第14話 僕をキレさせたら大したもんだよ!

「こうやって3人で食べるのも久しぶりですねぇ」


 裏切り者のジャガが言った。


「こいつ毎日王女と食べてたからな」


 とヒョロ。


「仕方ないだろ」


 と僕。


 僕らは久しぶりに3人で食堂に来ている。アレクシアは珍しくいない。


「シド君、いい加減機嫌直して下さいよ」


「そうだぞ、男が細かいことでいつまでも根に持つんじゃねーよ」


「日替わり定食980ゼニー貧乏貴族コース奢ったじゃないですかぁ」


「そうだぞ、奢ってもらったんだから全部水に流せ」


「わかってるって」


 僕は大きめの溜め息を吐いた。


「よーし、それでこそ男だ」


「シド君ありがとうです」


「はいはい」


「それで実際どこまでいったんだよ」


 声を抑えてヒョロが言う。


「なにが?」


「だから、アレクシア王女とアレだよ。2週間付き合ったんだからちょっとぐらいアレあるだろうよ」


 アレを連呼するとても頭の悪い会話である。


「何もないよ、あるわけないだろ」


「かー、どうしようもないヘタレだな。俺だったらもう最後までやってるぜ」


「ですねぇ。自分でもチューぐらいはしてますよ」


「だからそういう関係じゃないって」


 僕は適当にあしらいながら食事を続けた。すると。


「少しいいかな」


 金髪イケメンのゼノン先生が登場。


「はいどうぞ!」


「どうぞです!」


 そう言って置物になる2人。


「僕になにか?」


 少しだけ警戒しながら僕。一応アレクシアのいない間に仕掛けてくる可能性を警戒。


「ああ。もう聞いているかもしれないが、アレクシア王女が昨日から寮に戻っていない」


 もちろん初耳である。


 けどきっと自分探しの旅にでも出かけたんだろう。そういう年頃だ。


「今朝から捜索したところ、これが見つかった」


 ゼノン先生が取り出したのは片方だけのローファー。アレクシアのものだ。


「付近には争った形跡もある。騎士団は誘拐事件と見て捜査を始めた」


「そんな……!」


 僕は悲痛な叫びを上げながら心の中で『よっしゃ、ざまぁ!!』と渾身のガッツポーズをキメた。


「容疑者を絞り込んでいく中で最後にアレクシア王女と接触した人物が浮かび上がった」


 そう言って僕を見据えるゼノン先生。


「騎士団が君に話を聞きたいそうだ」


 食堂の入口には完全武装で殺気立った騎士団の皆様。


「協力してくれるね?」


 僕は悟った。


 これあかんやつだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 僕はその後、留置場的な所に入れられて取り調べを受け、解放されたのは5日後の夕方だった。


「おら、さっさと行け」


 乱暴に背中を押されて建物から追い立てられ、後から僕の荷物が投げ捨てられた。


 下着姿の僕は荷物から服を着て靴を履く。両手の指の爪は全て剥がされたため、やたらと時間がかかった。


 僕は一通り支度を終えると大きく息を吐いて歩き出す。


 大通りを行き交う人の流れが、殴られ血まみれの僕に注目する。


 僕はもう一度息を吐く。


「落ち着け、落ち着け僕。あんな小物にキレても仕方がないだろう」


 僕は取り調べの騎士の顔を出来る限り思い出さないようにして平静を保った。


「彼らは自分の仕事をしただけだ」


 殴られた傷は表面的なものだし、剥がされた爪もその気になればすぐ治癒できる。


 そうしないのは全てモブになりきるためだ。


「うん、僕はいつだって冷静だ」


 そう、冷静だ。


 大きく息を吐く。視界がクリアになった。


 気配を探ると少し後ろに怪しい影。


「尾行は2人か」


 まだ誘拐犯は捕まっていない。当然アレクシアの安否も不明。


 僕は自分が無罪放免されたと思うほど脳みそお花畑じゃない。証拠不十分だっただけ、容疑はまだ晴れていない。


 僕は俯き憔悴した様子を装いながら寮へと歩く。


 その途中。


『後で……』


 囁きのような、ほんの小さな声が耳に届く。


 そして記憶に残るささやかな香水の香り。


「アルファか……」


 夕方の大通りは多くの市民が行き交い、彼女の姿はどこにも見えなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 寮の自室に戻り明かりをつける。


