第六十七節:墓所の番人達

 

 ……そうして、神殿地下の探索を始めた冒険者達。

 最初の部屋を出てすぐのところに現れた石の守護者ガーディアン達を軽く蹴散らし。

 それから同じモノを何度か破壊しながら、暗い通路を彷徨い歩いていた。

 相変わらず重い静寂が埃っぽい空気と共に漂っている。

 

 「……やっぱり広いわね」

 

 ガルと並んで先頭を歩きつつ、クロエは呟く。

 

 「今のところはまだ、複雑に分岐しているような場所はないけど……」

 「上に繋がる階段を見つけるだけでも一苦労だが、更に此処がどの程度の深さか分からんのもな」

 

 大地に慣れ親しむ地妖精ドワーフならば、地底の事は直感的に理解出来るというが。

 生憎と水場で生まれた蜥蜴人であるガルにそのような特殊能はなかった。

 ただ何処からか敵が飛び出して来ないかだけ、神経を尖らせる。

 

 「いちおー、曲がり角とか一定間隔で目印は点けてるから」

 「役に立つかは分からないけど、無いよりはマシかねぇ」

 

 そう言っている間も、ビッケは何もない石の壁に楔の先端で傷を付ける。

 ルージュはその様子を眺めながら、緊張感の欠片もない様子で酒を呑んでいた。

 魔法の明かりだけは絶やさぬよう、頭上で光を躍らせて。

 

 「……扉だ」

 

 まだ光は届いていないが、ガルの目は暗闇の向こうを捉える。

 少しだけ進む歩調を落として、慎重に近づく。

 魔法の明かりに照らされ、ガルが言った通りに分厚い石の扉が見えて来た。

 鍵穴や取っ手の類はなく、表面には何か彫刻が施されている。

 それが何を描いたものなのかは、年月によって削られてしまって判別が付かなかったが。

 

 「ビッケ、頼めるか」

 「はいはい、お任せを」

 

 扉からやや距離を取り、ビッケだけが最初に接近する。

 足元の床に罠がないかも確認してから、初めて石の扉に触れた。

 分厚い。もしこれを力づくで破るつもりなら、人間の力では不可能に近いだろう。

 頼れる蜥蜴人の蛮族バーバリアンならいけるかもしれないが、今はもう少しスマートのやり方を選ぶ。

 鞄から取り出した小さな金槌で、扉やその周りを叩く。

 その音の変化で、何かしら仕掛けが施されていないかをチェックする。

 それ以外にも鞄や服のポケットから幾つか道具を取り出して、ビッケは慣れた様子で作業を続けた。

 

 「……どんな感じ?」

 「鍵、罠共に無し。多分!」

 

 クロエが心配そうに聞くと、ビッケは自信満々にそう答えた。

 そんな力強く「多分」と言われると、斥候の心得がない側からすると不安しかないが。

 ガルは気にした様子もなく、のそりと扉の方へと近付いて。

 

 「鍵は無いらしいが、押せば良いか?」

 「だね、内開き。結構重いと思うけど」

 「問題ない。開けて、何が飛び出すかも分からん。少し下がっていろ」

 

 扉や宝箱の類を見つけた時、先ず鍵と罠の有無を確認するのは斥候の役目。

 そして確認が終わったそれを開けるのは、いつだって戦士の仕事だ。

 武器や盾を手放さねばならない以上、危険はある。

 だが他の誰よりも鍛えた身体は、それを正面から受け止める為にもあるのだ。

 故にガルは躊躇いなく、分厚く重い石の扉に挑む。

 

 「ふんっ……!!」

 

 心配そうに見守るクロエの視線を背中に感じながら、ガルは渾身の力で石の扉を押した。

 確かに重い。並の人間では、数人がかりでもビクともしないだろう。

 しかし鍛え抜いたガルの膂力は文字通りの十人力。

 ゆっくりとだが、石と石が擦れる耳障りな音を立てながら扉が開いていく。

 

