第四十二節:決断


 「とりあえず、アレをどうするかだけど」

 

 その夜。

 黒い騎士を取り込んだ巨人を、直ぐに対処は難しいと判断し、冒険者達は撤退した。

 後方へと下がり、不死者がうろついてないかを確認してから彼らは山中で野営をしていた。

 安全を確保した上で、それぞれ焚き火を囲む。

 そして、肝心の肉巨人であるが。

 

 「デカ過ぎるせいか、滅茶苦茶動きが鈍いね。

  遠眼鏡で動く様子見てたけど、最初の場所から殆ど動いてないんじゃないかな?」

 

 焚き火に細かい枝の切れ端を投げ込みながら、ビッケが状況を伝えた。

 クウェルもこれに頷いて。

 

 「監視の為、一応魔術で呼び出した使い魔ウォッチャーを放ったが、概ねビッケの言う通り。

  動いてはいるんだが、僅か過ぎて進行速度は常人が歩く程度だろう」

 「巨大過ぎるせいか、流石に歩幅は広いようだな」

 

 遠目からは動いてないようで、実際は人間が歩く程には動いているらしい。

 そのペースが終始変わらないのであれば、人里に到達するまでにはまだ相当に時間はあるだろう。

 問題は、如何にして牛歩で進む巨人を阻むかだが。

 

 「推測は混じるが、あの肉人形には《自動修復オートリペア》の術式が付与されているのだろう。

  一体一体なら修復速度も微々たるものだが、それが数十数百と重なれば……」

 「あのトンデモない修復速度になる、と。厄介な話だねぇ」

 

 散々見せつけられた肉巨人の不死性。

 《火球》のような広範囲・高威力の呪文をぶつけても殆ど成果は得られなかった。

 この手の相手を倒す時は、弱点である「コア」を狙うのが定石だが。

 

 「十中八九、あの肉巨人の核ってあの黒騎士だよね」

 「あぁ、そう考えて間違いはないだろう」

 

 確認するようなビッケの言葉に、ガルは同意を示した。

 改めて考えるまでもない事ではある。

 元よりあの肉巨人は、魔剣を有する黒騎士を守る大袈裟な「鎧」なのだろう。

 枯渇の魔力を展開したまま、巨人はゆっくりと進行を続けている。

 本体を叩かねば巨人の不死性は失われず、本体を狙うには巨人の肉壁を破らねばならない。

 その矛盾を如何にして解くのか。

 

 「……根本的に、火力が足りないわね」

 

 少し眉根を寄せて、クロエは小さく唸った。

 

 「手持ちの術じゃ、あの巨人を貫いて内側にいる黒騎士までは届かない。

  そもそも、あの巨体の何処にアレがいるかも分からないから、先ず狙うのが難しいわね」

 

 或いは仲間の呪文使い全員が、一点を狙って攻撃魔術を投射すれば貫く事は可能かもしれない。

 だがそうなると、「狙った場所に狙った標的がいるのか」という問題が横たわってくる。

 

 「難しいねぇ。アレが不死者だったら、あたしが限界まで聖光を放てば大分抉れるんだろうけど」

 「材料こそ屍だが、あの巨人は魔法で動く人形ゴーレムだからな」

 

 水袋に入れた酒を舐めるルージュの横で、クウェルもまた悩まし気な吐息を漏らす。

 考えれば考える程、あの巨人が難攻不落であるという事実しか出てこない。

 魔術の類には疎いガルは、顎の下を爪で掻き。

 

 「確か、呪文を破る呪いまじないもあると聞くが。それでは何とかならんのか?」

 「《解呪ディスペル》はあたしも一応使えるけど、まぁ無駄だろうねぇ」

 

 ルージュは軽く手を横に振って、ガルの案を否定する。

 

 「あの肉の塊に掛かってるのが《自動修復》の魔術だとして、それを《解呪》で無効化すんのは可能だよ」

 「だが、一つの《解呪》で打ち消せるのは、一つの呪文まで。

  あの巨人に働いている《自動修復》は、取り込んだ肉人形の数に等しいと考えると……」

 「全てを《解呪》するのに、一体何回必要か、って話になるわね」

 

