第六十一節:闇夜に笑う者

 

 夜。それは星も月もない日の事。

 命の気配はなく、死の大渦も去った山の頂にて。

 小さな灯りだけを手に、何人かの影が蠢いていた。

 ほんの少し前までは黒々とした『塔』が威容を誇っていたその場所。

 今はただ瓦礫の山だけが空しく横たわっている。

 

 「おい、そっちはどうだ?」

 「ダメだな。コイツは空振りかもしれんぞ」

 

 崩れた『塔』の破片を苦労して除きながら、男達は疲れの滲んだ声で言う。

 その数は五、六人ほどか。

 身なりはとても立派とは言い難く、それぞれ使い込んだ剣や鎧で武装している。

 恐らくは冒険者か――或いは山賊や盗賊の類か。

 やや大きめなランタンの火を掲げつつ、男の一人が舌打ちをする。

 

 「復活した魔王とやらがいなくなったから、跡地に何かないか漁ってみようぜ、なんてよ。

  最初は誰が言い出したんだったか? ロクなもんがありゃしないじゃねぇか」

 「うるせぇなぁ、まだ始めたばっかじゃねーか」

 「人目を避けたいからって、こんな真っ暗な中でやる事なかっただろ。ったく」

 

 各々悪態や文句を吐きつつ、『塔』の残骸と格闘を続ける。

 何かおこぼれはないかと密かに期待していただけに、この状況は落胆が大きい。

 幾らか瓦礫をどかしてはみたものの、下から出てくるのはやはり瓦礫ばかり。

 一人はやる気もなさそうに、適当に目の前にある石の欠片を蹴り転がす。

 

 「……ん?」

 

 其処に、見慣れない物を発見した。

 瓦礫ではない。白っぽい、人の手のようなもの。

 一瞬、生き埋めになった魔王辺りかと思ったが、どうやら違うようだ。

 それは確かに手だった。

 白い、瓦礫に埋まりながらも汚れ一つついていない甲冑の籠手。

 指を力なく広げ、空に手を伸ばすように瓦礫の下から突き出していた。

 

 「オイ、何か埋まってるぞ!」

 「マジかっ? お宝かっ?」

 「それはちょっとわからねぇけど」

 

 仲間の呼び声に、男達は一斉にその場に集まった。

 複数のランタンの火に照らし出され、白い籠手は淡い輝きを映す。

 

 「コイツは、魔法の品か?」

 「だろうな。瓦礫に潰されてたはずなのに、傷どころか汚れもしてねぇぞ」

 「見えてんのは籠手だけか。もうちょっと掘れば全身見えてくるか?」

 「つーかコレ、中身入りじゃねェだろうな」

 

 そう言って、一人が恐る恐るといった様子で軽く足の爪先を籠手に触れさせた。

 軽い感触。微かに金属が擦れ合う音だけが響いた。

 

 「……中身は入ってないな。空だ」

 「ソイツは何より。死体から引っぺがすのも気持ち悪いからな」

 「そもそも腐敗臭も別にしてねぇしな」

 「お前ら、駄弁ってる暇あったらさっさと掘り出そうぜ。こんな場所、そう長いしたくもねぇだろ」

 

 そう言葉を交わしながら、男達は改めて瓦礫の撤去に入った。

 石の破片をどかす程に、白い甲冑の姿が露わになっていく。

 

 「コイツは文字通りの掘り出し物かもしれねぇな」

 「魔法の品だったらどんだけの値が付くかね」

 「詳しくは鑑定でもしないと分からんが、魔法で強化されただけの鎧でも金貨百枚ぐらいが相場のはずだな」

 「マジか。出来ればもっと上等なモンだといいな、そりゃ」

 

 もしそれ以上の高値がついたら、取り分をどうするか。

 男達はくだらない話に盛り上がりながら、その鎧を掘り出す作業を続ける。

 程なくして、埋まっていた鎧の全身が見えるようになり――。

 

 「あ?」

 

 カシャリ、と。

 軽い金属音を立てて、その鎧が

 何が起こったのか、男達は理解出来ずにソレを見上げる。

 改めて地に立つ姿を見ると、鎧としてはかなりのサイズだ。

 巨人とは言わないまでも、普通の人間が着るのは難しいだろう。

 大柄な亜人用か何かか――と、驚き停止した思考の端で誰かが考えて。

 重く湿った音が、強制的に全員を現実に引き戻す。

 

 「な、なんだコイツ!?」

 

 胸の真ん中を『剣』で刺し貫かれ、男の一人が力なく崩れ落ちた。

 それを目の当たりにした他の者達も、それぞれ武器を抜き放つ。

 しかし、余りにも彼らの反応は遅かった。

 彼らが生き残るには、この鎧を見つけた時点で逃げ出す以外になかったのだ。

 

