第七十二節:光の試練

 

 石段を一つ一つ、丁寧に上がっていく。

 どのような罠が待っているかも分からない為、動きは自然と慎重になる。

 相応に長いその階段を、倍程度の時間をかけて上っていく。

 先頭にはビッケが立ち、その後をガル、ルージュ、クロエと続く形だ。

 

 「上から何か落ちて来そうだねぇ」

 「姐さんそういうこと言うと旗が立つからヤメテ」

 

 階段の上から大岩なりが転げ落ちてくるのは、確かに定番の罠だろう。

 今の状況で真っ先に被害を食うのは先頭のビッケである為、調べる手は止めずに抗議の声だけ上げる。

 

 「流石にそんな仕掛けが動けばすぐ分かるだろう、問題ない」

 「まぁ、貴方なら確かに問題ないでしょうね……」

 

 岩ぐらい、転がって来たぐらいなら受け止めれば良いと。

 そんな様子のガルに、クロエは苦笑いを浮かべた。

 何度かそういう杞憂を口にしながら、冒険者達は次の階層へと向かっていく。

 長く続いた階段もようやく終わり、手にした明かりは大きな石の扉を照らし出す。

 果たして、その先には何が待つのか。

 

 「今日は忙しいわぁマジで」

 「斥候の心得があるのはお前だけだからな、すまんが頼むぞ」

 

 はーいと微妙に気が抜けるような返事をしながら、ビッケはいつもの作業に取り掛かる。

 それを見ながら、後方から何か来たりはしないだろうかと、クロエは鈍いなりに警戒を続けた。

 ルージュの方は例によって例の如く、水袋の酒をちびちびと舐めている。

 こんな場所では酒の補給も出来ないので、なるべく節約しながら呑んでいるようだ。

 呑まない、という選択肢がない辺り色々どうかと思うが。

 

 「しっかし、どんだけの深さがあるんだろうねぇ此処は」

 「……どうなのかしらね。流石に二桁もないとは思いたいけど」

 

 具体的に、どのぐらいの距離を落下したかも分からない状況だ。

 今はただ、地上に繋がる道があると信じて上へ向かう他ない。

 そういえば石段を上がり始めてから、例の樹海の神は沈黙したままだ。

 これまで割と頻繁に茶々入れしてきたのもあり、何も言って来ないのは逆に不気味である。

 恐らく此方の様子は伺っているのだろうが……。

 

 「はい、鍵も罠も無し。ヨシ!」

 「その掛け声なんだか不安になるから止めない?」

 

 無駄に大仰な動作で指差し確認するビッケに、クロエはやんわりと苦言を呈する。

 兎も角、これで先に進む事が出来る。

 隊列の位置を一時的に入れ替えて、扉の前にガルが立つ。

 やはり片手で、岩の塊に等しい扉をゆっくりと押し開けていく。

 

 「っ……?」

 

 扉に隙間が出来た瞬間、暗闇に強い光が差した。

 クロエ達が松明代わりに出した魔法の明かりとは比較にならない。

 地上で照り付ける太陽に等しい光量だ。

 ガルの方も不意の光に眼を細めながら、扉を一息に開く。

 

 「ふぅむ、こりゃなんだい?」

 

 光に対して自分の手で影を作りながら、ルージュはその場に視線を巡らせる。

 広い部屋だ。形状としては恐らく正五角形。

 ガルが開いた扉は五角形の一番下の辺に当たる壁にあり、それ以外の辺の壁にも一つずつ扉が見える。

 それ以外に目を引くのは部屋の中央に聳え立つ祭壇と、その周りに立つ石像の存在だ。

 人間の成人男性より、頭一つ分程度の高さのある石の祭壇。

 何を表しているのか分からない幾何学的な紋様が複雑に彫り込まれたその祭壇の頂点。

 其処には大粒の宝石らしきものが、まるで小さな太陽であるかのように強烈な光を放っている。

 その光はこの部屋全体を余さず照らし出す。

 特に規則性を感じさせない配置で置かれた石像――頭だけ豹に置き換わった男の像。

 宝石の放つ光を受けて、部屋の床には石像の影が長く伸びていた。

 それらの様子を一通り眺めてから。

 

 「……これ絶対に動き出す奴だよねぇ」

 「……動き出すでしょうね、多分」

 

 豹頭の石像の数を確認しながら、ルージュとクロエは深く頷き合う。

 石像はどれも違う姿勢ポーズを取っているが、その手に槍や剣などの武器を持っている事は共通する。

 どう考えても何らかの条件によって動き出すタイプの石像だ。

 

 「ふむ、なら先に端から壊しておくか?」

 

 危険と分かっているのなら、先ずはそれを元から断つ。

 ガルは大金棒を担ぎ、いつでも破壊活動に移れるように構える。

 実際、それが一番手っ取り早い気はするのだが。

 

 「それが何か、魔法的な仕掛けのトリガーとも言い切れないのよね……」

 「その辺、調べてみて分かれば良いんだけどねぇ」

 「難しいな。呪いの類はよく分からん」

 

 そもそも本当に罠なのか。

 石像は目を引く為に配置されているだけで、実際は本命の罠を隠す為のブラフという可能性も十分にある。

 あらゆる可能性があるからこそ、遺跡や迷宮の探索は慎重に行わねばならない。

 そしてその大役は、唯一の斥候であるビッケの肩に乗っかっていた。

 