 呪文使いの面々の意見は一致していた。

 全ての《自動修復》の術式を取り去るまで、最低でも百を超える《解呪》が必要だろうと。

 そんな事は街にいる《解呪》の心得がある呪文使いを掻き集めても不可能だろう。

 やはり答えは出ない。

 クロエは眉間を揉んで、小さくため息を吐く。

 

 「あの巨人の進行速度が遅いから、考える時間だけはあるのが唯一の救いかしら……」

 「……あー」

 

 不意に声を上げたのはビッケだった。

 クロエの言葉に何か思いついたのか、手に持っていた枝を纏めて焚き火に放り投げる。

 それから少し考え込むような仕草を見せてから、改めて口を開く。

 

 「ね、あのでっかい巨人、問題の魔王が術か何かで造ったんで良いのかな」

 「? そう……ね、多分。遠隔から術式を発動させたのか、予め仕込んでいたかは分からないけど」

 「まぁ、アレが魔王の部下だってンなら、術者は魔王で間違いないだろうねぇ」

 

 ビッケの言葉に、クロエとルージュはそれぞれ頷く。

 それに対し、クウェルは緩く首を傾げて。

 

 「それがどうした?」

 「いやさ、考えたんだけど」

 

 ポンと軽く手を叩き、ビッケは笑ってトンデモナイ事を口にした。

 

 「アレ、無視してかない?」

 「…………え?」

 

 間の抜けた声を出したのは、一体誰だったろうか。

 何にせよ、ビッケのその発言に場の空気が一瞬静まり返った。

 

 「ふむ、成る程。それも一つの手か」

 「え、ホントに?」

 

 先ず最初に同意を示したのはガルだった。

 あまりと言えばあまりの事に、クロエは思わず突っ込む。

 それに対し、ガルはもう一度頷いて。

 

 「現状、あのデカブツを直接倒す手段がない以上、アレを操る大元を断つのは「有り」だろう。

  勿論、件の魔王とやらがあの巨人より容易いという事もないだろうが」

 「いやいや、流石に無謀じゃないかね旦那。そもそも、あたしらが頼まれたのは調査と露払いだろう?

  まさかホントに魔王退治と洒落こむ気かい?」

 「此処まで関わった以上、それもまた一興ではないか?」

 

 そうは言うルージュも、言葉ほどは反対する空気を醸してはいなかった。

 実際のところ、此処まで関わってしまった以上、後は「何処まで踏み込むか」だけが問題だ。

 尻尾を巻いて逃げる――という選択肢は、もう随分前から存在しない。

 あの赤い騎士を倒した時点で、既に魔王自身に目を付けられているだろうから。

 ならば後は勝って滅ぼすか、負けて滅ぼされるか。

 その結果を出すのが自分達か、それともそれ以外の誰かに任せるのか。

 それならば前者の方が良いだろうと、勇敢なる蛮族は口にする。

 

 「……どの道、街の方まで退いてあの巨人の存在を知らせたとしても、対処出来るか不明ね。

  巨人の移動速度については、明日また直ぐに確認する必要があるけど」

 

 半ば諦めが混じった声でクロエが言う。

 あの巨人の歩行速度に変化が無いのであれば、此方の進む速度の方が圧倒的に上のはずだ。

 ならば解決策のないまま退くよりも、前に進んだ方が道が開ける可能性もある。

 それも希望的観測に過ぎないかもしれないが、少なくとも立ち止まっているよりはマシだろう。

 どちらにせよ、決断する必要があった。

 

 「……クウェル、使い魔を街に送って、あの巨人について伝えて貰う事は出来る?」

 「可能だ。可能だが……」

 

 問いかけに頷きつつも、クウェルは何かを言い淀む。

 悩み、迷う仕草を見せながら、躊躇いがちに。

 

 「……本当に、良いのか?」

 「良いって、何が?」

 「その、魔王に挑むという話だ。最初は、私から言っておいて、可笑しな話だが……」

 