 「見慣れたつもりでも、やっぱとんでもないねェ旦那は」

 「巨人と力比べをしたら、どっちが勝つかしら」

 「いっぺん霜巨人フロストジャイアントと喧嘩した時は、アニキが勝ったよ」

 「……私に出会う前から大分冒険してるわよね、貴方達」

 

 その辺りの話にも興味はあったが、今は置いておく。

 クロエ達がそう話している間にも、ガルの力で扉は半分以上は開いていた。

 人が通れる分の隙間が確保されるのを確認したら、一息。

 

 「とりあえず、これで良いな」

 「お疲れ様。部屋の中の様子は見える?」

 「うむ。何か内側から襲ってくるかと思ったが、そんな事もなかったな」

 

 そう言って、ガルは自分で開けた扉の隙間から部屋の中を覗き込む。

 其処もやはり、相当に広い石造りの広間だった。

 広い正方形の部屋の壁には、やはり一面に壁画が書き込まれている。

 ただ足元は石の床ではなく、何故か土が剥き出しになっていた。

 そして特に目を引くのは――。

 

 「……ふむ、墓標……か?」

 

 土の床に、ぐるりと円を描くように等間隔で突き立てられた武器。

 それは剣であったり斧であったり、或いは槍であったりと様々。

 ただどれも酷く傷んでおり、ボロボロに錆びついてしまっていた。

 加えて、その武器で描かれた円の真ん中。

 其処だけ何故か、小さな山のように土が盛られているのも目に付いた。

 

 「……うわー、ナニコレ? 確かにお墓っぽく見えるけど」

 「……最初の部屋もそうだったけど、全体的に墓所とかそういう雰囲気よね。此処」

 「ま、神殿の地下みたいだからねぇ。地下墓所カタコンペがあってもおかしかないけど」

 

 一先ず危険はないと判断し、ガル以外の三人もそれぞれ部屋の中を覗き込む。

 見れば、今開いた場所の反対側にも同じような石の扉がある。

 先へ進むには、此処を通る他ないようだった。

 

 「確か、此処まで別の道はなかったわよね?」

 「戻る道は例の神とやらに塞がれてしまったからな。横道はあったが、先には続いていなかった」

 「じゃ、此処を通り抜けるしかない、と」

 

 現状、罠はないようだが、此処を通り抜けようとしたら絶対何かが起こる。

 こんなあからさまに怪しい部屋で、逆に何も起こらないなんて事はあり得ないだろうと。

 直感というより、それが世界の法則なのだと確信すら抱きつつ、ビッケは目や耳に神経を集中する。

 何かおかしい物音がないか、動くものはいないか。

 それから改めて、部屋の土に足を乗せた。

 

 「……行きましょう」

 

 続いて、ガルとクロエ。

 その二人にカバーして貰いながら、ルージュも中へと入る。

 靴の裏で感じる土の感触はやはり湿っており、ますます墓土を思わせた。

 そうして四人全員が、その部屋の中に足を踏み入れると。

 凄まじい轟音を立てて、背後で石の扉が閉まった。

 

 「やっぱりかい!!」

 「まぁ、お約束よね……」

 『さぁ、次の試練を受けるがいい』

 

 タイミング良く……というか、実際にタイミングを図っているのか、例の神様の声が響き渡る。

 その言葉に応じるように、地面に突き刺さった武器がそれぞれ不気味な魔力を帯びた。

 それは揺らめき、やがて黒い影となって立ち上がると、各々の武器を構えた。

 その数は合わせて十体。

 明らかに生者ならざるオーラが、さながら凍てついた風のようにクロエ達の肌を刺す。

 

 「なに、こいつら……! また不死者なのっ?」

 「だったらまだやりやすいんだけどねぇ! ほら、聖なる光を受けな!」

 

 謎の影が動き出す前に、クロエの背後からルージュが聖光を炸裂させた。

 一瞬、石の広間を光の奔流が呑み込む。

 しかし影の群れは僅かに怯んだだけで、神の光に砕かれる事はなかった。

 

 『無駄だ。彼らは私の加護を受けた影の戦士シャドウ・ウォーリア。神の光は彼らを害しない』

 

