいえ現状、やるべき事をやる他ない。

 黒いボールが宙を舞う。はしゃぐ子供が遊び回るように。

 そんな事はお構いなしに、行く手を遮る壁を粉々に打ち砕くため。

 ガルとクロエは、全力で向かってくるボールを弾き飛ばした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る