 首を傾げるビッケに、クウェルは途切れ途切れに言葉を口にする。

 英雄の末裔として、魔王復活という事態の解決に協力して欲しいと。

 確かに、それを最初に口にしたのはクウェルだった。

 それについても、結局状況に流される形でハッキリと言葉にはしていなかったが。

 

 「まぁもう、此処まで来ちまった以上はねぇ」

 

 喉で笑いつつ、ルージュは虚空に神様の骰子を振って見せる。

 出た目については確認しない。

 どんな目が出ようが、幸運は自分で掴み取るものだと言うように、骰子をまた握り締めた。

 

 「旦那もやる気だし、クロエもそれなら反対しやしないだろうしねぇ。

  あたしもまぁ、一応司祭だからね。死体で遊ぶ輩を放っておいちゃ、神様に叱られちまうよ」

 「姐さんそんな真面目だっけ?」

 「これでも敬虔な信仰者って奴でねぇ。そういうアンタはどうだい?」

 

 本気か冗談か、イマイチ判別の付かないルージュ。

 そこから水を向けられて、ビッケも何の事もないように答える。

 

 「まー正直、気は進まないっちゃ進まないけど、それでも皆さんやる気だし?

  だったらまぁ、いつもの冒険じゃん。あと大事なのはお宝があるか否かかなーウン」

 

 わざとお道化たような仕草を見せ、それから肩を竦めて笑ってみせる。

 いつもの冒険。それは正に言葉通りなのだろう。

 まだ付き合って日の浅いクロエにも、何となく理解出来た。

 危険と知って、敢えて飛び込む。

 其処で得る物が何であるのか、それが定かならずとも。

 そうやって前に進んでいくのが、「冒険者」というものだろうと。

 

 「……全員、腹は決まったようね。勿論、私も付いて行くけど」

 「魔王退治の武勲詩も、是非歌って貰わねばな」

 

 ストレートなガルの欲求に、クロエは苦笑いを溢しながら頷いた。

 クウェルは、冒険者達の言葉に先ず沈黙する。

 何か、その内で葛藤があったようだが、それは本人にしか分からない。

 一つだけ、確かなのは。

 

 「……分かった。それなら改めて、私からも言わせて欲しい。

  復活した魔王カリュブディスに挑むならば、私も同行させてくれないか?」

 

 彼女もまた、決意を込めてその言葉を口にした。

 協力して欲しい、ではなく、共に行かせて欲しいと。

 その意味の違いについては、誰も問う事はしなかった。

 ただその申し出を受け入れる為に頷いて。

 

 「決まりね。あの黒いの以外に、魔剣持ちはもう一体いるはず。

  それに、私達の把握していない魔王に関する知識も、期待しているわ」

 「あぁ、私に出来る事は何でもするつもりだ」

 「んっ? 今何でもって」

 「姐さん、姐さん。そういうネタ挟んでる場合じゃないと思うのオレ」

 

 いつもの如く賑やかに。

 これから挑む困難など、知らぬとばかりに騒いで見せる。

 その様子を見ながら、ガルは一つ頷いて。

 

 「あの黒いのとデカブツは無視し、その魔王とやらの居城へと向かう。

  場所については把握出来ているんだったか」

 「あ、ノロノロ歩きの肉塊を偵察した時、高いとこからチラっと見えたよ」

 

 ガルの問いに、ビッケが手を上げて応じる。

 

 「山の向こうに、確かにでっかくて黒い塔があった。あんだけ目立ってるんだし、多分間違いないでしょ」

 「であれば、一晩休んでから向かうとするか」

 「巨人の移動速度に変化がないかだけは、確認しないとね」

 「ま、昼間散々消耗した事だし、一先ず休んで回復に努めようかねぇ」

 

 そう口々に言いながら、食事などの休息の準備を始める。

 そんな冒険者達の様子を、クウェルは見ていた。

 ただ静かに――何か、眩しいものを見るように目を細めて。

 胸元を小さく押さえながら、何かを呟く。

 その言葉は、口にしたクウェル自身だけが聞いていた。

 

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