第二章:館からの脱出

第百五節:絵画の無限回廊

 

 「まぁ案の定、まともに逃がす気ないですよねー!」

 

 走りながら叫ぶビッケ。

 その声は虚しく通路を木霊する。

 長い、通路を走る冒険者達。

 ヴァイオラの広間から飛び出して、どれぐらいこうしているだろう。

 最初に此処を通った時もそれなりに長く感じたが、今はそんなレベルではない。

 前を見ても後ろを見ても、突き当りが確認出来ないのだ。

 明確な異常事態に、ルージュは顔を顰めて小さく唸る。

 

 「何か罠ぐらいはあると思ってたけど、これは一等面倒くさいねぇ」

 「どういう状況か分かるか」

 「とりあえず下ろしてくれない……?」

 

 相変わらずガルの腕に抱かれたまま、クロエは小さく抗議の声を上げた。

 ちなみにルージュも早々に体力の限界が来たので、もうガルのもう片方の腕で担がれている状態だ。

 女性とはいえ二人分を抱えていても、ガルは走るペースを崩さない。

 

 「まーホントに物理的に道が伸びてるんじゃなく、幻覚見せられてどっかグルグル回ってるだけか。

  若しくは空間が捻じれて無限ループに嵌められてるか、のどっちかだろうねぇ」

 「これ絶対に追っ手も沸いてくるパターンだよねぇ」

 

 出来ればそれが、あの白い女でない事を祈りたいが。

 ビッケの言葉は明らかにフラグを立てていたが、本人は余り気付いていない。

 案の定、ガシャリという金属音が複数、無限の通路に響き渡る。

 

 「出た……!」

 

 クロエの眼に、いつの間にやら沸き出した甲冑の姿が映る。

 屋敷に入った時からいたあの動甲冑だ。

 それが前方に2体、更に後方にも2体ずつ武器を構えた状態で現れた。

 どういう原理で出現したかは、それを検証している余裕もない。

 

 「すまんが」

 「大丈夫!」

 

 そう短く応じながら、クロエはガルの腕からヒラリと廊下に降り立つ。

 その手に魔剣《宵闇の王》を抜き放ち、すぐさま「帳」を展開した。

 早くこの場を脱せねばならない以上、時間は掛けていられない。

 

 「ふっ……!」

 

 後方から追ってくる方は一先ず無視。

 クロエは疾風となって通路を駆け抜け、先ずは前方を遮る2体の甲冑を狙った。

 彼らが手にしているのは飾り気のない長剣ロングソード

 それぞれ似たような構えを取り、向かってくるクロエを迎え撃つ姿勢を見せるが。

 

 「邪魔……!」

 

 一閃。速度が乗った刃が、甲冑の片方を構えた剣ごと殴り倒す。

 ビッケは倒れた甲冑を躊躇なく踏んづけて、そのままその頭上を飛び越した。

 もう片方の甲冑は、それを追うように動くが。

 

 「ふんっ」

 

 ガルの蹴りを受けて、クロエの時よりも派手に床を転がる事になった。

 踏み越える際、全体重を乗せた踵もついでに捻じ込んでおく。

 胴体が拉げて潰れる感触。

 破壊の結果は確認せず、ガルもまた足を止めずに走り続けた。

 そうしている間も、ガシャリ、ガシャリと通路のそこかしこから金属音が沸き出している。

 

 「覚悟はしてたけど、敵の方も無限沸きパターンかねコレ」

 「そもそも、こんな音何処から……」

 

 言いながら、クロエはやっとその事実に気付いた。

 絵だ。通路が無限に伸びているように、壁に飾られた絵も無限に数を増やしている。

 狂気なる《薔薇帝》による大陸の征服記録。

 赤い剣を掲げた美しい女と、それに付き従う甲冑の騎士達。

 其処に描かれている絵画の騎士達が、絵の中で動き出しているのを見たのだ。

 

 「鎧の発生源はこの絵……!?」

 「くすねなくて良かったマジで」

 

 出来の良い絵画なら、ちゃんとした筋に売ればそれなりの金になる。

 いっぱいあるなら1枚ぐらいくすねても良いかと考えていたビッケは、心の底からそう呟いた。

 ガシャリ、ガシャリと。甲冑の音は止まらない。

 新たに絵画から這い出して来た鎧を、再度クロエとガルの二人が一蹴する。

 

 「拙い、どんどん増えてる……!」

 

 そして現状は、クロエの言葉の通りだった。

 確かに動甲冑は、数体程度ならば進行の妨げにはならない。

 だがそれも数が増え続ければどうなるか。

 後方も前方も、今や絵画から抜け出して来た無数の動甲冑に埋め尽くされようとしていた。

 

 「これ《火球》でふっ飛ばしちゃ拙いかねぇ」

 「こんな狭い場所で下手に使うとオレらが死んじゃう……!」

 

