第八十三節:愚者の黄金

 

 「お宝が何処にもないんですけどぉぉぉ??」

 

 それは余りにも切実な叫びだった。

 竜の石像を破壊してから暫く、冒険者一行は相変わらず神殿内部を探索していた。

 あれ以降も罠や魔物の類は幾つか出くわしたが、その殆どは問題になる程でもなく。

 今はひたすら長い通路を延々と歩き続けている状態だ。

 そんな中、とうとう欲求に耐え切れなくなったビッケが己の本音を曝け出す。

 

 「おかしいでしょー、こんな割と大変な目に遭ってんのにお宝が何処にもないとか!」

 「言いたい気持ちは分かるけど……」

 

 ガルのやや後ろを歩きながら、クロエは苦笑いで返す。

 この神殿の地下に落とされてから此処まで、もうどれだけの時間が経ったろう。

 丸一日というわけではないだろうが、恐らくは半日以上は彷徨っているはず。

 危険な目に幾度も遭って、けれど見返り《リターン》になるものは無し。

 逆に保存食など探索に必要な消耗品は順調に減らしているわけだから、これでは損するばかりだ。

 仮にも不明な遺跡に潜っているというのに、宝の一つもないとか余りに寂しい話だ。

 

 「何とも言えんが、樹海の神とやらが供物の類を溜め込んでいる可能性はあるだろう」

 「まーありそうだよねぇ、そういうのは。ちょっと絡まれた時は確認してる余裕なかったけど」

 

 ガルは先頭を歩き、いつ不意打ちが来ても言いように勘を働かせる。

 ルージュの方は宝よりもむしろ酒が欲しいと、言葉にせずとも雰囲気で主張していた。

 残念ながら、此処に来るまでに粗方のアルコールは飲みつくしてしまった為、限定的な禁酒に耐える他ない。

 

 「……体力的には問題ないけど、別の意味で限界が来そうね」

 

 かくいうクロエも、この状況から早く脱したいのが本音だった。

 樹海の神が何をしでかすか分からない以上、出来るだけ急いでこの神殿から抜け出したい。

 その為にも、今は地上を目指して前に進む他ないのだが。

 

 「……む」

 

 そうやって進んでいくと、やがて一枚の石の扉に突き当たる。

 何か言う前に、ビッケが素早く前に出て何度目になるかも分からない確認作業を行う。

 此処まで扉に罠があったケースは殆どないが、それでも油断は禁物だ。

 忘れていた頃に大きな問題トラブルが発生するのも、遺跡の探索では良くある話だから。

 

 「……オッケー、罠無し鍵無し。ヨシ!」

 「だからその掛け声やめない?」

 

 ビシッと扉を指差すビッケに、妙な不安を感じるクロエは再度抗議する。

 そのやり取りは気にせずに、ガルが石の扉を押し開けた。

 やはり相当な重量がある。が、蜥蜴人の怪力の前には少々重いだけの扉だ。

 最初は少しずつ開いて中から何か飛び出したりしないかを確認し、それが済んだら一息に。

 冒険者達は新たな部屋へと踏み込んで――。

 

 「…………んんっ??」

 

 思わず、一歩踏み出したところでビッケは固まった。

 魔法の明かりで照らすまでもなく、輝くものが部屋の真ん中に積み上がっている。

 黄金だ。煌びやかに輝く金、金、金。

 それは装飾品であったり、武具であったり、或いは杯や像などの芸術品であったり。

 種類は様々であるが、それらが一様に黄金色の輝きを放っている。

 文字通りの宝の山。以前、竜が抱えていたものよりも大きく煌びやかな。

 クロエも驚きの余り立ち竦み、ルージュは後ろから覗きながら「ほほぉー」と感嘆の声を漏らしていた。

 嗚呼、それは何と魅力的な光景だろうか。

 今まで耐えて来た衝動のままに、ビッケは宝の山へと向かおうとする――が。

 

 「待て」

 

 ガッシリと、首根っこをガルに捕まえられてしまった。

 

 「アニキ! 止めないで! 絶対怪しいって分かってるけど本能が!」

 「そこまで分かっているなら落ち着け」

 「アニキだってクロエの尻尾が目の前で揺れてたら我慢できないでしょ!?」

 「確かに……」

 「確かにじゃなくって???」

 

 本当にそのままビッケを解放リリースしそうなガルの脚を、クロエは尻尾でペシペシと叩く。

 そう、いきなり黄金の山が現れた事で驚いてしまったが、普通に考えればこんなもの怪しいに決まっている。

 クロエは改めて部屋の様子を見てみた。

 やはりそれなりの広さがある石室で、ど真ん中に黄金が積み重ねられている以外、特筆すべきものは無い。

 何もない。精々壁に彫刻が施されているだけで、それ以外は何も。

 こんな場所に何故、こんな大量の宝が無防備に設置されているのか。

 

 「まー罠だろうねぇ。なかなか効果的な罠だと思うよ、ウン」

 

 現に、斥候役のビッケが我を忘れて飛び込んでしまったぐらいだ。

 決して近付きはせずに、ルージュは遠目に宝の山を観察する。

 目を凝らしてみるが、幻術の類には思えない。

 実際にその黄金の山は、本当に金色の輝きを帯びているように見えるが。

 

 「……とりあえず、調べてみよう」

 

