七章

第113話 いや! 乱暴しないで!

 ミドガル王国の王都から馬車で二日ほど離れた夜の闇の中。


 松明の灯りに照らされながら、馬車の一団が野営をしていた。馬車には仮面を模したロゴが刻まれている。ロゴの意味は誰も知らないが、それはミツゴシ商会の馬車である証だ。


 寝静まった馬車の列には沢山の荷が積まれていた。ミツゴシ商会の荷は一台で一億ゼニーを超える価値があると言われている。それが数十台も並ぶ姿は圧巻の一言だった。


 この荷が王都に運ばれて店頭に並び、人々は我先にと買い漁り、そして商会の懐を潤す。そうやってミツゴシ商会は驚異的な躍進を遂げたのだ。


 それは、ほんの数年で商会の勢力図を塗り替えるほどだった。


 多くの商人がミツゴシ商会を妨害したが、ミツゴシ商会の商品には絶大なニーズがあり、それを支える商会の資金力は個人の商人が束になっても太刀打ちできないものだった。


 商人たちは一人、また一人と屈していった。


 ミツゴシ商会は彼らに割安で商品を卸し、商人たちは喜んでそれを仕入れ各地へ行商した。


 ミツゴシ商会の平民向け大量生産商品は、地方の平民からも多くの支持を得ていたのだ。


 今まで大商会の品を高値で買わされて、行商人たちはほとんど利益が出ていなかった。それがミツゴシ商会の台頭によって、劇的に生活の質が向上したのだ。


 都心部はミツゴシ商会が、地方は行商人が、凄まじい勢いで販売網を形成していった。


 もう個人の商人も、そこらの商会も、ミツゴシ商会には対抗できない。


 ミツゴシ商会の盤石かに思われた。 


 しかし、たとえ個人が束になって勝てないのだとしても……大商会が束になれば十二分に太刀打ちできる。


 ついに、大商会が重い腰を上げて手を組んだのだ。


 そして――。


 闇の中で、ミツゴシ商会の野営を見下ろす複数の影があった。


 彼らは覆面を被り、腰に剣を差している。そのいで立ちは山賊そのものだったが、一つ腑に落ちない点がある。


 彼らは全員、魔剣士だったのだ。


 罪を犯した魔剣士が山賊に堕ちることは珍しいことではない。しかし、山賊全員が魔剣士であることはまずあり得ないのだ。


 彼らは手信号で合図を送り、商会の野営に忍び寄る。


 そして一斉に襲い掛かった。


「きゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


 女性の絶叫が響いた。


 見張り番の銀髪のエルフが切り捨てられ、彼らは次々と商会の人間に手をかけていった。


 殺戮の音が夜の闇に響き渡る。


 大勢の魔剣士たちに襲われてしまえば、ミツゴシ商会といえどもひとたまりもなかった。


 最後に残ったのは、白金の髪の美しいエルフだった。


 彼女は馬車から引きずり出され、その青色の瞳に涙を浮かべた。


「どうか、どうか命だけは……」


 そのあまりにも美しいエルフに、彼らは覆面の下で卑しい笑みを浮かべた。


「こいつは見せしめにするか」


「くくッ、それがいい」


 そして、乱暴に女性を拘束する。


「見せしめ……!? どういう意味ですか!?」


「気になるか? 冥途の土産に教えてやろう」


「い、いや、乱暴しないで……!」


 男は剣を抜き、女性のドレスを端からゆっくりと切り裂いていく。白く美しい肌が露になっていく。


「ガーター商会を怒らせたのが運の尽きだったな。商会長の一声で、今まで敵対していた大商会が一斉に手を組んだ。ミツゴシ商会はもう終わりだ……」


「ああ、そんな、まさかあなたたちは……」


「お察しの通り。小国の軍事力に匹敵すると噂の、ガーター商会の私兵団さ」


 女性の瞳に絶望の色が浮かんだ。


 男は残虐な笑みを浮かべ、ドレスの胸元を切り裂いた。


 そこから白い二つのふくらみが現れる――そのはずだった。


 しかし、そこにあったのは肌に密着した黒い衣。


 それは瞬く間に女性の全身を覆い、彼女の素肌を隠していく。


「な、なにッ!?」


「情報提供、感謝するわ」


 彼女の青い瞳に絶望の色はもうなかった。そこにあったのは、絶対的強者の冷酷な眼差し。


「貴様ッ!」


 男が剣を振る。


 女性は避けなかった。


 男の剣は女性の首に命中し、そこで停止した。黒い衣が彼女の首を守っていたのだ。


「貧弱な剣ね」


 そして、一突き。


 男の心臓から、漆黒の刀が突き出た。


 血の泡を吹いて崩れ落ちる男を後目に、彼女は漆黒の刀を掲げた。


「制裁の刃を――」


 彼女の一声で、最初に斬られた銀髪のエルフが起き上がり近くの刺客を切り伏せた。


 それを皮切りに、斬殺されたはずの商会関係者が続々と立ち上がり、刺客たちを一掃していく。彼女たちは例外なく、衣類の下に黒い衣を着こんでいた。


 形勢は完全に逆転した。


 逃げまどう刺客たちを、女性が斬り殺していく。


 命乞いと断末魔の悲鳴が響き渡り、しばらくして夜は静けさを取り戻した。


「ベータ、報告を」


 白金の髪のエルフが、銀髪のエルフに言った。


「アルファ様、刺客の殲滅は完了いたしました。こちらの被害はゼロ、負傷者もいません。情報を聞き出すため三人ほど生け捕りにしました」


 アルファと呼ばれた美しいエルフは頷いた。


「後は任せましょう」


「はっ」


 アルファとベータは後の処理を任せて闇の中を走った。


 そして夜が明けて朝日が昇ったころ、二人は立ち止った。


 道端に馬車が一台横転し、行商人の死体が磔にされていた。彼の足元には踏み砕かれたミツゴシ商会の商品が散らばっている。


 見せしめだ。


「ひどい……」


 ベータが口元を手で覆う。


「アルファ様、彼らを――」


「国内だけでも千を超える行商人がミツゴシ商会の品を扱っているのよ。全てを守ることなんてできない」


 アルファは磔に歩み、その無残な死体を抱きかかえた。


「彼の家族に恩給を」


「はい……」


「始まるわ、戦争が……」


 アルファはその青い瞳で朝日を睨んでいた。

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