 既に甲冑の数が多すぎて、仮に《火球》を使っても十分な距離は取れないだろう。

 密閉空間で威力を何倍にも増幅された炎の爆発は、使った側も容易に吹き飛ばしてしまう。

 ルージュの言葉に常識的な返答をしながら、ビッケは視線を巡らせる。

 絵だ。この甲冑の発生源が絵だと分かった時に直感した。

 恐らくはこの通路の異常も、これらの絵画が関係しているのだろうと。

 クロエが先ほどから、少しでも甲冑の発生を邪魔しようと絵画を叩いているが、それでは焼け石に水だ。

 通路が無限に伸びる以上、絵画の数もまた無限。

 それに剣で裂かれた程度では、其処から這い出す甲冑の数を抑える程度の効果しかない。

 ビッケは走るペースを落とさぬままに観察を続ける。

 甲冑の方は今のところクロエとガルの二人が叩き潰してくれるから、自分は回避だけを意識して。

 絵画の内容は、やはり《薔薇帝》による征服の歴史だった。

 彼女が如何にして敵に勝利し、如何にしてこの帝国の礎を築き上げたか。

 薔薇の狂気とその美しさを賛美する絵が延々と続く。

 それが無限に続く以上、当然のように内容の重複する絵も目に留まる。

 が、どうやら絵画の配置そのものはランダムであるようで、「ある一点から」ループしているわけでは無い。

 ならば何処か、この絵画が無限に続く通路の基点であるなら、何処かに法則性が……。

 

 「……んっ?」

 

 最初は、本当に僅かな違和感だった。

 走り続け、そうしている間にも甲冑の数は増え続ける。

 潰して蹴散らせば何体かは煙のように消えたが、また新たな甲冑が絵の中から這い出すだけ。

 ただ、その繰り返し。

 中身の無い鎧兵士達は、あらゆる絵画の中から現実へと染み出す。

 ――1枚の絵画を除いて。

 

 「やっぱりあった……!」

 

 それは他に比べれば一回り小さく、飾る額縁も煌びやかなモノではない。

 描かれているのは、森の中の小さな家。

 外壁は白く、その扉の前には一人の金髪の少女が佇んでいる。

 一体、その絵画はどんな場面を切り取ったものか。

 それは分からないが、明らかに他の絵画とは異なる空気を纏っていた。

 

 「アレ! あの小さい家の描かれた絵が、多分怪しい!」

 「……そう、あの絵ね」

 

 クロエは示された絵画を見て、少しだけ驚きに震えた。

 その絵画に描かれた家は、昔自分がいた場所に見た目はよく似ていたからだ。

 佇む金髪の少女に見覚えは無い。

 ただ、他に飾られている絵画群との共通点を考えると、思い浮かぶ相手は一人しかいないが。

 実際のところがどうであれ、それは今の状況と比してそう重要な事でもない。

 

 「さて、あの絵を壊せば良いのか?」

 「だと思うけどねぇ。アレが本当にこの空間異常の基点なら、壊せば元の世界に戻るはずだよ」

 

 或いは、別の異常が起こる可能性もあるが。

 ルージュは敢えてそれについては言及しなかった。

 どの道、これが駄目なら八方塞がり。

 時間も猶予もない以上、今は信じて見えた可能性に賭ける他ない。

 

 「……大丈夫?」

 「問題ない。今は通り過ぎてしまったが、次にあの絵が見えたら一つ殴るか」

 

 そう言いながら、ガルは甲冑を纏めて2体ほど殴り飛ばした。

 中身が無いため派手に歪んだ装甲が、乾いた音を立てて床に転がる。

 

 「うーん容赦無し」

 「こいつらの手応えが無さ過ぎるだけだな」

 

 ビッケは倒れた甲冑を飛び越え、ガルは踵で思い切り踏み潰した。

 そうしているとガルの眼は再び問題の絵画を見つける。

 距離はまだあるが、間違いない。

 やはり他の絵と違って、甲冑が這い出てくるような類の異常はまったく見られなかった。

 ただ一つ、単なる絵画のまま其処に在り続けている。

 其処に真っ直ぐ、僅かな躊躇も無しにガルは突っ込んでいき――。

 

 「イアッ!!」

 

 戦の叫びと共に、全力で拳を叩き付けた。

 何かが罅割れる音。それは一度では済まず、断続的に連鎖する。

 

 「………!」

 

 クロエは異常に備えて身構えるが、それにも増して変化は劇的だった。

 ガルが拳を打ち付けると同時に、白い「家」の描かれた絵画は硝子のように砕け散る。

 同時に、無限に続いていた廊下全体にも罅割れが現れた。

 物理的なものではない。

 魔術で造られた、偽の空間の崩壊。

 無数に沸き出ていた甲冑の群れも、大元の絵画が罅割れに巻き込まれると霞のように消え去って。

 溢れ出した真っ白い光が、クロエやガル達の視界を一瞬で覆い尽くした。

 

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