 そう語る神の声に従い、武器を構えた影の戦士達は隊列を組む。

 ガルやクロエ、ビッケも応じて武器を手にするが。

 

 「っ……なに……!?」

 

 唐突に部屋全体が揺れる。

 クロエは、相対する敵が影の群れだけではない事を悟った。

 爆発にも似た衝撃。

 広間の中心、土が山になっていた場所が弾けて、其処に生じた大穴から何かが這い出す。

 黒い、闇そのものを固めたような巨体。

 睨む瞳には真っ赤な炎が燃え盛っている。

 並ぶ牙は刃のように鋭く、太い爪は鋼すらも容易く切り裂くだろう。

 一見した外観は確かに犬に似ている。

 しかし犬は見上げる程に大きくなければ、

 余りにも有名なその魔獣の姿を見て、クロエは思わず叫んだ。

 

 「三つ首の魔犬ケルベロス……!?」

 『『『GAAAAAAAAAA!!!!』』』

 

 聞く者の魂を凍てつかせる三重の咆哮。

 物質世界の外側、冥府とも呼ばれる死者の領域を住処とする恐るべき魔獣。

 その体内には消える事無き地獄の炎が燃えており、その脅威は若い竜にも匹敵する。

 

 『地獄の番犬よ、三つ首の魔犬よ。此処は死の国、死の世界。

  迷い込んだ者あらば、それは死者に他ならぬ』

 

 歌うような神の言葉に、魔犬は再度咆哮する。

 冥府の門にて、行く当てのない死者を喰らう事こそ魔犬の役目なれば。

 燃える六つの眼差しは、完全に獲物を狙い定めていた。

 しかし死の具現にも等しい魔犬に対して、恐れるどころか嬉々として踏み出す者が一人。

 

 「イアッ!!」

 

 それは当然ガルだ。

 恐れず臆さず、地を蹴って大金棒を振り上げた。

 対する魔犬の反応も迅速だ。

 軽く息を吸い込むと、正面から突っ込んでくるガルに向けて大きく口を開く。

 灼熱の炎が、三つの喉からまったく同時に溢れ出した。

 避ける暇などありはせず、渦巻く炎が蜥蜴人の姿を呑み込んだ。

 

 「ガルっ!?」

 

 クロエはその名を叫ぶが、そちらにばかり気を取られてはいられない。

 魔犬以外にも、影の戦士達が十体も犇めいているのだ。

 彼らは虚ろながらも、歴戦の動きで冒険者達に襲い掛かる。

 朽ち果てた武器にも関わらず、その一撃は重く鋭い。

 クロエは手にした魔剣と、身に纏う「帳」によって影達の攻撃を何とか凌ぐ。

 

 「いきなり試練の難易度がハード過ぎやしませんかねぇ!?」

 「神様の匙加減なんてガバガバだからねぇ」

 

 向かってきた影の何体かを、ビッケは手にした細剣で牽制する。

 ルージュの方は、既に虚空に投げていた骰子を回収して。

 

 「かなり際どかったけど、無事かい旦那?」

 「あぁ、助かった」

 

 炎に呑まれたはずのガルが、力強い声で応じる。

 焼けた空気をぶち抜いて、大金棒の一撃が魔犬の首一つを打ち据えた。

 

 『『『GAAAAA!!?』』』

 「試練とやらの最初にしては、なかなか良い敵だな」

 

 鱗を焦がしながらも、苦痛を感じさせぬ動きでガルは大金棒を構え直す。

 竜の吐息にも劣らない魔犬の業火。

 完全に直撃すれば危うかったが、その寸前でルージュの奇跡が間に合っていた。

 魔犬の姿を目にした瞬間、炎による攻撃が来ると知って耐火の奇跡を発動させていたのだ。

 火除けの守りを帯びながら、ガルは巨大な魔犬を正面から睨む。

 

 「さて、折角神が寄こした試練だ。そう簡単に尻尾を丸めてくれるなよ」

 『『『GAAAAAAAA!!!』』』

 

 憤怒と憎悪が入り混じった、三重の雄叫びが神殿地下を震わせる。

 斯くして、地の底で最初の試練が始まった。

 

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