 『――――――』

 

 立ち上がった甲冑は、それ以外に動きを見せたわけではない。

 ただその一部が変形し、大きな刃となって男の一人を刺し貫いただけ。

 そしてそれは、一度だけでは終わらない。

 

 「がっ……!?」

 

 武器を構えて戦う姿勢を見せた一人が、同様の末路を遂げた。

 ほんの少しも反応出来ず、甲冑の一部から生えた刃によって串刺しとなる。

 

 「ひっ……!」

 

 あまりの事態に一歩後ずさった男は、足元から生えた刃に頭の天辺まで貫かれた。

 殺戮は迅速かつ速やかに遂行される。

 抵抗の余地など何処にもない。

 

 「な、なんだってこんな」

 

 その言葉を言い切るより早く、最後の男の首から上が消失した。

 死んだ事すら気付いていないのか、地面に断ち斬られた首が落ちた後も、身体は直立したままで。

 暫しの間を置いてから、ようやく力を失い倒れ伏す。

 こうして、物漁りに来ていた冒険者崩れの一団は、全員物言わぬ肉塊と化した。

 後に残るのは、純白の甲冑ただ一つ。

 

 「……はぁ」

 

 吐息。か細い響きは年若い少女のもので。

 まるで糸が解けるかのように、白い甲冑がバラバラと崩れた。

 そうして、空だと思われた鎧の下から現れるのは――。

 

 「いけませんね。寝過ごしてしまいました」

 

 真っ白い髪の、少女が一人。

 頭に角を生やしたその少女は、一糸纏わぬ姿で地に降り立つ。

 それからその場で軽く伸びをした。

 一息。細い尾を揺らしながら、ぐるりと辺りを見回す。

 

 「……まさか本当に、カリュブディス様が敗れるとは」

 

 衰えた状態とはいえ、魔王は魔王。

 その脅威がこうも容易く克服されるとは、俄かには信じ難い。

 しかし現状として、魔王の塔は跡形も無く崩れ去った。

 死者の夜明けは訪れず、死の大渦は地の底へと消えてしまった。

 ――『陛下』に、どうお伝えするべきか。

 敬愛する主人の怒りと失望を思い、少女は胸が張り裂けそうな思いだった。

 とはいえ、この地で起こった事は余さず伝えねばならない。

 カリュブディスに誘われるまま、少々お遊びに時間を使い過ぎてしまったが。

 

 「……まぁ、陛下はお優しいから、きっと許して下さるでしょう」

 

 うん、そうに違いない。

 白い少女は実に勝手な結論を出し、それを自分で納得した風に頷いた。

 もし仮に許されず罰を受ける事になったとしても、それはそれ。

 陛下から賜るもの全て、等しく陛下の愛なのだから。

 むしろ自分如きには勿体なく、恐れ多い。

 

 「あぁ――いけませんね、本当に時を使い過ぎてしまった。早く、早く陛下の元に戻らねば」

 

 陛下の事を思い浮かべてしまったが故に、強い欲求が胸を焼く。

 その声を聴き、叶うならばその指で触れて貰いたい。

 少女は心からそう願いながら、軽くその手を頭上に掲げた。

 魔力が風のように渦巻き、気付けば真っ白い大剣を少女は握っていた。

 カリュブディスから借りていたではなく、それこそが少女自身の有する魔剣。

 軽くその刃を振るえば、淡い光が少女の身体を包み込む。

 瞬きの間に光が散ると、少女は白いドレスのような服を身に纏っていた。

 着心地を確かめるように、その場で軽く一回転ターン

 特に違和感もないことを確かめて、白い少女は一つ頷く。

 

 「……それにしても」

 

 帰還の為に一歩踏み出したところで、少女は小さく呟く。

 其処に込められた感情の色は、如何なるものだろう。

 月や星も覗かぬ夜に、甘やかな囁き声だけが風に流れた。

 

 「思ったより、あの子は元気そうでしたね」

 

 そう呟きながら、少女は小さく微笑んだ。

 脳裏に浮かぶのは、必死に自分に対して挑んで来た黒い少女の姿。

 彼女の事を考えると、自然と口元が綻んでしまう。

 その表情は、慈母にも毒婦にも見えて。

 

 「いずれ、お友達をちゃんと紹介して貰いたいものですね」

 

 そんな機会が来るかどうか、期待すらしていないが。

 白い少女は鈴のように笑いながら、ゆっくりと闇夜の向こうへ消えていく。

 さぁ、もう帰らねば。白い兔の穴に飛び込むぐらいに大急ぎで。

 愛しき薔薇の主が待つ、麗しの我が帝都へ―――。

 

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