第70話 こんなこともあろうかと……!!

 不敗神話、ついに敗れる。


 この知らせは、闘技場マニアたちの間に広がった。


 まだ予選とはいえ不敗神話ゴルドーはそこそこ注目されていた魔剣士だった。それを全くノーマークのジミナが倒したと知って驚く者も多かったが、試合内容を聞くと納得した。


 なんか、まぐれで勝ったっぽい。


 それが闘技場マニアたちの率直な感想だ。


 しかし一部のマニアと、実際に試合を観戦した観衆の中には、ジミナの評価に疑問を持つ者がいた。


 彼らはジミナの試合に足を運び、間近でジミナの実力を計ろうとした。


 しかし。


「ああぁーッ!! クイントン選手ダウーンッ!! これは立ち上がれない! ジミナ選手、またも一撃で勝利!!」


 武神祭予選Bブロック決勝、この試合もジミナの勝利で終わった。


 また一撃。


 闘技場マニアたちもジミナの実力を計りきれないでいた。今日の勝利でジミナは本戦に出場することが決まったが、彼がどうやって勝ち進んだのかは誰もわからないのだ。


 まぐれにしてはできすぎているし、実力はあるのだろう。


 予選決勝の相手クイントンは安定した実力で闘技場マニアたちにも評価の高い魔剣士だった。そのクイントンが何もできずに負けたわけだから、ジミナの実力を認めないわけにはいかない。


 だが、ジミナがどうやって勝ったか分からない以上、その具体的な強さが見えてこないのだ。


 クイントンよりは強いだろうが、果たしてジミナは本戦の舞台に立つのにふさわしい実力があるのだろうか。


 仮に実力があったとして、ジミナは武神祭の歴代入賞者たちに並べるだろうか。


 闘技場マニアの間で議論が白熱した。


 そして、多くの者がジミナの実力は本戦に出場する戦士の中でも低い位置にあるだろうと予想したのだ。


 これは彼の実績を考えれば仕方がない。


 他の本戦出場者は大会や戦場で結果を残して名を売ってきた者ばかり。しかし、ジミナにはそれらの実績がないのだ。


 客観的に、ジミナの実力を証明するものは何一つない。


 自然と評価は低くなった。


 しかし、一部のマニアはジミナをダークホースとして推していた。


 本戦に出場する名前を見る限り、今年の武神祭もアイリスの優勝でほぼほぼ決まりだ。しかし、もしそれを覆す者がいたとしたら……それはまだ実力の計れない奇妙な青年だけなのだ。


 そんな期待の視線を背中に受け、ジミナは退場する。


 本戦は来週から始まる。


 一回戦はジミナ・セーネン対アンネローゼ。


 9割がアンネローゼの勝利を予想していた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 今日の対戦相手のおっさんはなんだかやたら元気がよかったなーと思いながら、僕は闘技場を退場した。名前はクイ……なんとかさんだっけ。敵意をビシバシぶつけてくる感じが新鮮でよかった。


 これで僕は武神祭本戦に出場決定で、試合は来週だ。


 ここまでは観客の反応もまずまずだし、本戦から実力を見せる予定だから来週までイメトレだな。


 そんなことを考えながら、選手入場口の長い廊下を歩いていると、僕の前に水色の髪の女性が立ちふさがった。彼女は確かアンネローゼだ。


「何か用か……?」


「まさか、本戦に進むとは思わなかった。やるわね」


 彼女の気が強い瞳が僕を見る。


「当然の結果だ」


「そう。私がアナタの実力を見誤っていた、それだけのこと。だが一つ忠告をしておく」


「忠告……?」


「アナタの動きは見切った。これまでと同じように勝てるとは思わないほうがいい」


 アンネローゼは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「フッ……」


 僕は唇の端で笑い、まるでもう話すことはないと言わんばかりに、無関心にアンネローゼの横を通り過ぎる。


 お願い、話しかけてッ!


 僕は心の中で叫んだ。


「何がおかしいッ」


 アンネローゼが睨む。


 ありがとう!


 僕は首だけで振り返って、アンネローゼを横目で見据えた。


「オレも一つ忠告しておこう……」


 そう言って、僕はこんなこともあろうかと用意していたリストバンドを外し、アンネローゼの足元に投げる。


 ドサッ、と。


 床に落ちたリストバンドは重そうな音を立てた。


「こ、これは……まさか、この重りを付けたまま戦っていたのッ……!?」


「この重りはオレを封じる鎖……遊びは終わりだ……」


 ドサッ、ドサッ、ドサッ。


 僕は両手首と両足首の重りを外し歩き出す。


「くッ……ま、待ちなさい!」


 しかし僕はもう立ち止まらない。


「待ちなさいってばッ!」


 アンネローゼが慌てて僕の前に回り込んだ。


「それで勝ったと思わないことね。見てなさい……」


 そしてアンネローゼはコキッと首を鳴らした。


 なんか無駄に速かった。


「私にも、これくらいできるのよ……?」


「そうか……」


 よくわからないけど、僕はドヤ顔のアンネローゼの横を通り過ぎた。


 彼女は何がしたかったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る