 「……よし、じゃあとりあえず調べるから。皆は警戒ヨロシク」

 「気を付けてね……」

 

 しくじれば一番最初に罠を踏む立ち位置だ。

 一人不明な状況に踏み込む小さな背中を、クロエは見送る。

 一歩、一歩。床に落とし穴がないかは確認しながら歩を進めていく。

 先ずは手近にある石像から調べるが、やはり触っただけでは単なる石像と区別が付かない。

 

 「……おっと、そうだった」

 

 そういえば魔法の存在を知る事の出来る、《魔力感知》の指輪があった事を今さら思い出す。

 便利な道具なのだが、そう頻繁に使うわけではないのでどうにも忘れがちである。

 ビッケは大鞄から改めて黒い石の指輪を取り出すと、その魔力を発動させた。

 反応はある――反応はあるが、それは部屋全体からだ。

 これでは細かい部分はよく分からない。

 

 「まぁ、魔法は当然掛かっているものと」

 

 指輪の反応からは、どんな術式を感知したかは分からなかった。

 仕方なく、ビッケはもう少しだけ石像を直接調べていく。

 やはり、生き物がそのまま石に変わったかのような精巧さだ。

 頭が豹に置き換わっている以外は、樹海で襲ってきた奇妙な蛮族に出で立ちが似ている気がする。

 そういえば彼らは、顔に関しては手製の仮面で隠していたはずだ。

 

 「……もしかしてアイツらも、豹頭だったのかね」

 

 獣人ライカンスロープの類であったなら、あの異様なタフネスも納得が行く。

 それ以上、石像を見ても益はないと判断し、ビッケはいよいよ部屋の中央に立つ祭壇の方に目を向けた。

 直接見れば視界を焼かれそうな輝きに、ビッケは目を細める。

 この状態では調べるのも一苦労だが、やるしかない。

 何より見えにくいが、光の源は明らかに宝石だ。

 サイズもぱっと見て、握り拳よりやや小振りぐらいという大きさ。

 宝石の種類にもよるが、金貨何枚かの価値はあるはずだ。

 そう考えるとがぜんやる気が沸いて来て、ビッケは慎重な足取りで祭壇に近付いた。

 接近しても大きな変化は無し。

 間近までくれば宝石が頭上で輝く位置関係のため、近くの視界は多少マシになる。

 手で影を作って光を直接見ないようにしながら、先ずは祭壇本体を調べていく。

 特に異常はない――が、祭壇に刻まれている紋様の意味は、ビッケの知識では理解出来なかった。

 特に仕掛けらしいものも確認出来ず、その手はとうとう光を放つ宝石へと伸びる。

 祭壇自体にカラクリはなかった。

 後は宝石に何らかの呪いなどが仕込まれている可能性だが……。

 

 「……ま、悩むばかりじゃ仕方ない」

 

 どうせ誰かがやらねばならない事だ。

 ビッケは、彼なりに大真面目に覚悟を決めた。

 

 「どうかお宝でありますように……!」

 

 そんな欲望が駄々漏れな祈りを口にしながら、ビッケの指が軽く宝石に触れた。

 やはり大きな変化はない。

 ならばと、触れる指先に少し力を入れてみる。

 

 「おっ?」

 

 カコンッ、と。

 本当に軽い手応えと共に、祭壇の台座から宝石が外れた。

 それと同時に、世界が闇に包まれる。

 

 「は……っ!?」

 

 突然訪れた暗闇に、クロエは驚きの声を上げた。

 祭壇から外された宝石は、今は完全に光を失っている。

 単に光が消え失せただけならば、其処まで驚く事もなかっただろう。

 この場にいる者の内、少なくともクロエとガルの二人は暗闇を見通す目を持っている。

 しかし今、クロエの目は真っ暗な闇に閉ざされてしまっていた。

 自然の闇ならば、こんな事はあり得ない。

 

 「成る程、そういう罠だったか」

 

 同じく、ガルも不自然な暗闇に視界を潰されていた。

 しかしその鋭い五感は、自分達の周りで蠢く「何か」の存在を捉えている。

 闇に紛れて姿はまだ見えないが、それが何者であるかは誰もが同じ予測していた。

 

 「おっと!?」

 

 暗闇で何も見えない状態のまま、ルージュは嫌な予感を覚えてその場に身を投げ出す。

 汚れた床面の上を転がれば、頭上を鋼の風が掠めていく。

 タイミングよく地に伏せていなければ、恐らく首と胴体が切断されていただろう。

 

 「ったく、せめて面ぐらい拝ませな!」

 

 そう叫んで、ルージュは手にした骰子に念じて奇跡を発動する。

 輝き。神の化身たる骰子から放たれる清浄な光。

 それは不可思議な暗闇をほんの僅かな時間だけ押し退けて、其処に隠れた者の姿を露わにする。

 ――大方の予想通り、それは石像がそのまま人間に戻ったような出で立ちをしていた。

 半裸に近い恰好で肌には無数の入れ墨が刻まれているが、何を象徴しているかまでは不明。

 手には鋭い刃をぶら下げて、首から上は人間のものではない。

 黒豹だ。その姿は文字通りの黒豹の戦士ジャガーマンに他ならず。

 血走った目で侵入者達を睨み、発達した牙を見せつけた。

 

 『※※※※※――ッ!!』

 

 咆哮する黒豹の戦士。その数は一つや二つではない。

 今や狩場と化したその広間に、ケダモノ達の叫びだけが響き渡った。

 

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