 ガルに持ち上げられたままの状態で、ビッケは極めて真剣シリアスに意見を発した。

 確かに、このまま出入口のところで睨めっこをしていても仕方がない。

 どの道、先へ進む為の扉は反対側の壁、お宝の山の横を通った先にある。

 安全確認をしなければ前には進めない。

 それはまったく当然の話ではある――あるのだが。

 

 「……お宝に目が眩んで、そのまま頭から突っ込むとかしないで頂戴ね……?」

 「ダイジョーブダイジョーブ」

 

 余りにも大丈夫そうじゃない返答に、クロエはどう言えば良いのか分からなくなってしまった。

 とはいえ、この手の探索はビッケが専門だ。

 此処は信じて任せる他ないかと、半ば無理やり自分を納得させて。

 

 「じゃあ、先ずはビッケがあの宝の山を調べて。危険があるようなら、ガルと私で直ぐ対処できるように」

 「うむ。何なら先ず、俺が一発あの山を蹴散らして」

 「まって、本物だった場合泣くに泣けないからまって」

 

 ガルの大金棒が炸裂したら、魔法で保護されてる代物でもない限り無事では済まないだろう。

 それはビッケが慌てて止めつつ、改めてお宝の山へと近付いていく。

 山本体ではなく、その手前に罠がある可能性も十分にある。

 だから慎重に、一歩ずつ。

 石橋ならぬ行く先の床をくまなく叩く慎重さで、ビッケはお宝の山の目の前まで辿り着いた。

 

 「よしよしよしよし……」

 

 其処で一息は入れずに、すぐさまお宝の山へと目を向ける。

 真正面から見てると、それだけで視界が焼けてしまいそうな程の黄金の輝き。

 これもまた樹海の神が設置した物なら、冒険者の本能を良く分かっていると言わざるを得ない。

 どれだけ危険と分かっていても、宝と分かればつい飛びついてしまう。

 それは冒険者の悲しい性だ。

 今も十中八九罠だと分かっていながらも、ビッケは直接山を調べようとしているように。

 

 「お願いだからただのお宝の山でありますように……!」

 

 祈る先は幸運の女神か、または神殿の主たる樹海の神か。

 ビッケ自身深くは考えず、ただ適当に祈りながら宝の山を弄って。

 

 「……ん?」

 

 異変は、山を突いた細剣に起こった。

 気のせいだろうか。いや気のせいではない。

 山に触れていた剣の切っ先辺りが、接触していた宝と同じように黄金色の輝きを帯びたのだ。

 それが何を意味するのか、ビッケが思考を巡らせるよりも早く。

 

 「っ!?」

 

 軽い衝撃と共に、黄金の山が動き出した。

 

 「チクショウ罠なのは分かってたよ!!」

 「文句は分かるけど離れて……!」

 

 床をゴロゴロと転がるビッケに、クロエは魔剣を手に一歩踏み出す。

 それは如何なる怪異か。

 光輝く黄金の財宝が、等しく浮かび上がって宙を舞う。

 今やその全てが不気味なオーラを纏い、名状しがたい敵意を冒険者達に向けていた。

 

 「こりゃ騒霊ポルターガイストかねぇ」

 

 空飛ぶ無数の宝を見上げて、ルージュはその正体を口にした。

 典型的な悪霊の類で、多くは憑依した物体を念動力サイコキネシスで動かして人を襲う。

 その強さは動かせる物の数で変わるが、この騒霊はなかなかの大物のようだ。

 

 「こうなっては仕方ないか」

 

 そう呟き、ガルは悪霊を迎え撃つべく大金棒を構える。

 ビッケも出来れば、宝に傷を付けたくないのが本音ではあるが……。

 

 「ビッケ、諦めなって。あれが金ぴかなのは、多分憑依してる騒霊の影響だよ」

 「……ですよねぇ」

 

 ルージュに指摘され、ビッケはもう一度自らの持つ細剣の切っ先を見る。

 まだ僅かに黄金色の光が宿るそれは、騒霊が動く度に何か引っ張られるような感覚があった。

 恐らくは、あの騒霊が影響を与えている物体は黄金の輝きを宿す仕掛けなのだろう。

 宝に目が眩んだ冒険者ほど良く引っ掛かるに違いない。

 

 「チクショウ、人の心を弄びやがって……!」

 「殆ど分かってやってんだから自業自得じゃないかねぇ」

 

 怒りに燃えるビッケとは対照的に、殆どやる気のないルージュ。

 この騒霊は確かに、悪霊としてはそれなりに強力だろう。

 しかしはっきり言って、今さら騒霊如きでは苦戦どころかまともな戦いにすらならない。

 

 「イアッ!!」

 

 ガルが思い切り大金棒を振り回し。

 

 「――呪われなさい」

 

 クロエが魔剣を片手に呪いをばら撒けば、騒霊の取り憑いている物品がボタボタと床に落ちる。

 そうして落下した物は、そのまま黄金の光を失って徒のガラクタへと変わった。

 騒霊はあっという間に削り落とされていくが、それらは謂わば手足の指のようなもの。

 「核」として騒霊本体が入り込んでいる物品を叩かねば終わらない。

 

 「なに、見える範囲全部叩けばどれかが正解だろう」

 「確かにそれもそうでしょうけど、身も蓋も無いわね……」

 

 ガルの言葉に、クロエは呆れ半分で応える。

 ――そしてその言葉通りに、ガルは財宝の山に擬態した騒霊が一つ残らず動かなくなるまで叩き潰したのだった。

 

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