 薄闇から1人の少女が歩み出た。


「食べるでしょ」


 黒いボディースーツは全身にフィットし、女性らしく成長した膨らみを強調している。


 彼女の手には肉厚マグロの入ったサンドが。王都の有名店『まぐろなるど』のものだ。


「ありがと。久しぶりだね、アルファ。ベータは?」


 5日間ろくなものを食べていなかった僕はサンドにかぶりつく。


 最近はベータが僕の補佐をしてくれていたはずだ。


「ベータから連絡がきたのよ。厄介なことになっているわね」


 ベットに腰かけ足を組むアルファ。


 背中で輝くサラサラの金髪も、切れ長の美しい青い瞳もどこか懐かしい。


 しばらく見ないうちに随分と大人びたように見える。


「そうだね」


 僕はサンドの最後の一欠を頬張って言った。


「そこに水あるわ」


「さんきゅ」


 大き目のコップに入った水を僕は一気に流し込んだ。


「はー、生き返る」


 僕は靴と上着を脱いでベッドに飛び込んだ。


「ちょっと、服ぐらい着替えなさいよ」


「無理、もう寝る」


「あなたねぇ、自分の立場分かってる?」


「段取りは任せるよ」


 アルファは優秀だ。彼女に任せておけば最高の舞台を用意してくれるだろう。僕はそれまで寝て……じゃなくて力を蓄えておけばいい。


 ハァとため息をつくアルファ。


「分かっていると思うけど、このままじゃあなたが犯人よ」


「だね」


 真犯人が見つからない限り、ほぼ間違いなく最も疑わしき者が処刑される。


 特に今回は王族誘拐事件だ。誰かしら死ななければ収まりがつかない。


 中世サイコー。


「起きなさいよ、サンドまだあるわよ」


「起きる」


 僕はアルファからサンドを受け取る。


「あなたの事を犯人に仕立て上げようとする動きがあるわ」


「へぇ、ほっとけば僕が犯人なんだけど」


「早く解決させたいんでしょうね。貧乏男爵家のパッとしない学生ならちょうどいい」


「だね、僕でもそうするよ」


「騎士団は信用できないわ」


「教団が入り込んでる?」


「ええ、間違いなく。王女誘拐の犯人は教団の者よ。目的は濃度の高い『英雄の血』ね」


 アルファたちはまだこうやって教団設定を守ってくれている。ありがたいことだ。


「彼女まだ生きてる?」


「死んだらそれ以上血が抜けないでしょ」


「なるほど」


「あなたがなぜ王女様とロマンス繰り広げていたか知らないけれど」


 アルファが半眼で僕を睨む。


「ロマンスは繰り広げていないかな」


「何か理由があるのよね。私たちに言えない何かが」


 僕の瞳を覗き込むアルファから逃げるように視線を逸らす。


 僕は沈黙した。当然、大した理由なんてない。


「わかっているわ。あなたが何か大きなものを抱えているってことぐらい」


 特に何も抱えていない場合はどうしたらいいのだろう。


「でももう少し私たちを信頼して。今回だって事前に知らせてくれればこんな大事にはならなかった。そうでしょ?」


「わ、わかったよ」


「いいの。あなたをフォローするのが私たちの仕事なんだから」


 アルファはそう言って微笑んだ。


「この事件が解決したら『まぐろなるど』でご馳走して。さっきのサンド私の分だから」


「いいよ。なんか悪いねアルファの分食べちゃって」


「気にしないで」


 アルファはそう言って立ち上がると、窓を開け片足をかける。


 小さなヒップが揺れた。


「そろそろ行くわ。あなたはしばらく大人しくしていて」


「わかった。作戦は?」


「人を集める。今王都にいる数じゃ足りないわ。あとデルタも呼ばなきゃ」


「デルタ呼ぶの?」


「あなたに会いたがっていたわよ」


 鉄砲玉デルタ、もしくは特攻兵器デルタ。 簡単に言えば戦闘極振りのアホ。


 みんな久しぶりだから同窓会みたいでいいけどさ。頼むからちゃんとまっとうに生活しててくれよ。


「詳しいことは準備ができたら伝えるから。またね」


 アルファは最後に微笑むと、ボディスーツで顔を隠し窓の外へ消えた。

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